第17話 騎士団長トゥムクス=ルムダ①

「おや、お客様ですか?」


 正面の扉が開くと同時、聞こえてきたのはそんな涼やかな男性の声だった。

 金色の短髪にハッキリとした目鼻立ち。所謂美形と言われるタイプの男だ。身長は櫛奈よりも高く、ちょうど彼女の弟と同じくらいかと、ぼんやりとそう思った。

 その男性は初めは驚いた様子だったが、すぐにその表情を柔らかい笑顔へと切り替えていた。


「お帰りなさいトゥムクス。こちらの方々は私の依頼を受けてくれるクシナさんとアーラさんよ」

「初めまして、圓富 櫛奈と言います。で、こっちの子がアーラ」


 二人はレィタムの紹介の流れで挨拶をし、会釈する。

 顔を上げて、再び彼の表情を見た時、先ほどまでの戸惑い混じりの柔和な笑みは消えていて。

 固い顔つきになって、眼光は鋭さを増していた。


『クシナさん。彼、結構やりますよ』

『は? やるってどういうことやねん』


 櫛奈の疑問にフェイレスは答えず、その間にも男は目の前まで歩いてきていた。


「どうも、初めまして。トゥムクス=ルムダと言います。うちの母がお世話になっております。それで、早速のお話なのですが、母が出した依頼は無かったことにしてください」

「……は?」


 唐突に、自己紹介も早々に聞き逃せない言葉が飛び出してきた。男、トゥムクスは一歩も引かず、同じ声音で繰り返す。


「母が出した依頼は取り下げます。ですので、お二方はここから立ち去ってください」

「なんなん自分。いきなり来て無茶苦茶言うやん。これはレィタムさんの依頼やし、アンタが取り消すのは筋違いなんちゃうん?」

「いいえ。家族のことですから急に来て用件は言います。それに、職業提供連合会リクエストへの依頼は依頼者の同意があれば家族の人間が取り消せる、という規則もあります」

「え、そうなん? アーラ」


 思わずアーラに尋ねると、彼女は苦々しく笑いながら頷いた。


「そう、だね。依頼者が出した依頼はよほどのことが無ければ、依頼者の同意の下、家族が取り下げられるよ」

「なるほどな~。ありがとうな、アーラ」


 依頼の取り下げが可能なことは理解したが、それが必要なことだとは思えない。

 現に孤児院は困っていて依頼を出しているのだ。助けが必要なはず。にもかかわらず、トゥムクスは聞く耳も持たないといった感じで、櫛奈を見下ろす。


「いや理由も聞かんとはいそうですか、って引き下がられへんわ」

「……母から話は聞きましたよね。それで理由は十分かと」

「アホか。それ踏まえてやるって言ってんねん。なんも聞かんとホイホイ依頼受けるやつに見えるんか?」

「それでもです。この依頼は危険すぎる為、こちらで処理させていただきます」

「……話聞かんな~」


 何を言っても意見を変えないトゥムクス。櫛奈は呆れながら、どうしたものかと思案する。と、隣にいたアーラが小声で櫛奈に囁く。


「ねえ、アーラ。一応この人、この国を守る騎士団の一番偉い人なんだよ」

「いや、知らんわ……。相手が誰でも、自分が納得できひんことは引き下がられへんねん」


 しかしそうは言っても彼は櫛奈以上に強情そうだ。これを説得するのは骨が折れるだろう。アーラが言うには彼はこの国を守る組織の長だそうだ。ということは、この危険な依頼を自分達で解決できるという自負があるから、こういう態度を取っているのだろう。


「じゃあどうしたら認めてくれるん?」

「ですから。どうあっても認めることはできません」

「それは、ウチらが弱そうやから? その魔獣ってやつらに対応できひんって思ってるん?」

「……それは――」

「じゃあウチがアンタに勝てたら、認めてくれる?」


 櫛奈の一言に、その場にいる全員が息を吞む。トゥムクスでさえも、驚いた様子で彼女を見ている。


「クシナ! それは無茶だって!」

「何が無茶なん?」

「だってこの人、シェイド・レグナムで一番強い人なんだよ」

「……マジ?」


 屈強とは程遠い見た目の男が、この国で一番強いなんて信じられない。だがこの周囲の雰囲気を見るに、アーラが噓を言っているわけがないことは考えなくても分かる。

 櫛奈の疑念が確信に変わったことをトゥムクスも分かったのだろう。溜め息を吐いて、口を開く。


「分かったでしょう。私が全部解決しますから、外部の力は必要ありません」

「……それがホンマやったら、依頼なんて出さへんと思うんやけど」

「それは……」


 これだけ頼りになる息子がいるのに、その母は外部の手助けを得ようとしている。櫛奈は今度はトゥムクスの母、レィタムの方を見やる。


「何かワケがあるんちゃうんですか? レィタムさん」

「……息子は、度々この孤児院に帰ってきてくれているのだけど、それでも国の仕事もあってね。ずっとこの孤児院を見るわけにはいかないのよ。息子がいない間、――あと一か月。息子の手を煩わせずに乗り切りたいの」


 息子も息子だが母も母で強情というか、意志が強い。レィタムの言葉にトゥムクスも少しばつが悪そうに言葉を返す。


「母さん。いい加減現状を見てくれ。騎士団として、これ以上人が消えることは見過ごせない。私が業務を終えるまでの一か月、できるだけこの孤児院には人を派兵するようにもするから」

「……それでも、やっぱり私はあんたの手を煩わせたくないの」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、これ以上の妥協案は……」


 その母と息子のやり取りにいたたまれなくなった櫛奈は、わざとらしく咳払いをして空気を変える。


「その為のウチらやろ」

「だから、部外者の力は――」

「アンタが派兵する騎士さんの実力より、ウチが強ければ問題無いんやろ。測ってや、ウチの力」


 不敵な笑みを浮かべてそう言う櫛奈に、またも周囲は騒然とする。トゥムクスが何か言いたそうに口を開きかけるも、しかしゆっくりと首を振って言葉を繋ぐ。


「……何を言っても無駄なようですね。分かりました。貴女が我々騎士団の人間よりも強いかどうか、判断させてもらいます」

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