第4話 シェイド・レグナムへようこそ③

 家の中は意外と充実していた。特段簡素というわけでもなく、生活感が溢れる内装が広がっている。


「クシナ様。申し訳ありませんが、部屋に余りがなくて。良ければアーラと同じ部屋の二階で寝ることになるんですが、いいですかね?」

「すみません。気に掛けてもらって」

「いえいえ。アーラが慕う人に失礼はできませんから。ああ、そうだ。何か飲み物でも飲みますか? と言ってもミルクしか用意できませんが……」

「いえ、お構いなく。雨風の凌げる場所があるだけで、ありがたいですから」

「そうですか。まあ、何かあったら言ってください。私と妻はこの部屋にいますから」

「はい。ありがとうございます」


 お礼と共に腰を折り、目的の部屋へアーラが案内してくれる。

 部屋に入ると簡素なベッドと箪笥が目に飛び込んできた。可愛く装飾された机と椅子が窓に面していて、無駄なモノが一切ない印象を受ける。


「お邪魔します」

「ふふ。どうぞ、いらっしゃいませ」


 普段そんなに関わらないクラスメイトの部屋に遊びに来た感覚だ。どこに腰を下ろしていいか分からず、とりあえず部屋をうろうろしてしまう。


「……改めまして、アーラと申します」

「あ~……、圓富えんとみ 櫛奈くしなや。適当に呼び捨てでも何でもしてや。というか、別に敬語じゃなくてもええで。見たところ同い年ぐらいやろ、ウチら」

「で、でも……」

「気にせんでええって。ウチもそういう堅苦しいの苦手やし。もっと仲良くなりたいし。できれば、様付けも辞めてほしいかなあ。……アーラさえ良ければ、なんやけど」


 戸惑ったように視線を泳がすアーラだったが、やがてその表情は柔和な笑みへと変わる。


「……うん、私も仲良くなりたい。これからよろしくね、クシナ」

「こちらこそよろしくな、アーラ」


 お互いに笑い合い、アーラは部屋の入口へと向かっていく。


「良ければ椅子に座ってて。あ、私ミルク取ってくるね」

「ああ、うん。おかまいなく」


 そう言って、彼女は出て行ってしまった。


「はあ~……」


 部屋に誰も居なくなった途端、張っていた緊張の糸が弛み、溜め息と共に漏れ出していく。


『順調じゃありませんか』

「おおお!? びっくりしたわ! え? もしかしてずっとおったん?」

『当然でしょう。普段は姿を隠していますが、こうして人の目に映すことも可能ですよ。それに、姿を晒さなくても声だけでクシナさんとやりとりすることもできます』

「……じゃあ今って、ウチだけじゃなくてその姿、アーラとかにも見られるってこと?」


 いきなり現れた悪魔、フェイレスとこうして会話をしてしまっている。慣れって怖いなと思う反面、これは夢なんだから何が起きても不思議では無いという思いでもある櫛奈。

 そう思うと気持ちが楽になってくる。


『まあ、他の人にも見られるでしょうね。……それにしても、クシナさん。もしかしてまだここが夢の中だとお思いですか?』

「えっ? な、なんで?」


 図星を突かれて、疑問に対して疑問を返してしまう。もしかしたら悪魔だし、心を読む能力でも持ってるのかもしれない。


『いえ、単純に順応性が高いと思っただけです。それそのものはいいことなので、それについて責めたりはしませんよ』

「そうなんか……。まあ、確かに夢やなって認識ではあるけど。こんなん、普通体験でけへんしさ」

『そうでしょうね。別に変に取り乱したりしない分、ワタシは助かってますが』

「そんなもんなんか。……ところで、急に姿見せてどうしたん? それを確認する為だけ?」

『ああ、いえ。話をしたいと思いましてね』

「話? ウチと?」

『いえ』


 フェイレスが言葉を紡ぐ前に、扉が開く。

 そこにはミルクの入ったカップを二つ、両手に持ったアーラが、目を丸くして立っていた。

 それを気にすることなんてせず、フェイレスは恭しくお辞儀をしてみせ、続ける。


『初めまして。この度、クシナさんの補佐役となったフェイレスと申します。少しだけお話をしましょうか、アーラさん』



 アーラの部屋は元々が一人用の部屋だからか、無駄なモノがない。

 かといって十分なスペースがあるわけでもなく、アーラと櫛奈、それからフェイレスが同居してしまうと、もう部屋には一息つけるほどの空間はなくなり、圧迫感を覚えてしまうほどになってしまっていた。

 そんな手狭になってしまった部屋で、フェイレスは静かに語り始める。


『ますはクシナを信用してくれて感謝します。貴女がいなければ、恐らくこの国での活動もままならなかったでしょう』


 そう告げるフェイレスを彼女は一瞥した後、櫛奈へと縋るように視線を移す。


「……えっと、クシナ。これ、どういうこと?」

「あ~、それはな~……」


 どこまで話すべきか。全てを正直に話すべきか、それとも本当にフェイレスを補佐役ということにして乗り切るか。

 迷う、が。

 改めて、彼女の瞳を見て悟る。

 アーラは咄嗟に神と名乗った自分を信じ、親にまでそう紹介してくれた。信じてくれたのか疑うことを知らないだけなのかは分からないけど、その彼女の誠意に応えるべきだとは、思えた。


「ウチ、実はこの世界の人間じゃないねん。別の世界からコイツに連れて来られて、そこで神になれって言われてん。ウチの目的も、お金稼ぎやし」


 いきなり現れた自称神志望に、こんなことまで言われれば頭がオカシイ人認定を受けることは明白。というか自分ならそう思う。

 それでも、彼女には正直に話しておきたかった。例えそれで距離を置かれてしまったとしても、櫛奈としては納得がいく。


「クシナ……」


 なんとなく気まずくて、彼女の表情は見れなかった。だが彼女の口調は、その語気は少し残念がっているような、感じがした。


 まあ所詮夢の中の話だと、割り切ることも可能だ。目を覚ませば彼女は消え、この世界ともおさらば。難しいことは何も考える必要なんてない。

 けれど、櫛奈自身、初対面で信用してくれていた彼女を裏切ってしまったような結果となってしまって、そこだけは残念だ。


 きっと寝覚めは悪いことだろう。

 そう思っていた。


「クシナ……、ありがとうね」

「……なんでお礼なんて言うん?」


 彼女はこの場にそぐわないお礼を告げた。今まで大事なことを黙っていたのに、感謝される覚えはない。

 本来なら失望、あるいは危ない人を見るような嫌悪感が勝つ場面なはず。

 でも彼女の顔は、柔和な笑みに模られていた。


「正直に話してくれたから。クシナは嘘を吐くような人なんかじゃないって、信じてるから」

「……信じてくれるん?」

「うん。私のことも救ってくれたから。……それに、神になるって言ってくれて、この国も救おうとしてくれてるし。クシナは優しいね」


 そうはにかみながら言われてしまうと、こっちまで恥ずかしくなってくる。櫛奈は目を背けて、それからフェイレスに向き直る。


「それで? アンタがアーラと話したいって言うのは、信頼を得たかったからって話なんか?」

『ええ、その通りです。さすがクシナさん。上手くやって頂きありがとうございます』

「アンタなあ……。その言い方やとウチに裏があるみたいやんか……」

『これは失礼。何しろ悪魔は人の心を翻弄するのが好きなモノで』


 無感情ながらも楽しそうにからかってくる悪魔のことは放っておこう。そもそもフェイレスがどこまで協力してくれるかも怪しいし。

 と、今度はアーラがフェイレスに話し掛ける。


「あの、悪魔さん?」

『悪魔さんだなんて。気軽にフェイレスと呼んでください。それで、なんでしょうかアーラさん』

「……あなたはクシナの補佐役なんですよね? 具体的に何か、補助できるんですか?」

「あ、それウチも聞きたかってん。悪魔さんは何してくれるん?」


 聞きたいことを聞いてくれたアーラに便乗する形で、フェイレスに疑問を投げかける。


『あぁ、それは――』


 彼が何か話そうとした瞬間、階下から物音と、それから甲高い悲鳴が聞こえた。


「な、なんや!?」


 咄嗟に身体が弾かれて、櫛奈は部屋を出る。すると、声が鮮明に耳に届いてきた。

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