覗き穴
丸い穴を通して見る世界は、丸く見える。
そういうものだ。
一
旅人の国があった。
訪ねると誰もがニコニコして暮らしており、遠方からの旅人を美味しい料理と丁寧な心遣いで出迎える、誰もが憧れる国だった。
しかし、この国は滅んだ。
攻め込まれたわけでもなく、災害でもなく、滅んだ。
旅人の国は、旅人がいる間は、ニコニコとしているが、旅人がいなくなると、その間を取り戻すかのように、ムッツリの国となる。
旅人の国を訪れる人は、誰もが幸せな気持ちになるが、旅人の国で生まれた人は、旅人がいる間は、ムッツリとできる自由がない生活だった。旅人の国の若者は、それが我慢できなかった。
旅人の国の老人は、それが仕事だと言う。
ニコニコとして、旅人をもてなす事で、旅人の国は、どこの国からも好かれ、平和に暮らせるのだと。
しかし、旅人の国の若者は、楽しくもないのに、人のためにニコニコとし続けることをおかしいことだと感じた。
人間の感情は、もっと自由なものだ。
旅人の国の若者は、そう訴えた。
それは、旅人の国の老人も若者だった時に、訴えたかったことだった。しかし老人はもう若者ではなかった。
若者が訴え、老人はもてなす。
そのうち、訴える若者も老人となった。
そして、老人となった若者は訴えることは無くなった。
その頃には、自分の代わりに訴える若者が生まれていたからだ。
老人となった若者は、若者が訴える内容を全て知っていた。全て解っていた。
そして、時間が経った。若者は老人となり、老人は若者に受け継いだ。
しかし、ある時、物分かりの良い若者が、現れた。
物分かりの良い若者は、初めから、なぜ老人が旅人の前ではニコニコとするのか、解っていた。そしてそれが当然だと思っていた。
物分かりの良い若者は、訴えることもなく、
老人を手伝いながら、毎日を暮らした。
老人は、物分かりの良い若者を愛した。
自分を理解し、反抗しない若者を愛した。
そして、物分かりの良い若者は老人になった。物分かりの良い若者の次の若者は、過去にいた若者のように、物分かりはよくなかった。
そして物分かりの良い若者だった老人に、感情の自由を訴えた。
物分かりの良い若者だった老人は、驚愕した。自分たちは、若者の頃に逆らわなかった。旅人の国は、そのように生きてきたのだし、そのことに疑問を抱く若者を、馬鹿げていると感じさえした。
物分かりの良い若者だった老人は、自分の次の若者を愛さなかった。
そして、次の若者も老人を愛さなくなった。若者を理解せず、疑問を抱かない老人を馬鹿げていると感じさえした。
老人と若者は、笑えなくなった。
訪れる旅人は、変わってしまった旅人の国の状況を自国に伝え、新たな旅人は、旅人の国を避けた。
旅人の国は、旅人がいない旅人の国となり、旅人の国では無くなった。そのことを老人は若者のせいだとし、若者は老人のせいだと訴えた。
そして、旅人の国は滅んだ。
今、旅人の国だった場所には、昔旅人として訪れた人たちが、旅人の国を思い出すようにして、ぽつりぽつりと住んでいるという。
二
夢の国があった。
夢の国は、夢を見せることを生業とする国で、誰もがひとときの夢を見るために訪れた。
夢の国には、地下に大きな歯車があった。
大きな歯車を回すために、人が集められ、クランクと言われる歯車に繋がった棒を、力一杯押す役目があった。
大きな歯車は、夢の源流につながっていて、歯車を回すことで、訪れた人に、望む夢を見せることができる仕組みとなっていた。
夢の国には、いつでも人が訪れた。
このため、歯車もいつでも回す必要があった。
大きな歯車を回すために、人が何人も地下に集められ、歯車につながったクランクを力一杯押し続ける役目を負った。集められた人の側では、鞭を持った管理人という役目の者さえいた。
ある時、夢の国の仕組みを知りたい人が、夢の国にやってきた。
夢の国で夢を楽しんだ後、夢の国の仕組みを知りたいと、夢の国の住人に伝えた。
夢の国の住人は、素直にそれを受け入れ、地下の大きな歯車に、その人を案内した。
夢の国の仕組みを見た人は、驚愕した。
自分が見た夢は素晴らしい者だったが、そのために、鞭を持った人の側で、集められた人が力一杯押し続ける姿は、見たくなかった。
夢の国の仕組みを見た人は裏切らられたと思った。そして、自分の国に帰り、夢の国の仕組みを多くの旅人に訴えた。
夢の国の仕組みを見た人から、その仕組みを伝えられた多くの旅人は、同じように夢の国に裏切られたような気持ちになった。
夢の国に訪れる人は、少なくなった。
訪れた人も、夢の国の仕組みを確かめると、やはり、二度とは帰ってこなかった。
夢の国の住人は、どうして訪れる人が突然少なくなったのか、不思議に思った。
そこで、訪れた人に尋ねてみたところ、地下の歯車について、教えられた。
多くの哀れな人を鞭で脅しながら作った夢なんて誰も見たくない、と訪れた人は怒るようにして、夢の国の住人に伝えた。
夢の国の住人は、不思議に思った。
夢を作る歯車を回す仕事は、夢の国では、名誉ある仕事で、誰もがやりたがる仕事だった。
素晴らしい体力のある人が夢の国中から選ばれ、一日三時間ずつ、週に三回働くことで、一生遊んで暮らせるお金をもらうことができる仕事だった。
歯車を回す仕事ができない人は、せめて歯車を回す人の近くで手助けする仕事がしたいと、鞭を持った管理人になりたいと考えた。
歯車を回す人の健康状態を気遣いながら、開始時間と終了時間を厳密に測り、鞭の音で知らせる大切な役目だった。
夢の国の住人は、どうしてもこの歯車を回す仕事が、訪れる人に怒りを買う理由が解らなかった。
夢の国の住人は、皆で集まって考え、実は歯車の話は原因ではなく、これまで見せてきたような夢に飽きた人が増えたのかと考え、新たな夢を見せる努力すらした。
そのために、歯車を回す人がさらに国中から集められ、力一杯地下で歯車を回す姿が見られた。管理者は、倒れる者がでないように、精一杯健康状態を気遣い、一秒の遅れも無く鞭の音で時間を知らせた。
しかし、夢の国に訪れる人はついにいなくなった。
夢を見る人がいなくなった夢の国は、夢の国では無くなった。
夢の国の住人は、夢を見せることをやめ、
夢の国を訪れていた人たちは、夢を見ることをやめた。誰もが昔は良かったと考えた。
丸い穴を通して見る世界は、丸く見える。
そういうものだ。
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