第10話

 ユウトはじっとポルックスを見据える。

 今目の前にいるのは……そうなり得たかもしれない自分の姿だ、と。

 じゃり、と石畳を覆う砂を踏む音が響く。

「……ねぇ、ユウトくんは、ユウヤくんがずいぶん大事みたいだね」

 出し抜けに、ポルックスはそう言った。

 周囲には誰の姿もない。闇に閉ざされた空の下で、道の脇の魔光灯が点滅する。ユウトは、ここがどこだか分からない事に気づく。少なくとも、張り込みを予定していた場所ではない。ポルックスは、別の道を歩いて来ていたのだ。

 ユウトは答えず、黙ってポルックスに対峙する。

「でも、キミはさぁ……ユウヤくんを信じていないよね」

 その言葉に、ユウトは鋭く心臓を刺されたような心地がした。

「……どういう意味だ」

「どうって、言葉通りの意味だよ」

 ユウトは沈黙ののちに息を吸い込み、意を決したように口を開いた。

「おまえなんだろう、事件の犯人は」

 ポルックスは肩をすくめた。

「……カストルが……、ボクのお兄ちゃんがこんな事、するわけないじゃん」

 視線を落とし、かすれた声で続けた。

「お兄ちゃんはボクなんかとは違うんだから」

 ユウトは警戒を強めながら、剣の柄に手をかける。

「ならどうして、カストルかもしれない、なんて言ったんだ……自分とよく似た双子の兄に、罪を擦り付けようとしたのか?」

 ポルックスはユウトの言葉に、ふっと掠れた笑みを零す。

「違うよ。ボクは……ただ、見つけ出したかったんだ」

「……? どういうことだ」

「キミたちに、カストルを探し出してほしかったんだよ」

 そのために、彼が殺人犯であると、嘘を吐いたのか、とユウトは苦い顔をする。

「でももう、時間切れだ。キミたちと一緒に居て……よくわかったよ」

 光のない瞳が、ユウトを見下ろした。

「キミたちは、ボクらとおんなじだ」

 ユウトは静かに首を振った。

「……違う」

「違う? どう違うっていうのかな。まるで鏡に映したみたいに、ソックリだよ」

「俺たちは、」

 一瞬、言葉が詰まる。

「俺たちは……」

 そこから先の言葉が、もつれて出てこない。

 ――同じ?

 ――オレは、ユウヤを、……信じていない?

 剣を抜こうとした手のひらが汗に滑った瞬間、ポルックスは雷撃を放った。ユウトはなんとかそれを躱し、剣を抜いて構える。

 びりびりと空気が震える。

 ――電気魔法だ、とユウトは直感する。だとすれば、剣で応じられるのか?

 ルティスを呼ばなければならない。

 咄嗟に探って、しまっておいたはずのペンダントがないことに気づく。

「これがあれば、ルティスを呼べるんだよね」

 と呟いたポルックスが、その手の内側で粉々にペンダントを破壊した。

「――っ」

「今ルティスに来られるのは困るな」

 ユウトはポルックスから目を離さず、慎重に問いかける。

「お前の……目的はなんだ?」

「目的?」

 ポルックスはふっと笑った。

「キミには分かってると思ってた。ボクと同じ、キミにはね」

「……違うと言ったはずだ」

 ユウトは地面を蹴った。剣に炎が宿り、闇を赤々と切り裂きながらポルックスに切りかかる。

「――同じだよ。同じだから、キミは気づいたんだろう」

「……」

 ポルックスはユウトの連撃を軽々とかわす。ユウトは一旦ひくと、剣を地面に突き立てた。

 そこから衝撃波が伝わり、ポルックスの足場を崩す――よりも先に、ポルックスは指先から放電した。

「――ッ」

 それはほぼ放たれると同時にユウトに直撃する。一瞬目の前が真っ白になり、体中が痺れ、気づけば手から剣が滑り落ちる。

 ――避けようが、ない。

「キミもユウヤくんを失う。ボクと同じさ。置き去りにされるんだ」

 ……そうだ。

 ――俺も同じだった。だから、かつて……。

 ユウヤはふっと口の端で笑い、剣を掴んでよろめきながら立ち上がった。

 ポルックスがそれを、表情のない顔で見ている。

「……そう、かもしれないな」

 痺れた全身に力を入れ、剣を握りなおす。

「確かに俺も……昔、そうだった」

 ぴくり、とポルックスが眉を上げる。

「今はもう違うって?」

「……そのつもりだ」

「それなら、何も変わってないね」

 ポルックスが再び指を向けた。その動作を見逃さない。ユウトは咄嗟に剣をかざし、魔法で防御晶を張った。

 電撃がそこに吸い込まれ、一撃でシールドは砕ける。

 そこに生まれた隙を逃さず、ユウトは空に飛びあがって空中から切りかかった。ポルックスは一瞬遅れて顔を上げ、目を見開く。

「――ッ」

 電撃を纏う腕が、剣を受け止めた。周辺に衝撃波が広がり、魔光灯の灯りが弾けたような音を立てて消し飛んだ。――切れない。ユウトはその瞬間に察する。だが、力を抜かず、全体重をかける。

「失うってのは、違うんじゃないか」

「……何が言いたいの」

 ポルックスから聞いた話が、ユウトの脳裏をよぎる。自分の元を、離れていったという兄。だが……それは「失う」ということなのか?

「兄弟は、ただほんのすこしだけ、同じものを持っているというだけだ」

 ――同じ血が流れ、同じひとときを過ごして。

 もう少しで、剣が折れる。そうユウトは感じるが、力を緩めない。

「ただそれだけの……一人の人間なんだ。自分の意思で、生きているんだ、だから……誰のものでも、ない!」

「うるさい……なッ!」

 電撃が爆発し、剣が薙ぎ払われ……その爆風で、ユウトのメガネが弾き飛ばされる。

「――ッ!」

 視界が一気に光に溢れ、一瞬で何も見えなくなる。空中でバランスを崩したユウトの脇腹を、一条の雷撃が深々と焼き貫いた。

 剣と共に地面に落下し、腹を抱えてうずくまると、すぐに両手は血で濡れる。全身が痺れ、感覚が消えていた。

 薄れゆく意識の中で、ユウトは確かに、同じだ、と苦笑した。

 ――かつて、そんなことも分からなかった馬鹿な俺が、確かに一度、ユウヤを『失った』んだから。

 ポルックスの悲痛な声が降る。

「せいぜい後悔したらいいよ。弟のキミが弱いせいで、大事なお兄ちゃんが殺されることをね」


 ☆


 ――幼い、ユウヤが泣いている。

 手を伸ばしかけて、泣きじゃくるユウヤが、その手を拒絶していることに、気づく。

 途方に暮れて、立ちすくみ、そして。

『さいしょから……ユウトには、ぼくなんかいないほうがよかったんだよっ!』

 その声が世界を打ち砕く。

『ぜんぶ、ぜんぶ――ぼくのせいだ!』

 ……ちがう、と言いたいのに、声が届かない。

 ――ちがう、俺は、お前がいたから――。

『ぼくが、いなければ、ユウトはもっと幸せになれたんだっ!』

 ――そうじゃない、違う!

 手を伸ばすのに、どんどん遠のいて。

 そうして失ったとき、一人暗闇に立ち尽くして、ただ思った。

 証明しなければならない。

 俺にはお前が、必要なんだ、と――。


  ☆


 その頃……。

「あれー⁉ ここどこ⁉」

 テリシアは地図をくるくる回しながら、道のど真ん中で途方に暮れていた。

「は、早くいかなきゃなのにー‼」 

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