第11話

 悪夢を振り払うように、ユウトは目を覚ました。痺れた身体が、血で濡れている。メガネをなくしたせいで、視界は様々な光が眩しく点滅して、目を開けていられない。 

 なんとか身を起こし、吐き気がするほど痛む腹部を押さえた。

「……ユウヤ」

 呟き、手探りで剣を拾い上げる。

 かつて犯した過ちが、ぐるぐると頭の中を巡る。ポルックスの姿が残像のように……かつての自分に重なった。

 ――だが、ユウヤはそんな自分を許してくれた。

 もう一度やり直すことを、許してくれたから、今、共にいる。

 それなのに、今も自分は、変わっていないのだろうか?

 そうかもしれない、とユウトは思う。自分が自分である以上、どうしたって変えられないものがある。

 それでも……共にいるために、変わり続けたかった。

 ユウトは息を吐き、一歩ずつ、闇の先へと踏み出す。

『……ずっと一緒にいてくれる?』

 その時、瞼の裏に光を感じた。

 ゆっくりと、再び目を開ける。雲の隙間から、やわらかい月光が差し、闇を照らしていた。


  ☆


雲が晴れて、欠けた月が冴えるような輝きを砂の街に注いでいた。

「困ったなー、地図はこれであってるはずなのに」

 ユウヤは一人、夜道に立ち止まって地図を前に首を傾げる。

 ポルックスに言われた通りの場所に来たはずが、そこにはルティスの姿は見当たらないし、ルティスと共に張り込む予定だった家もない。

 ユウヤはもうかなりの時間、そうして辺りを行ったり来たりしていた。

「変だなぁ、おかしいな……」

 ユウヤは顔を上げた。そこは街のはずれで、開けた空き地になっていた。風が吹き抜けて、砂が舞い上がる。

 そこでふとユウヤは気がついた。

「あれ? ここって、遺跡のところだ……」

 空き地の奥、闇に紛れて古い建物の残骸が亡霊のように佇んでいる。

「おかしいなぁ、道を間違えたかな……」

 地図をしまい、引き返そうと身をひるがえした時。

 ユウヤはほとんど無意識に飛びのいた。ビリっと、雷撃が頬をかすめる。

 咄嗟に腕を交差させて防御晶(シールド)を張った。連鎖する衝撃波に、歯を食いしばりながら、ユウヤは顔を上げる。

 ……そこには、ユウヤの方に手のひらを向けながら立っている、ポルックスがいた。


  ☆


 月の光に導かれるように、ユウトは進んでいた。月が出たおかげで探し出せたメガネが、再び視界を光の濁流から守っている。

 ユウヤが……危ない。

 走り出そうとするのに、冷えていく身体が言うことを聞かなかった。

「クソ……」

 ユウトは剣をつきたて、傷口を押さえる。

「――ッ……」

 その時、二つの足音が聞こえてきた。

「――ユウトくんっ⁉」

 緊迫したその声音が耳に届き、顔を上げる。

「どうしたの⁉ 大丈夫っ⁉」

 現れたカオルとシズクの姿に、ユウトは安堵の息をついた。

「……ッ……、ああ、大丈夫だ、それよりユウヤが危ない」

「ちょっと待って、すぐに治すから!」

 カオルはユウトの服をまくりあげて、そっと傷口に触れる。淡い光が傷口を包み、傷が塞がっていく。

「……事件の犯人は、ポルックスだったんだな」

 ユウトの言葉に、シズクは頷く。

「そうだね。兄を狙った殺人事件を繰り返したのは、カストルじゃない。ポルックス自身だ」

「じゃあ、これはポルックスに……?」

 ユウトは唇の端を噛んだ。

「ああ……ペンダントを壊されたから、ルティスも呼べてない……」

 ユウトは苦し気に咳き込みながら続ける。

「それより、あいつはユウヤを殺すつもりだ……!」

「でも、ユウヤくんは、ルティスといるんじゃないの?」

 カオルの言葉に、ユウトは俯く。

「予定なら、ルティスと一緒にいるはずだ、けど……」

 声に微かに悔しさをにじませて続ける。思い出すのは、ユウヤに地図を渡していたポルックスの姿だった。

「もしかしたらポルックスはユウヤに、本来の約束と違う場所を教えたのかもしれない。そうだとすれば、ユウヤは今一人だ……俺たちにはどこにいるかもわからない」

「そんな……それなら、探さなきゃ!」

「ああ……」

「……待ってユウトくん、まだ動かないで!」

 カオルが集中すると、みるみる傷が癒えていく。しばらくすると、その傷はすっかり塞がった。ユウトは汗を拭い、息をつく。

「……ありがとう、助かった……」

「傷は治したけど、ずいぶん血が流れてる……無理しないで、ユウトくん」

「ああ」

 ユウトはすぐに立ち上がった。

「カオルさんたちもユウヤを探してくれ」

 そう言うと返事も待たずに駆け出し、ユウトは闇の中へ飛び込んでいく。

 残された二人は顔を見合わせ、頷きあった。


  ☆


 次々と迫る攻撃を防御魔法で防ぎながら、ユウヤは状況を理解できない。

「ポルックス……⁉」

 なんとかそう呼んだところで、一旦、攻撃が止む。ユウヤは身構えたまま、何を言えばいいのか、言葉を彷徨わせた。

「……ボクのこと、信じてた?」

 先に沈黙を破ったのは、ポルックスだった。微かに嘲るような声に、ユウヤは静かに頷いた。

「……信じてるよ。今だって」

「これでも?」

 轟くような雷撃がユウヤを襲う。シールドを砕いて貫通し、それはユウヤの全身を直撃した。

「――うぁあ――ッ!」

 呻くような悲鳴をあげて、ユウヤは膝から崩れ落ちる。

 全身が痺れ、麻痺したように動けない。

「……ッ…………」

「ねぇ、キミがいなくなったら、弟のユウトくんはどうなるだろうね」

 ユウヤは顔を上げた。痺れた喉から、声を絞り出す。

「……ポルックス、きみは……お兄さんに会いたかった、そうでしょ……」

「そうだよ」

 ポルックスは無表情に頷いた。ユウヤは、へへ……と笑う。

「なら、おれが、信じたとおりだ……」

「ずいぶん余裕みたいだね? 助けが来るとでも思ってるの?」

 魔法が使われれば、ルティスはすぐに気づいて駆けつけてくれる。そのはずだった。そんな考えをあざ笑うように、ポルックスは冷たく続ける。

「ルティスは来ないよ。忘れたの? 消せるのは魔力の痕跡だけじゃない……魔力、魔法そのものを、覆い隠すことだってできるんだ」

 それなら、ルティスは気づけない。ルティスに合流できなかったのも……ポルックスがわざと別の場所を教えたからなのだと気づいて、ユウヤは苦笑した。

「ねぇ……ポルックス……きみは、カストルに、会いたかったんでしょう」

 繰り返すユウヤに、ポルックスは応えない。右腕に雷撃をまとわせ、ユウヤに一歩ずつ近づく。

「それなら、どうしておれを殺すの?」

「キミたちはボクたちと同じだから」

「どういう、こと?」

 ポルックスの瞳に、暗い星が光っている。

「……苛々するんだよ。同じなのに。なんでキミたちは一緒にいる? なんで共に生きていける? ……そんなの、許せない。ほら、これがボクの本心なんだよ! 世界なんて、誰かを救うなんて……どうでもいい!」

 それから急に、押し殺すような声になった。

「……だから、証明するんだ。カストルが、ボクには必要なんだって」

「証明……?」

「そうだよ……」

 どこか虚ろな目のポルックスに、ユウヤはでも……と言葉を返す。

「きみの望みは……殺すことじゃない……おれを殺すことも……それは、ポルックスの望みじゃない、でしょ……?」

「……二人そろって、分かったような口聞くね」

 ユウヤは少し悲しそうに微笑んだ。

「べつに、分かってなんかないよ。だから知りたかったんだ……」

「キミは、なんでそう、知りたがるのかな」

「……だって、仲間でしょ? まだ、出会ったばかりだけど……でも」

 ポルックスはユウヤの前に立った。

「きみを信じてる。だから……」

 その瞳をまっすぐに見つめ、ユウヤは告げる。

「ねぇ、だから、続きを聞かせてよ」

「……続き?」

 少し困惑したように、ポルックスは呟いた。

「続きなんか、ない……」

 そして、腕ををかざした。電撃がバチバチと指先で弾ける。

 ――ほら、ボクのところへ帰ってきてよ。

 じゃないとまた、殺しちゃうよ?

 ねぇ、お兄ちゃん。


  ☆


 フィオレナは月が照らす夜道で立ち尽くしていた。

「……貴方は……」

 輝くようなエメラルドグリーンの瞳が見下ろしている。

 ひらりと屋根から飛び降りて、フィオレナの目の前に降りてくる。

「――ちょっとだけ、協力してくれないかな」

 そしてフィオレナは、息を呑んだ。

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