第7話

 再び、夜が明けて――四ノ月の二十五日がやってきた。このまま犯人を捕まえることができなければ、今夜、四件目の事件が起こるかもしれない。

 朝の食堂で、カオルの声が響き渡る。

「えー、それで、――カストルに会ったの⁉」

「えと、そうなんです……」

「どうして二人だけでそんな危ないことしたの!」

 と、カオルは腰に手を当てて二人に詰め寄っていた。

「ごめんなさい!」

 とユウヤは顔の前で両手を合わせる。ユウトは頭をかいていた。テリシアも机に身を乗り出す。

「そうだよ! 二人だけで勝手に行くなんて、危ないよ!」

「えーと……でも、ルティスが来てくれたし」

「それが、もし遅くなったらどうするつもりだったんですか?」

 と、フィオレナの語調も珍しく鋭い。

「うう……ごもっともなご指摘……」

「次からは、二人で勝手に行動しちゃだめだからねっ!」

「……分かりました!」

「ああ……悪かった」

 とユウトも素直に頷いた。実際、ユウヤがついてきたことで、結果的に危険にさらしてしまったことは後悔していた。カストルと戦うことにならなかったのは、運が良かっただけだ。一夜明けて、少し焦りすぎたと反省していたところだった。

 普段、こんな時に頃合いを見計らってなだめるシズクはというと、上の空のままパンにバターを塗っている。

 カオルは「はあ……」と肩から力を抜いた。

「……いい? お姉さんと約束だからね!」

「わたしとも約束!」

「私ともですよ」

 と、三人に詰め寄られたユウヤとユウトは「はい」とそろって俯いて、苦笑を交わすのだった。


 ☆


 事件の犯人は、ポルックスなのか、カストルなのか?

 その意見は、六人の中でも割れることになった。

「やっぱり、おれはカストルが犯人なんじゃないかなって思うかなあ」

「うーん、どうして?」

 朝食を終えた後も、六人は机を囲んで話し合いを続ける。カオルに理由を問われて、ユウヤは頭を悩ませた。

「そりゃ、おれはポルックスを信じたいし……。それにさ、もしポルックスが犯人なら、あんな顔、するかなぁ……。最初に、カストルが犯人かもしれない、って言ったときだよ」

「ああ……」

 ユウトも思い返す。視線を落とし、痛みを堪えるような声で話していたポルックスの姿が思い浮かんだ。

「ユウトはどう思う?」

「……まだ分からないが……俺はポルックスなんじゃないかと思う」

「それはどうして?」

「いや、特に理由はない。ただの直感だ」

「へぇ……珍しいね、ユウトくんが直感なんて」

「……かもな。正直、気に入らない……が、今のこの状況じゃ、どちらもあり得るだろう」

 腕組みをしながら話を聞いていたテリシアが、尻尾を揺らしながらうなる。

「んー、だめだ、全然わかんないよ!」

 それから、そうだ! と机に手をついた。

「ポルックスに直接、聞いちゃうのはどうかな? 犯人は、おまえかー! って」

「いや……もし仮にそうだったとしても、それで肯定するとは思えないな。だったらまだ、カストルを犯人と想定して、探ったほうがいいんじゃないか?」

「うーん、そ、それもそうだよね」

 ユウトの意見に、そろそろと上げた腰を下ろすテリシア。

「それと……、可能性はもう一つあるんじゃないかな?」

 カオルはそんな風に人差し指を立てる。

「もう一つ?」

「そう。二人とも、犯人かもしれない。共犯かもしれないんじゃない?」

「た、確かに……!」

「それもありうるな……」

 うーん、と一同はあらゆる可能性を頭に巡らせる。が、やはりその中のどれも、真実と呼ぶには決定打がない。結局のところ、現時点での確実な手がかりは、現場に残された魔力の残滓だけなのだ。

「困ったなあ。なんだかこんがらがってきちゃった」

「……んー……」

「シズクさんは……」

 どう思う、と聞こうとしたユウヤの声は、苦笑と共に止まる。

「ダメだ。完全に聞いてない」

 シズクは何やら真剣に考え込んでいて、周囲の会話も耳に入っていない様子だった。

「あはは……シズクさんは一回こうなっちゃうと答えが出るまで戻ってこないからね……」

「そうなんだよねぇ」

 なんにせよ、とユウトは背もたれに寄りかった。

「どっちにしても時間がないな」

「そうですね……」

 一同の間を漂う空気が重たくなる。しばらく沈黙が続いた後、ユウヤはぽつりとつぶやいた。

「やっぱり、ポルックスとカストルを会わせるしかないんじゃないかな」

「……確かに!」

 とカオルはうなずく。

「お互いがお互いを犯人だって言ってる二人を引き合わせれば……」

「なんか……なにか起こるかも!」

 とテリシアも前のめりに言う。その横で、じっとユウヤは真剣な顔つきをしていた。

「……それにさ、やっぱりおれ……」

 ユウヤは机の上に置いた手のひらにじっと視線を落としながら続ける。

「ポルックスは、本気でカストルを探してるんだと思う、なんていうか、見つけ出したい、会いたいって……ポルックスは心から、そう感じてるような気がするんだ、これも、なんとなくだけど」

 ユウヤはそう呟いて、窓の外へと目を向ける。


  ☆


 フィオレナは深く考え込んでいた。

 ――ユウヤたちは、カストルに会った。

 そして、彼は言ったという。犯人は、ポルックスだ、と……。

この事件の犯人はカストルなのだろうか? それとも……ポルックス? あるいは、カオルの言った通り、二人の共犯?

 シズクから聞いた言葉が脳裏を過る。「嘘に付き合ってあげて」。それは一体、誰の、どんな嘘のことだったのだろう?

「これでは、まるで……」

 そう呟きかけたフィオレナの元へ、宿屋から出てきたテリシアが走って来た。

「フィオレナ~、お待たせ‼」

 部屋に置き忘れた杖を取りに戻っていたテリシアが、やってきたところだった。顔を上げるとテリシアの方へ歩み寄る。

「それじゃでは、行きましょうか。……時間まで、カストルさんを探しましょう」

「うん!」

 二人は足早に宿屋を離れ、街へ飛び出していった。


  ☆


 数日続いた晴れに雲がかかり、空は薄っすらと曇っていた。

 曇天の砂の街を、二人は歩いていく。

『なにかあったら、すぐルティスを呼ぶんだよ!』

 とカオルが繰り返した声が、ユウヤの耳に残っている。

 ユウヤ達は、今日もポルックスと合流することになっていた。残された時間は少ないのもあって、これまでと同じように手分けすることになったのだ。

「昨日カストルに会ったことを、話さないほうがいいのかな?」

 とユウヤたちは相談しながら歩く。

「微妙なところだな。仮に話すとしても、どこまで話すか……」

「でも、ポルックスはカストルに会いたがってたし、教えてあげたいな……」

 気持ちは分かるが……と、ユウトは思案する。

「あらゆるパターンを想定するなら、カストルが言ったことは話さないほうがいいだろうな」

 もしもこの事件がポルックスの単独犯だった場合、ポルックスに疑いを持つ自分たちに対して、どんな動きを見せるか分からない――、というのがユウトの意見だった。

 ユウヤもそれに同意する。

「そうだね……だったら、カストルのことは話さないで、様子をうかがったほうがいいのかもしれない……」

 二人はとりあえず、カストルのことは伏せておくことに決めた。


  ☆


 ポルックスは待ち合わせ場所の広場で、曇天を見上げていた。

 群青の瞳に、曇天が映り込む。

「……今日だよ、カストル」

 と呟いたポルックスは、走り寄ってくる二人の方へ顔を向ける。

「……待たせちゃったかな! おはよう、ポルックス」

「おはよう、ユウヤくん、ユウトくん」

 ポルックスは二人にニコリと微笑みかける。ユウヤも微笑み返した。

「結局……二十五日になっちゃったね、ポルックス」

「うん、そうだね……」

「今日もカストルを探す?」

 と伺うユウヤに、ポルックスは「そうだね……」と頷いた。

「それと、行ってみたい場所があるんだよね」

「行ってみたい場所?」

 ポルックスは体の向きを変えて、道の先へ踏み出す。

「来てくれるかな?」

「うん、行くよ!」

 こっちだよ、と歩き始めるポルックスを目で追ってから、二人は顔を見合わせると歩き出した。


  ☆


 シズクは考え続けていた。

 この事件の犯人が誰なのか……それはシズクには最初から予想がついていたし、今はもう確信している。自身の記憶から必然的に導き出される答えは、一つしかない。

 けれど、シズクには、犯人がこの事件を起こした、《目的》が分からなかった。

 ――この事件は、ただの殺人事件ではない。

 だから記憶を探り続ける。ここ数日で目を通した、数百件近い事件や事故の記録。一見無関係のそれらを徹底的に、見比べ、重ね合わせ、遠い点と点の間に何度も線を引いては消して、消しては引いてを繰り返す。これまでの四カ月、旅する中で見聞きした全て。道端で聞いた噂話、仲間と交わした会話……。その場では意識していなかったようなことも、《思い出す》事でシズクは情報を拾い上げる。

「混血の魔族……カストル……」

 とシズクは呟く。

 ――そんな彼の横で、カオルたちは地図を覗き込んでいた。まおー軍の支部、三階の六号室には、緊張感が張り詰めている。

「今日も、事件が起こるかもしれない」

 ルティスはそう言って、地図を示した。

「街中の兄弟がいる家……そこに、犯人は現れる可能性がある。今夜、キミたちも手分けして張り込んでほしい」

「そうだよねっ、これ以上、事件を起こさせるわけにはいかないもん!」

 テリシアは張りきってそう声を上げる。

 とはいえ、街中に兄弟がいる家は数えきれないほどあり、すべてに手を回すことはできない。

 これまでの三件の事件が起こった家や地理関係をふまえて、より危険度の高いと思われる場所を優先し、自警団も総動員して張り込むことになっていた。自警団の方の動きは、トカゲ族のモリが中心となっているようだ。

「……ねぇ、ルティスさん」

 と見上げるテリシアを、ルティスのいつも眠たげな瞳が見下ろす。

「何?」

「ルティスさんもあれ、聞いたんでしょ? ねぇ、この事件の犯人って、どっちなのかな」

「さあね」

 とルティスは首を傾げた。

「どっちでも同じ。あたしたちは今夜、犯人を捕まえる。もう人殺しは起こさせない。それだけ。……けど」

 とルティスは、その感情の読み取れない瞳でテリシアを見つめる。

「それが誰であれ、罪を犯した本人にそれを認めさせなきゃいけない」

「本人に、ですか……」

 フィオレナは繰り返した。

「そう。だから、キミたちの力が必要」

「え? わたしたちの?」

 きょとん、とテリシアが眉を上げる。

 ルティスは身をひるがえした。

「今日、あたしはユウヤくんたちのそばにいる。大丈夫、きみたちが今夜、何かを失うことはないから」

 カオルたちが何かを返す暇もなく、そう告げてルティスは部屋を出ていった。

 閉まった扉を、シズクはじっと見つめている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る