第16話 ビニグス村②
突然だが櫛奈は子供があまり好きではない。それを態度や言動で示すことは無いものの、関わらなくて済むのならそれに越したことは無いと思っている。
子供が好きではない理由は色々とあるが、ひとえにツッコミが追い付かないから。
子供の人数が多くなれば多くなるほどツッコミの回数も増える為、単純に疲れてしまうのだ。
だからまあ、櫛奈は子供に対して苦手意識があるわけだが、現在そんな彼女の周りには十数人の子供たちが騒いでいた。
「なるほど。ルムダさんの身、及び子供達とこの孤児院一帯を守る。これが依頼の内容ってわけなんですね」
「レィタムでいいのよ。後は病院への付き添い、かしら」
「病院、ですか? 確かにさっきから体調の方が……。大丈夫ですか?」
「ええ。心配してくれてありがとう。もう歳でねえ。色々と持病があるの。ある程度薬の蓄えはあるのだけど、それも無くなりつつあるから。病院に行くまでの護衛、と言ったところかしら」
「それぐらいなら喜んでやりますけど……。どうしてこの依頼、今まで誰も受けてこなかったんですか?」
「それが、前まではちゃんと依頼を見て来てくれていた人もいたんだけどね。何故か皆さん途中で辞めちゃうのよ。書面でその旨を伝えてくれるの。それから、しばらくは依頼を受ける人もいなくなってしまったの」
確かに曰くつきとは聞いていたが、皆一様に途中で放棄するのはどういうことだろう。
見たところこの女性は悪人という風にも見えないし、孤児院にいる人間なのだから性格が破綻しているということもないだろう。
となれば、要因は外部にあるのかもしれない。そう心の中で警戒心を強める櫛奈に、レィタムは慈母のような笑顔を見せる。
「だから、貴女たちが来てくれて助かったわ」
「いえいえ。まだ何もしていませんから。それにきちんと依頼をこなせるかどうか……」
「そんなことないわ。頼りにしているのよ。でも、そうね。とりあえずこの子達の身が第一かしら。もう老いていくだけの人間の護衛なんて要らないのだけど、この子達はどうしてもね」
ちらりと彼女は、櫛奈の周囲にいる子供達を見やる。
「ねーちゃんどっから来たのー?」
「遊んでよー」
「変な服だね!」
と、依頼の内容について確認を行っている最中も周りの子供から様々な言葉を浴びせられる。櫛奈はもう大人なので、至って冷静に彼女とやり取りを続ける。
「それで、具体的にはどのような……」
「おーい無視すんなよー」
「じゃあ、ねーちゃんが見つける役ね! 俺たちを捕まえたら勝ちだから!」
「ねーその服変だよ」
櫛奈は大人なので、会話中に服を引っ張られたりしても怒ることなんてしない。
「うるっさいねん! お前ら! 人が黙っとったらいい気になりよって! どっちが偉いか人生の先輩が教えたるわ!」
沸点の低い大人な櫛奈がブチ切れながら立ち上がると、周囲にいた子供達が楽しそうにしながら蜘蛛の子を散らす。
「コラァ! 待てや!」
真面目な話はどこへやら。櫛奈は元気に走る子供達を追い掛けて行ってしまった。
同じ席で話を聞いていたアーラも苦笑いでその光景を見守る。
「ごめんなさいね……。あの子達、元気が有り余っているみたいで……」
「いえいえ。気になさらないでください。クシナと遊べるのは羨ましいけど……。とりあえず依頼の内容について再度確認させていただきますね」
アーラが紙に書かれた内容を一つずつ読み上げていく。
「依頼内容はさっきクシナが確認してくれてましたけど、この孤児院を守ること。……なんですけど、どれくらいの期間続ければいいんですか?」
「そうねえ。大体一か月ぐらいかしら。一か月後には息子も仕事を辞めて戻ってくるって言ってくれてるから」
「あ、そう言えばルムダさんは……」
「ええ。頼りになる息子なのよね」
「存じ上げてます。では期間は一か月として、具体的に誰から孤児院を守ればいいんでしょうか」
心当たりが無ければわざわざこんな依頼は出してこないはずだ。アーラはレィタムにそう問いかける。
「……魔獣よ。最近特に多く出るようになってねえ。良ければその退治もお任せしたいの」
「魔獣? なんなんそれ」
と、そこへ子供達を両脇に抱えた櫛奈が帰ってきた。額には汗を浮かべ、息も切らしている。余程の激闘だったことが窺える。
櫛奈の疑問は抱えられた子供から帰ってきた。
「ねーちゃん知らないの? 魔獣はね、とーっても悪い奴なんだよ! 俺の住んでたところもそいつらに壊されたんだ」
「――そうか。それは大変やったな。ゴメンな、辛いこと思い出させて」
「……別に。俺強いからさ、今度奴らが来たらぶっとばしてやるんだ!」
べそをかく様子も見せず、強気にそんなことを言う彼に櫛奈は微笑ましくなって、脇から降ろして頭を撫でてやる。
「エラいエラい。こんな小っちゃいのに、立派なこと言うやん」
「だああ! 頭撫でんな! それに俺はねーちゃんよりもデカくなるんだからな!」
「なんや、そんな恥ずかしがらんでもええのに~」
照れた様子で頭を撫でる手を振り払われる。隣ではアーラが「私も撫でてもらったことないのに……」とかよく分からないことをブツブツと言っているので、一旦無視する。
「魔獣とかよく知らんけど、ただの獣なんちゃうの? それこそ国から傭兵とか雇ったらええんちゃいますの?」
「そうなのよ。魔獣の討伐は大体の傭兵さんならこなせるの。でも何故か、途中で皆さん辞めていく。ごめんなさい。私自身、何が悪いのか分かっていなくって……」
「レィタムさんは謝らないでください。きっと何か、都合が悪かったんでしょう」
口ではそう言うものの、なるほどと櫛奈は改めて納得する。
魔獣、という危険因子があることもそうだが、何より謎のリタイア続出が一番不安を加速させる要因なのだろう。報酬が高いのにも関わらず、ここまで依頼が完遂されていなかったことに合点がいく。
誰だって、そんな不気味な依頼は受けたくない。
「だからね、最近はここまでお話して依頼を受けていただくか決めてもらうようにして貰っているの。こんな依頼、受ける人もいないでしょう。大体はキャンセルしていくわ」
レィタムは立ち上がり、申し訳なさそうな表情を浮かべた後、腰を折り頭を下げる。
「どうか、よく考えて。私たちのことは考えずに、貴女のことを考えて決めてね」
自分の命よりも大切なものはない。誰もが面倒くさいことをしたくないし、それが命懸けになりそうなのなら猶更だろう。
だから誰もこの依頼を受けない。どれだけお金が貰えるとしても、自分の命には代えられない。
それは当然のことだ。お金の為にそこまで情熱を掛けられる人間の方が珍しい。
櫛奈にとってもそれは変わらない。弟とそして妹と、自分が生活していく為のお金は稼ぐものの、命を懸けてまでやるかと問われればそこまでではない。自分の生活はある程度犠牲になってもいいと考えているが、自身の命を軽んじることはしない。
ここで断ることもできる。
だが、今のこの状況は、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスだけの話ではないのだ。義理人情の血が通った櫛奈も、はいそうですか、と簡単に首を縦に振ることなどできない。
子供達は苦手だが、一度関わってしまったこの孤児院の人達を見捨てる選択肢を取れる人間は鬼か悪魔ぐらいなものだろう。
それに、櫛奈はここで神として名を知らしめる必要がある。自分がやると言ったのだから、それを捻じ曲げることはしたくなかった。
「頭上げてください。依頼、受けさせてもらいます。これは同情でも、義務感でもありません。ウチがやりたいから――。ウチの為、それからこの国の為に、やらせてもらいます」
「……ありがとう。そう言ってくれて、とても嬉しいわ」
レィタムが上げたその表情には安堵が多分に含まれていた。その顔を見て、櫛奈もまた胸の中が温かさで満たされるのだった。
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