第13話 シェイド城にて

 そこはシェイド・レグナムのとある場所。

 喧騒とは掛け離れた、荘厳で話し声の一つすらしない厳粛な空間だった。


 場所の名はシェイド城。『神』が住んでいた場所だ。現在その場にいるのは神ではない。人影が三つ。一つは恭しく跪き、首を垂れている。後の二つ、一つは椅子に座り、もう一つはその隣に立っていた。

 跪く一人の青年は顔を上げ、抑揚の無い調子で口を開く。


「それでは大臣。一日ほど、暇をいただきます」

「うむ。本日も騎士団長業務ご苦労であった。久方ぶりの休暇が一日で申し訳ないが、母君とゆっくりするといい」


 大臣、と。そう呼ばれた椅子に座る髭を蓄えた男がそう言うと、青年は立ち上がり深く一礼をしてその場を立ち去った。

 扉の閉まる音と共に訪れる静寂。息苦しささえ覚えてしまうほどの重い空気の中、それを打ち破ったのは大臣の隣に立つローブ姿の人物だった。


「準備はどうですか?」


 女性的な声が響く。

 深々と被ったローブの隙間から漏れる屈託のない笑みに、大臣は疲れたように溜め息を吐く。


「万事順調だ。貴様の言う通りな。民が騎士を、即ち騎士団を抱える政府を頼るようになれば、その分信頼関係も生まれる。次期神となる器に私もなれる、と。それが貴様の計画だったな?」

「はは、貴様ではなくアリエルとお呼びください。しかしその通り。神とは国を、民を守る存在であり同時に、信仰の対象として認められなければならない。前神シェイドはそれが足りませんでした」

「本当に、認められるだけで神になれるのか?」

「その点はご心配なく。神の資質さえ持っていれば誰であろうと神になりえますから。大事なのは民からの信仰心。これが無ければいかに種として優れていたとしても、他の有象無象と何も変わりません」

「そうは言うが……」


 不安と疑念で揺れる大臣の声音に、ローブ姿の人物は彼の顔を覗き込んで笑いかける。

 その瞳は邪気もなく、しかし無邪気というわけでもない。

 読み取れないのだ。彼女の思考、感情が。


「大丈夫ですよ。すべて上手くいきます」


 それはただの言葉だった。意図はなく、意志がない。ただ音として紡がれた、単語の羅列としての不気味な呪文にすら聞こえる。彼女には大臣の不安を払拭させる気などないのかもしれない。

 そんな言葉を発した彼女は距離を取り、扉へと向かっていく。


「……またどこかへ行くのかね」


 時折彼女はその姿を晦ます。どこで何をしているのかを大臣は知らない。毎度、定型句となっている疑問を投げかけてみるが――。


「ええ、ワタクシもこの国の為に何かしたいと思いまして」


 ニコリ、と。表情だけを変えて。

 決まって彼女はそう言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る