第12話

 ユウヤは見上げる。

 雷撃が迫っていた。それに当たれば、一瞬で気を失い、そのまま殺されるだろう。

 そして、ユウトの顔がよぎる。

「――ッ」

 ユウヤは振り下ろされた手を飛びのいて躱した。手のひらを突き出し、光球を放つ。ポルックスがそれを避ける隙に、ユウヤは風を起こした。

 暴風に砂が舞い上がり、視界が奪われる。ユウヤは踵を返し、その場から逃げようと縺れる足で走り出す。

「――無駄だよ」

 その声がどこからか聞こえ、間髪入れずにユウヤを電撃が貫いた。

「うぐ――あ……」

「ボクの放電に、視界は関係ない。電気はボクとキミの間を繋ぐように流れるだけ」

 ざあっとポルックスが起こした風が、砂を吹き飛ばした。

「これで終わりだね」

 麻痺した身体を動かせない。振り下ろされる腕に、ユウヤは目を閉じかけた、その時――。

「ユウヤくんっ――!」

 ユウヤの視界が、水色に翳る。

 ポルックスの腕は、二人の間に割り込んだ人影の――肩から胸を切り裂いた。

「テリシア⁉」

 だが血がほとばしる代わりに、砕け散ったのは透明なガラスのような、防御晶だった。

「ウィンド・ブレード!」

 テリシアが杖を突きだし、風の刃の連撃を放った。ポルックスはそれを躱しながら飛び退り、距離をとる。

「だ、大丈夫⁉」

 焦った声色で尋ねるユウヤに、テリシアは振り向いてにこっと笑う。

「うん! フィオレナのおまじないのおかげ!」

 テリシアはくるりと杖を回し、ユウヤに向けた。

「えっと……治癒魔法は……苦手だけど、――キュア!」

 そう呟くと、二人の間にふわりと光が漂う。ユウヤは、身体の痛みが和らぐのを感じた。

「あ、ありがとう、テリシア……何でここに?」

「え? えーと……犯人はポルックスだよ! ってユウトくんに伝えるはずが、ちょっと道に……ま、まぁまぁ、任せてよ! ユウヤくんは、わたしが守るって言ったでしょ?」

 なぜか一瞬きまり悪そうな顔をしたテリシアだったが、すぐに気を取り直して胸を張る。

「……あ、ありがとう……もうダメかと思ったよ」

「諦めるなんて、ユウヤくんらしくないねっ!」

「……うん、そうだ、そうだよね」

 ユウヤは痺れのとれてきた身体に力を入れ、なんとか立ち上がる。テリシアの魔法のおかげだった。

 二人は再び、ポルックスに向き合う。

「もう分かったんだからね、ポルックスが事件の犯人なんでしょ! 証拠だってあるんだからっ!」

 テリシアの大声に、ポルックスはへえ、と顎を上げた。

「そっか。でも、どうやってここから生きて帰るつもり?」

「え――と……」

 ポルックスはおもむろに手を振り下ろした。その足元に、橙色に輝く魔法陣が展開される。

「ま、魔法陣……っ」

 それは強力な魔法の前触れだった。

 二人が身構えるのと同時に、ポルックスを取り囲むように六つの光が浮かび、そこから電撃が放たれた。

「――ッ、シールド!」

 テリシアは杖を構え、二人は手をかざして防御した。ガラス板のような透明な防御晶が二人の目の前に生じ、雷撃を受け止める。

 絶大なエネルギーに、ピシピシ、とそのシールドが震えた。数秒持つか、どうか。それでさえ、ポルックスは一割の本気も出していないのだろうことをユウヤは察する。

 だが、それはチャンスだ。殺そうと思えば、殺せるはずなのに、ポルックスは引き延ばしている。

 ――やっぱりそうだ。ポルックスは、……ただ待っている。

「敗けるわけには、いかないよね……」

 ポルックスの声がよみがえる。

『キミがいなくなったら、弟のユウトくんはどうなるだろうね』

 思い浮かぶユウトの姿が、ユウヤを奮い立たせる。こんなところで死ぬわけにはいかない。ユウトは無事だろうか。ユウトのところに、帰らないと!

「――っ! こ、このままじゃ……」

 シールドは今にも砕けそうにひび割れ、テリシアの声は苦しげだ。

「……まだ、まだ……!」

 ユウヤは力を込めた。

 ――テリシアを、守るんだ。

 砕けそうなシールドを覆うように、二重三重のシールドが展開し、電撃を防ぐ。

 ――けど、このままじゃ……。

 これまでに使ったことのない高度な防御魔法に、ユウヤの視界は点滅する。


 ☆


 ユウトは月の光の下、走り続ける。

 ――ユウヤは、どこにいるのだろう。

 祈るように目を閉じて、メガネを外す。……開いた視界の奥に光が見えた。

「ユウヤ……?」

 闇の奥。建物や、地形をすり抜けて……西の方角。その輝きを、ユウトの目が捉えている。魔法だ。――ユウトは、直感する。

 事件の犯人――ポルックスは、魔法の痕跡を隠すことができた。だが、ユウトの目は、それを捉えることができるのだ。

 その光を目指して、ユウトは走った。

 もう、分かっている。どんな暗闇でも進める理由。脚を止めずに、走り続けられるのは――先にいつも、その光が待っているからだ。


 ☆


「……ユ、ユウヤ、くん、……ッ! もう、無理だよ……っ!」

「く……っ!」

 こちらがどれだけ防御を重ねても、ポルックスはたやすく雷撃の手数と威力を増す。攻撃に転じる暇なんて、全くなかった。

「……あ、諦めない……っ!」

 そう呟いた時、ユウヤはシールドの向こうに閃く光を見た。

「――⁉」

 ポルックスは驚いたように顔を横に向け、飛びのく。

 だが、空から高速で落下してきた影の方が、一瞬速かった。その剣先が、ポルックスの胸を切り裂く。

「ユウト……!」

 ポルックスから距離を取り、こちらに向かってくるその姿に、ユウヤは安堵の声を漏らす。

「ユウヤ、大丈夫か?」

「うん、――け、怪我してるの?!」

「だ、だだ、大丈夫⁉」

 血まみれの服に気がついたユウヤとテリシアの血の気が引く。ユウトは安心させるように首を振った。

「もう大丈夫だ。カオルさんに治してもらった。それより、まだ終わってない、避けられた」

「……!」

 その声に見やると、ポルックスは胸から薄く血を流してはいたが、その傷は浅かった。忌々しげに、睨みつけてくる瞳と目が合う。

「……ねぇ、ポルックス! やめよう、こんなこと!」

 ユウヤは叫んだ。

「おれたちは戦おうとしてるわけじゃない……! ポルックス、どうしてこんな事件を起こしたの⁉ それを教えてよ!」

「……それを知ってどうするつもり?」

 ポルックスは再び魔法陣を展開する。

「ボクはただ、カストルに――」

 その声が、不意に揺れ、それを押し切るように叫んだ。

「帰ってきてほしいだけだよっ!」

「わわ――ッ来るよ!」

 テリシアは一声叫んで、杖を掲げる。三人で再びシールドを展開させるが、ポルックスの攻撃の威力は激しさを増す。

 持って十秒だろうと、ユウトは必死に頭を回転させる。

 永遠のように長い数秒間、走馬灯のように記憶が巡り――なぜか不意に、ひとつの旋律が響いてくる。

 ――きっとできる、今なら。

「……ユウヤ」

「うん」

 二人は頷きあう。

「テリシア、俺たちに十秒くれるか?」

「――え⁉ わ、分かった――やってみる!」

 テリシアは眉を寄せて、杖を握る手に力を籠める。

 ユウヤとユウトが手を下ろして後ろに下がると、その瞬間弱まったシールドが途端に悲鳴を上げた。

「う――わわ、わ!」

 と唸るテリシアの背後で、二人は頷きあった。

「いけるか? ユウヤ」

「うん、いけるよ、――おれを信じて、ユウト!」

 これまでに一度も、成功させたことはない魔法のはずなのに――当然のように通じ合い、ずっと昔から知っていたように体が動く。

 目を閉じた二人の足元から風が巻き起こった。

 シールドがぴしぴしと砕け始めた時……。

 二人の頭上に、二つの大きな光が浮かび上がった。それは向かい合う二つの三日月のように、煌々と輝く。

 線対象に欠けた光が、やがて重なって溶け合い――巨大な光の環が空に浮かんだ。

 ――この世界は不思議だ、とユウトは思う。心同士、触れるみたいに、想いが叶い、願いが届く。二人は視線を交わす。微笑みがよぎる。

 その瞬間、粉々になったシールドを貫いて、雷撃が迫った。

『――月環リング

 声が重なる。

 環から降り注いで三人を覆った光は、間一髪……鏡のように雷撃を反射した。

「――⁉」

 突如向きを変えた電撃はポルックスは直撃し、周囲に轟音を放った。爆風が弾けるが、光の中にいるユウトたちには全く影響がない。

「す、すごい……」

 テリシアはあっけにとられた顔で呟いた。

「二人とも、いつの間に⁉」

 振り返ったテリシアの後ろで、ユウヤは自分の頭上を見上げていた。

 やわらかいカーテンのような月光が降り注ぎ、夜を照らしている。

「いや……成功したのは初めてなんだ……なんか変な感じ、ねぇ、ユウト……?」

「ああ……」

 と頷いてから、やっぱりそうだった、とユウトは苦笑する。この魔法の完成を妨げていたのは――自分の方だった。『半分』を委ねきれず、無意識に自分がやるべき以上のことをして、力の釣り合いを崩していたのだ。……ポルックスの言う通りだった。ユウトの瞳が翳る。

「……ユウト?」

 そして砂埃の中から、ふらりとポルックスが立ち上がった。

「……不思議な、力だな……」

 その声に、ユウヤはハッと視線を戻す。

「ポルックス、もうやめよう!」

 ユウヤは再び必死に叫んだ。月の環が光り輝き、徐々に消えていく。

 ぼんやりと光を眺めるポルックスの胸中に、よぎる思いがあった。

 ――なぜ、壊さなければならないのだろう。なぜ……一体ボクは、なんのために殺そうとしているんだろう?

 ……《自由に、壊せばいい》……? これは、誰の言葉だ?

 その時。

「そいつらの言うとおりだ、もうその辺にしといたらどうだ?」

 ふわり、と両者の間に人影が下りてきた。

 一同は揃って息を呑む。

 ユウヤたちは言葉を失った。

 張り詰めた沈黙を破って、最初に呼んだのは、ポルックスだった。

「……――お兄ちゃん?」

 それはどこか歪んだ声で、心細く風に吹かれていく。

 ポルックスにそっくりの姿。輝くエメラルドグリーンの瞳が、彼を見据えた。

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