第12話 シェイド・セントラル②
高層ビル群が立ち並び、車やバイクが往来する。
そんな光景は当然なくて、立ち並ぶ家屋は煉瓦造りの建物ばかり。往来にエンジンを積んだ四駆はなくて、馬車が脇を通り過ぎていく。
街を行き交う人はおよそ現代とは異なる衣装で、その街並と相まって本当にファンタジーの世界に入り込んだのだと、そう実感を覚えるほどに溶け込んでいた。
「私達の住んでいる地域がシェイド・サウスの端の方。クシナと出会ったあの教会があった辺りはシェイド・サウスで一番栄えている場所なの」
「……確かに、比べんでもええぐらいに人の量がちゃうなあ」
大通りは見渡す限りに人、人、人。中央は馬車が通っていて、歩行者道路は通行人と商人の呼び込みとで大賑わいを見せている。
「……ここだけ見るとホンマにこの国が衰退に向かってるようには見えへんけどな」
この人通りの多さ、活気。どこを切り取って見ても国が亡びる前触れには感じない。本当に神の恩恵なんてものがあるのか、それすらも疑念を抱かざるを得ない。
別に疑っているわけではないのだが、クシナの言葉にアーラは困ったように笑った。
「そう、なんだよね。でも、実際に困っている人が多くて。それが依頼の量にも繋がってきてるの」
「依頼?」
「そう。あ、着いたよ。あれが職業提供連合会(リクエスト)。国中から頼み事、まあ依頼が集まる場所だね」
大通りを抜けるとそこは大きな広場になっていた。中央には噴水があり、打ち上げられる飛沫が太陽光に反射してキラキラと煌めいている。
そして櫛奈たちから見て反対側。噴水を挟んで広場の東。
そこに一際目立つ建物があった。
絵に描いたようなゴシック建築。重い石造で作られたそこは重厚な雰囲気をまといながらもステンドグラスや大きな窓の主張もあって、煌びやかで神聖な空気を帯びている。何よりも立ち並ぶ尖塔やアーチが美しく、櫛奈はしばらく見惚れてしまっていた。
「いや……、めっちゃ凄いなあ。なんか上手く言葉では言われへんけど、感動してるわ」
「えへへ、クシナが見たらびっくりするだろうなって、実は昨日から楽しみにしてたの。喜んでくれたみたいで良かった」
「うん、こんなん見たことないわ。この世界でもこれだけの建物、中々無いんちゃう?」
「そうなの。この建物、ううん。この町も私たちの町も、自慢したい大好きなものなんだ。だから、クシナが私たちのことを知ってくれて、凄いって褒めてくれて、嬉しいな」
まるで自分のことのようにニコニコ話すアーラにつられ、櫛奈も顔が綻ぶ。
この町の人は、アーラは本当にこの国が好きなんだな。他の人はどうだか分からないが、櫛奈は自分の出生地には対して思い入れもない。だからこそ、そこまで自分の生まれた場所を好きになれることを、櫛奈は少し羨ましく思ってしまう。
「ほら、行こう! 中もとっても凄いんだから!」
「あ、ちょっ――。手繋がんでも歩いて行けるから……!」
正面には大アーケード。その前には大階段が設けられており、今も人が節操なく往来している。
そんな中を櫛奈はアーラに引っ張られる形で駆け上がっていく。
「さあ、ここが
扉を開けた先、広がっていたのは街中と然程変わらない人の活気。それら賑わいには似つかわしくないゴシック建築の柱や装飾の数々。ステンドグラスや窓から降り注ぐ太陽の光を受けて、そのどこかちぐはぐな光景すら美しく見える。
「いやあ、凄い人やな……」
「お昼はいつもこんな感じなんだ。人が少ない時は良い雰囲気なんだけど。あ、でも受付は空いてるみたい」
活気に気圧されていると、まだ手を繋いだままのアーラが再度櫛奈は連れて歩く。しばらく歩いた先、人混みを搔き分け壁際に設けられた案内所のような場所に着く。
そこでは黒いベストに白いシャツを着た若い女性が姿勢正しく座っていた。
「こんにちは。ご依頼ですか? それとも受注ですか?」
柔和な笑みを浮かべてそう尋ねてくる受付の女性にアーラが応じる。
「まずは登録をお願いします。それから今日、以来の受注までしたいんですけど……」
「畏まりました。登録されたい方は後ろの貴女ですね」
視線を向けられ頷き応える。自分は圓富 櫛奈という名前であること、性別と年齢を伝える。
「――はい、登録完了です」
「え!? もう!?」
「はい。必要な情報はこれで全てです」
「はあ~凄いな~。日本の役所とはエライ違いやな」
自身の暮らす国との違いを感じつつ、続く女性の説明に耳を傾ける。
「ようこそ。
「ふんふん。なるほどなるほど。色んな依頼がなあ。それって、あ~……ちょっと意地汚い話なんやけども――」
「はい?」
初めてあった見ず知らずの女性にこれを言うのもどうかと内心葛藤するものの、それでも言いにくそうに恥ずかしそうに、おずおずと尋ねる。
「一番お金が稼げる依頼って、なに?」
「……」
物凄く恥ずかしい。いきなりお金の話をすることほど恥ずかしいものはない。体裁とか見栄とかプライドとか世間体とか、思春期の女子高生は考えることが多くて諸々と面倒くさいのだ。
櫛奈の真意を測りかねていた受付の女性は一瞬、目をぱちくりとさせていたが、直ぐに満面のスマイルを作り出す。
「はい。ございますよ。ちょうど報酬が良いご依頼が一つ。ただ――」
「ただ? なんか条件でもあるん?」
「いえ、条件は無いんですが……。この依頼は少々曰く付きとなっておりまして。お勧めはしていません」
「登録したばっかでもその依頼受けれるん?」
「え? はい。受注は可能ですが……。あの、他にも依頼はございますよ。危険の少なくてそれなりに稼げる依頼とか。今、どこも人手が足りていないので基本的には皆さん、好条件の依頼を受けていかれますが」
「……せやろな。普通は楽で報酬がそこそこ良い条件の仕事を求めるやろ。コスパが良いってやつやね。でも、今のウチにはどうしてもお金が必要やねん」
それに、今の櫛奈はこの国を救う神になる、つもりでもある。町で困っている人間を助けられないようでは、国を救うなんて夢のまた夢。
この国を愛するアーラの為にも、お金を稼ぐ自分自身の為にも。
コスパが悪いからと言って、依頼を選り好みするわけにはいかない。
そんな櫛奈の表情をどう読み取ったのかは知らないが、女性は一つ息を吐いて紙を一枚手渡した。
「ご依頼主はトゥムクス=ルムダ。この国の騎士団長です。依頼内容は彼の母の護衛。詳細は是非彼の母に直接聞いてください。――それでは、行ってらっしゃいませ。神の加護があらんことを」
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