第14話 シェイド・セントラル③

 依頼の登録が終わり職業提供連合会リクエストから出ると太陽が真上に差し掛かろうというところだった。街の賑わいも一層勢いが増しており、この国が衰退に向かっているなど少しも感じさせない。

 依頼の登録も無事終わり、このまま依頼者の元へ向かいたいところだが――


「アカン、お腹空いたわ……」


 腹の虫が限界だと今にも叫びそうだ。寝ている間にもちゃんとお腹が空くのかと感心すると同時に、寝ている際の食事を取ってカロリーはどうなるのか、結構気になるお年頃。そんな彼女を嘲笑うような替えが脳内に響く。


『人間は大変ですね。どうでしょうか、空腹が無くなる能力もご用意しておりますよ』

『アホか! ただでさえアンタから借金してるのにこれ以上増やされへんわ! ……ちなみに、全然買う気とかないけど、参考までに知りたいんやけど、……幾らなん』


 値段によっては購入することで自分の食費が減らせるし、生涯使用できるなら買っておけばプラスに働く。そう考えた櫛奈は念のためフェイレスに尋ねる。


『金貨三十枚です』

『さっ!? んじゅう……! いや、でも一生お腹空かんのやったらアリなんか……?』

『ちなみに空腹が消えるだけですので栄養とかは摂取できません』

『アホか! ほないらんわ!』

『残念です』


 今日日栄養などサプリメントでどうとでもなるらしいが、それを買うぐらいなら素直に食料品を買うし、何より櫛奈は食事を楽しみにするタイプだった。


「クシナ、お腹空いたよね。実は私もなんだ」


 フェイレスとの会話が一頻り終わったと思ったら、今度はアーラが恥ずかしそうにそう言った。

 そうだ、せっかくだからこの世界でしか食べられないモノを食べればいい。旅行に来た感覚で辺りを見渡しながら、気軽にアーラへ問い掛ける。


「なんかオススメのごはんとかないん?」

「え、ええと私のオススメなんか……、クシナの口に合わないだろうし……」

「なに言うてんねん。他でもないアーラが好きなモンが食べたいんやから」


 現地の人間が食べるものを食べてこそ旅行に来た価値がある。まあ厳密には旅行ではないのだが、生活圏から離れた場所に来ているのだから大きく離れていないだろう。

 と、軽い気持ちで聞いてみたのだが、アーラの様子が少しおかしい。頬を染めて甘美な表情を浮かべている。


「そんな、私と一緒がいいだなんて……。でもそういう結構大胆なところが……」

「あの~、アーラ?」

「……ハッ!? あ、クシナ! ごめんね! ちょっと舞い上がっちゃって……! 私のオススメのお店、紹介するね!」


 あたふたしながらも先導して歩いていくアーラ。

 騒がしい子だなと、そう思いながらもその明るさと前向きさに元気を貰えているのかもしれない。

 自然と笑みが浮かび、櫛奈もまた彼女について街を歩く。



「いや~、まさかこっちの世界にもサンドウィッチがあるなんてな~」


 アーラのオススメだと紹介されたランチはパンとパンの間に干し肉や野菜を挟んだ一品、サンドウィッチだった。

 確かに美味しかったのだが、地球以外の料理を想像してしまっていた櫛奈にとって、ちょっと複雑な結果だった。


「というかサンドウィッチ伯爵がこっちの世界にもおったってことなんか」

「サンドウィッチ伯爵?」

「あ、あ~今の料理の名付け親みたいな人かな、知らんけど」

「え! そうなの? 知らなかったなあ、そんなことまで知ってるなんて、さすがクシナだね!」

「いや、ウチもそんな知らんで? あっさーい知識で適当に喋ってるだけやで?」


 事実本当に知らない。なんか雑学として身についているだけなので、根掘り葉掘り聞かれると困る。

 ただアーラからそれ以降の追及はなく、櫛奈に向けてニコニコと満面の笑顔を見せている。

 何となく言葉に詰まってしまう。そう面と向かってかわいい笑顔を向けられると、こっちが恥ずかしくなる。櫛奈は逃げるようにそう言えば、と話題を変える。


「こっからどうやって依頼主のところまで行くん? まさか徒歩ちゃうよな」

「ううん。乗合の馬車があるんだ。目的地まで遠いからね」

「ああ、ここに来た時と同じ感じなんかな」


 シェイド・セントラルとシェイド・サウスとではそれなりに距離があったらしく、アーラの父が馬車でここまで送ってくれたのだ。

 馬車になど乗ったことのなかった櫛奈は道中終始テンションが上がっていて、今思い返すとアーラの父が若干引いていたような気がする。

 てっきりそれと似たようなモノにまた乗れるのかとワクワクしていたのだが、アーラはゆるゆると首を振り歩いている道のその先を指差した。


「似てるけどちょっと違うかな。ほらアレがこれから乗る乗合馬車だよ!」


 そこには馬車で運ぶ車両をさらに大きくしたような、装飾が煌びやかな車輪のついた小さい家のようなものが見えた。

 それを何か別のもので表すのならバスが近しいだろうと、櫛奈は今まで得た知識を持ってそう判断する。


「じゃあチケット取ってくるからね! クシナはここで待ってて!」


 言うが早いか、アーラはチケットカウンターのような場所へと走り去っていく。


「……ホンマに元気やな~」


 最早羨ましさを感じるほどの振る舞いに、呆れながら笑ってしまう。

 さて少し暇になったしちょっとだけ街中を見てもいいかな、などと思ってキョロキョロと辺りを見渡しながら彷徨う。


『良いんですか? アーラさんはここで待っているように言っていましたが』

『かまへんかまへん。この辺ウロつくぐらいやったらなんも言われへんって』

『……』


 旅行気分は良くないがこれも神になる者として必要な調査なのだと、天使(悪魔)の囁きも正当化しつつ櫛奈はあちらこちらへと興味を移す。


「こっち物価安ない? もうずっとこっちに住もうかなあ」


 看板を見ながらそんな意味のない葛藤をする櫛奈に、近づく影が二つ。


「やあ、ねえちゃん。一人? 良ければ俺らと遊ばねえ?」

「へ?」


 屈む櫛奈を覗き込むようにいかにも不誠実そうな男が二人、汚い笑いを浮かべていた。


(え、これナンパってやつ?)


 これまで自宅と学校とアルバイト先との往復を繰り返してきた櫛奈にとって、その存在は知っていたもののフィクションの中の出来事だと思っていた。

 男への免疫は弟がいたからまあある方だとは自負しているが、実際に見ず知らずの男達に気安く話しかけられると、どのように答えていいのか分からなくなる。


「え、いやツレが居ますけど……」

「マジ? その子も一緒にさあ、遊ぼうぜ!」

「い、いやこれから出掛けるんで――」

「大丈夫、大丈夫。そんな時間取らせねえって」


 ダメだ。何を言っても引き下がらない。ナンパの対応って意外と面倒くさいなと、そう思うもどうこのやり取りを終わらせるべきか迷ってしまう。

 男二人ぐらいなら殴り倒せるか。いっそフェイレスから能力を買って手荒に済ませるか。いやこれにそんな価値があるのか。もう強引に逃げ出そうか。どれが最適か思考の迷宮に迷い込んでしまい、その間に男の魔の手が櫛奈へと伸びる。


「なにを、やっているの?」


 不意に、聞き慣れた女性の声が背後から聞こえた。

 鈴のように美しく、聞き取りやすい少女の声。それは間違いなく、アーラの声だった。

 そのはず、だった。


「貴方達如きの薄汚い手で、クシナに触っていいわけないよね」

「ひっ!?」


 男二人の悲鳴が漏れる。

 鬼だ。鬼がいる。櫛奈も男二人も震え上がる。櫛奈は怖くて振り返れなかったが、彼女から溢れ出るオーラがいつものアーラではないことを告げていた。


「これでクシナが精神を病んでしまったら、どう責任取るつもり!?」

「すみませんでした~~!!??」


 今にも大地を揺るがさんとするほどの怒気を孕む彼女の声音に、ついに男二人は両手を挙げてその場から消える。

 残されたのは、鬼と震え上がった子ウサギのみ。


「あ、あの~アーラ……?」


 恐る恐る、推定アーラであろう声の主の方へと振り返る。一体どんな悪鬼羅刹が立っているのかとビクビクしていたのだが、そこにいたのはいつも通りのアーラだった。


「もう! ダメだよ! クシナは可愛いんだから! 一人になった途端悪い虫が寄ってきちゃうでしょ?」

「あ、うん。ゴメン。え~っと、ところでもう、アーラは怒ってないん?」

「ん? どうして私がクシナに怒るの? 褒めることはあっても怒ることなんて絶対にないんだから」

「ああ、そうなん? ……そうかな?」


 彼女の豹変っぷりに今後アーラを怒らせることは控えた方がいいと、櫛奈の本能がそう囁いている。


『今後はアーラさんを怒らせない方がいいかと存じます』

『分かっとるわ』


 ついでに隣の悪魔もそう囁いてきたので、適当に返事をしておいた。

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