第4話:影に潜む試練

「お前は本当に運命の書を持っているのか?」


男の問いに、僕は無意識に書を握りしめた。彼の鋭い目が、まるで全てを見透かすように僕を貫く。エリスも緊張した表情を浮かべ、杖を構えたまま後ろに一歩引いた。


「どうしてそんなことを知っているんだ?」


僕は恐る恐る尋ねた。彼がただ者ではないことは明らかだった。街中で出会った誰とも違う、異様な威圧感がその場を支配していた。


男は冷たく笑いながら、ゆっくりと口を開いた。


「私の名はザイド。運命の書の伝説は、長きにわたりこの世界を影で操ってきた者たちにとって禁忌の象徴だ。お前がその書を持っている以上、運命に選ばれた者としての責任を果たさねばならん」


「責任…?」


僕はさらに混乱した。運命に選ばれた?僕はただ偶然この世界に来ただけで、そんな大層なものではないはずだ。


「運命の書には、お前がこの世界を救うか、あるいは破滅に導く力がある。それはお前の選択次第だ」


「そんな…」


「だが、私の目的はそれを見届けることではない。お前が本当にその力を使いこなせるか、試させてもらう!」


そう言うと、ザイドは手を一振りした。次の瞬間、地面が大きく揺れ、森の中に隠されていた魔法陣が浮かび上がった。僕たちはその中心に立っていた。


「廉、気をつけて!これは何かの試練よ!」


エリスが叫びながら杖を構えるが、何が起こるのか誰にもわからない。ただ、逃げる時間はなかった。突然、魔法陣の中央から巨大な影が現れ、その形が少しずつ具体的なものへと変わっていった。


「なんだ、あれは…!」


それは黒い鎧をまとった騎士のような存在だった。無言で剣を抜き、僕たちに向かって迫ってくる。


「廉、避けて!」


エリスが叫ぶと同時に、僕は咄嗟に横へ飛び込んだ。その瞬間、黒騎士の剣が地面を砕き、轟音が響いた。


「どうやって戦えばいいんだ…」


焦りが募る中、僕は運命の書を手にした。これまでの戦闘経験も魔法の知識もほとんどない僕には、この書しか頼るものがない。


「未来を…書き換えろ…」


自分に言い聞かせるように、書のページを開き、ペンを走らせた。


『黒騎士の攻撃を避け、その隙に反撃のチャンスが訪れる』


すると、目の前の黒騎士の動きが急に鈍った。剣を振り上げたまま、一瞬の隙が生まれる。


「今だ、エリス!」


僕が叫ぶと、エリスはすぐに反応し、強力な炎の魔法を放った。赤い炎が黒騎士を包み込み、暗い影が消え去った。


「やったか…?」


一瞬の静寂。僕は深呼吸をし、運命の書の力に助けられたことを改めて実感した。だが、その時――。


「ふん、やるじゃないか」


ザイドの冷たい声が再び響き渡った。黒騎士が消えた後に立っているのは、ザイド自身だった。彼は満足そうに微笑んでいたが、どこか試すような目をしていた。


「お前の力は本物だ。だが、その力がどれだけお前の運命を狂わせるか…覚悟しておけ」


そう言い残して、ザイドは霧のように消えていった。


「廉、大丈夫?」


エリスが心配そうに駆け寄ってきた。僕は深く息を吐き、何とかうなずいた。


「うん、なんとか…だけど、あいつは一体…」


「ザイド…彼は危険よ。でも、運命の書を持っているあなたを放っておくはずがない。これからも彼のような存在が現れるかもしれないわ」


エリスの言葉に、僕は改めて覚悟を決めた。この世界での僕の旅は、ただの冒険ではない。運命の書を手にした以上、僕には避けられない戦いが待っている。


「僕はこの書の力を、正しい道に使うよ。どんなに難しい道でも、エリスと一緒なら…」


僕は彼女に笑顔を向けた。エリスも少し驚いたような顔をした後、静かに笑ってくれた。


「うん、私も一緒に戦うわ、廉」


こうして僕たちの絆はさらに深まり、運命に立ち向かうための新たな一歩を踏み出すことになった。

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