第4話
ユウヤたちが事件の調査を始めて、二日目――。
前日に資料の調査を一通り終えたカオルとシズクは、今日は街へ出て、魔族に関する情報を集めることにしていた。
「ツワネールの住民は大半が人族か獣族だけど、西地区には魔族も住んでいる……って話だったよね?」
「そうだね」
宿屋や支部がある町の中心部から西……砂漠側に向かって二人は歩いていた。ふと道端で、カオルは辺りを見回す。
「そういえばこの辺りが、二件目の被害者が住んでいた場所だっけ。確か、獣族のヤモさん……」
「うん」
シズクは頷く。獣族のヤモ……彼は自警団員だった。連続殺人事件の発端となった事件……ルークが殺された事件を調べて夜の街を歩いていた時、たまたま一人になったタイミングに、何者かの手で殺されたのだ。
「……その弟さんも、お兄さんと同じで自警団なんだよね?」
「そうだね。……それが忙しくて、こっちの調査には協力できないって」
「なんだか最近、事件や事故が多いみたいだしね」
カオルの言葉に、シズクも黙ってうなずく。
街の西側に行くにつれて建物は徐々に小さく、街並みもせせこましくなってくる。すれ違う人々の中に、徐々に魔族が混じり始めた。どことなくよそよそしい視線が、カオルたちをちらりと見ていく。
「この辺り……治安もあまりよくないみたいだし、はぐれないようにね」
「う、うん。ていうかシズクこそ、勝手にどっかいかないでよね?」
「行かないよ……」
と答えるシズクに、カオルは心持ち身を寄せた。
そうしてだんだん狭くなっていく通りを何度か曲がって行くと、やや開けた通りに出た。街の中心部の大通りに比べれば小さなものだが、両脇には店が並び、何かを焼くような匂いが漂ってくる。
「ここが西地区の中心だね! よし、この辺りで聞き込みをしよっか」
と意気込むカオルの隣で、シズクは視線を上げていた。
青く晴れた空を、一羽の鴉がぐるぐると空を飛んでいる。そして、その下……周囲より少しだけ高い、三階建ての建物の屋根に、金色の髪をなびかせて立っている姿があった。
「……ルティス?」
そんなシズクの呟きが聞こえたはずもない距離だったが、振り向いた目線が交わった。
☆
その日もユウヤとユウトはポルックスと合流して、再びマックスの酒場へ向かっていた。その道中、事件の夜に魔族を見かけた人がいないかを尋ねて歩いて来たので、酒場の近くへ来る頃には太陽が空高く昇っていた。
「一昨日の夜……だったかは忘れちまったが、そういえば、ちょっと気になる奴とすれ違ったっけな。黒づくめで、フードを被っていた。頭を隠すってことは、角か何かがある魔族かもしれないと思ったよ」
「ふむふむ……」
と、ユウヤは若い男の話を聞きながらメモを取る。
「まぁ、この辺りは特に、魔族嫌いが多いからな。そういうのも珍しくはないんで、特に気にはしなかったが……」
「身長がどのくらいだったかは分かるか?」
ユウトの質問に、男は首をひねった。
「ああどうだったかな……高い方だったんじゃないか、確か。お前さんたちより一回り大きいくらいか、……いや、どうだったかな……」
しばらく悩んだのちに、男は諦めたように息を吐いた。
「案外憶えてないもんだな……悪いな」
「いや、ありがとう。少なくとも、気になるほど低すぎたり高すぎたりすることはない、ってことだろうからね」
とポルックスの言葉に続いて、ユウヤも「そうですよ! ありがとうございます!」とお辞儀する。
「にしても最近、妙に物騒だよなぁ……」
とぼやきながら去っていく男を見送って、三人は一旦道の脇に立ち止まった。
「今の話も、結構気になるよね」
ユウヤはこれまでのメモを見返しながら言う。
事件の日の夜に、この辺りで魔族を見かけた、という証言は、数人から得られた。……というよりも、既に南地区全体で、そのような噂が広がってしまっているようだった。事件の日の夜、この街には見慣れぬ魔族が出入りしていて、連続殺人事件もその魔族の仕業だ……という話が、人々の間にささやかれていた。
「……他の人から聞いた話の内容とは、少し違っているけどね。というか、話のほとんどは、内容がバラバラだ」
ポルックスはユウヤのメモを覗き込みながら腕を組む。
ユウヤたちの聞き込みに魔族を見たと答えた人は五人いたが、内容はほとんど一致していない。角があった、と言う人もいれば、羽が生えていた、と言う人もいた。背の高さや髪型、服装の証言もバラバラで、彼らが見たのが同一人物だったのかどうかは、かなり微妙なところだ。
「この街は魔族嫌いが多いらしい……そんな中でこの事件だからな。偏見からくる勘違いや疑いの心があるのかもしれない」
「そうだよね、ただ……角の生えている魔族を見た、って人は、昨日のおじさんも合わせて二人いたよね。これはどうかな?」
メモを見ながら言うユウヤの横で、ユウトも先ほどまでの証言を思い返す。確かにその「角の魔族」についての二件の証言は、おおむね似通っていた。ポルックスも頷く。
「角を見間違える、ってことはそうそうないだろうしね。少なくとも、あの日の夜ここに来ていた魔族がいたって事は確かなのかもしれない」
「だとしたら、やっぱり、その人が怪しいのかな」
「かもしれない。……みんなの聞き込みの内容も、あとで聞いてみよう。もし他の事件現場の近くでも似たような目撃情報があれば……犯人に近づけそうだ」
ポルックスはそう言うと組んでいた腕をほどいて、「さて」と踏み出した。
「そろそろ、マックスさんの酒場まで行こうか。もうすぐだからね」
「そうだね!」
しばし足を止めていた三人は、再び酒場を目指して歩き出した。
☆
西地区でルティスと合流したカオルとシズクは、街の人々に聞き込みを行っていた。とはいえ、シズクは聞き込みをほとんど二人に任せて、街を歩きながらずっと考え込んでいるのだった。
今回の連続殺人事件だけでなく、ツワネールでこれまでに起こった事件や事故の資料。全てを一通り見て記憶した。……ただ、シズクが今知りたいのは、もっと別のことだった。少しずつ、点と点はつながり始めている。そして浮かび上がってくる、この事件の《影》……最後に必要な『点』が、もっと遠いところにあることに、シズクは気づいていた。
それが今得られない以上、限られた情報から推測するしかない。
「……?」
ふと、目の前に影が差して暗くなり、壁にぶつかりそうになったシズクは足を止めた。そこは袋小路の行き止まりだった。振り返ると、カオルとルティスの姿が見えない。
「あー……まぁ、カオルはルティスと一緒だし、大丈夫か」
と呟いて引き返そうとした時、街のどこかから何かが爆発するような音が響き、地面が揺れた。
「……⁉」
シズクはすぐに走り出した。顔を上げて魔力を感知し、音のした方向を確かめる。
――すぐ横の通りだ。
道を折れて、通りに飛び出す。そこは先ほどまで歩いていた、西地区の中心通りだった。
通りはひどい混雑状態になっていた。あちこちで悲鳴が聞こえ、空に煙が上がっている。建物に火がついていた。
シズクはすぐに騒ぎの中心を探る。何やら、数人が武器を持って暴れ、通りに面した店を破壊しているようだ。
「カオル……」
と呟いて、シズクは火の上がる方へ駆け出した。多くの人が逃げ出す流れに逆らって、器用に人を避けながら、騒動の中心に飛び込んでいく。暴れている人たちの真横をすり抜け、闇雲に振り回される剣を軽く躱す。
その人波を抜けた先に、カオルがいた。
「――シズク⁉」
騒動の真っただ中から飛び出して来たシズクに、カオルはすっかり驚いて目を見開く。隣に立っていたルティスは、じっと騒ぎを見つめていた。
「大丈夫? カオル」
「え? だ、大丈夫だけど……シズクこそ……?」
「なにがあったの?」
シズクの問いかけに気を取り直して、カオルは騒ぎの方を見やる。
「よくわからないけど……突然、あの人たちが暴れ出したんだ」
魔族は出てけ――という怒号が飛び交っているのをシズクは聞き取った。
「どうやら、魔族嫌いが起こした暴動みたいだね」
とルティスの言う通り、暴れているのはみな人族で、口々に魔族をののしっている。二人にも、だんだん状況がつかめてきた。
そしてほとんどの人が逃げていく中、とどまってその様子を冷ややかに見ている魔族がちらほら目につき始めた。
「ねぇ、このままじゃあの人たち……」
「うん」
カオルの懸念通り、このままにしておけば西地区の魔族たちもやり返すだろう。シズクはさっと周囲に視線を巡らせる。さきほど崩れてきた建物の瓦礫が通りにちらばっている。ところどころには倒れている人もいた。ここで戦闘が始まれば、死者が出てしまうかもしれない。
「――……」
シズクが踏み出しかけた時、それよりも前にルティスが動いていた。
無言のまま、ほとんど体は動かさず。だが、無駄のない洗練された魔術が行使されるのを、シズクは隣で感じ取った。その凄まじい魔力が、一瞬に凝縮されている。
ざわめきが広がる。いくつもの武器が、通りで人の手を離れて宙に浮かんでいた。それと同時に、燃え広がりつつあった建物の炎がふっと消える。暴れていた人々は、瞬時に石にでもなったかのようにピタリと動きを止めていた。武器が一斉に地面に落下して、金属音が重なる。
「……どうしたの?」
とルティスは、一番近くにいた男の近くに寄って尋ねた。彼は動かずに……いや、動けないのだ。武器を振りかざした姿勢のまま、ぴたりと静止してルティスを見上げている。
「あ、あんたは……ルティス…………」
その姿に呆気にとられた声で呻きながら、こめかみから汗が滴り落ちていく。周囲にざわめきが広がった。ルティス……まおー軍のルティスだ……と囁き声が通りに満ちる。
周囲が静かになったので、あちこちから人が顔を出した。
「わ――悪いのは……」
と、男が身体を動かせないまま、ヤケになったような声で叫んだ。
「悪いのは魔族だろ! ここは〝人間〟の街だぞ、そこにバケモンがうろうろされるのは、き――気にくわねぇ! 出ていけ……!」
おお、と周囲がざわめいた。
「す、すごい度胸だね。ルティスさん相手に……」
「うん……」
心配そうに状況を見つめるカオルの隣で、シズクは見定めるように、集団を観察した。通りで武器を取り落として硬直しているのは、十人前後だ。
シズクは彼らから、奇妙な雰囲気を感じ取る。妙な行動力、自信……自分を信じて疑わない態度。
「そう。でも、なんで今更?」
ルティスの声に、男は「それは――」と口ごもる。少し離れたところから、別の男が声を上げた。
「今まで黙って我慢してたのが、馬鹿らしいって気づいたからな! オレたちは自由(﹅﹅)なはずだ……ここは、俺たちの街なんだからな!」
――そうだ、そうだ! と声が上がる。ルティスは「ふぅん……」と頷き、街を見渡した。
「でもここは……彼らの街でもある。貴方たちと同じで、彼らもここで暮らしている。……そうでしょ?」
「違う! ここは俺たちの街だ! あいつらみたいな、侵略者たちの住むところじゃねぇ!」
もう動くことも出来ないのに、彼らは全く考えを変えるつもりがないらしかった。
ルティスは息をついた。
「……うん、まぁ確かに、『自由』だろうね。じゃあ、あとは彼らに任せようか」
ルティスがそう呟いた時、ちょうど通りに無数の足音が駆け込んできた。
「あれは……」
シズクはその服装を確認する。それはどうやらツワネールの自警団だった。
「お前たち、何して――あ、あなたはルティス……⁉」
「この人たちが暴れてた。あとはよろしく」
自警団の者たちはルティスの姿に驚いた様子だったが、そんな言葉を受けて気を取り直すと、素早く通りに駆け込んで、彼らを拘束をし始める。
「けが人がいるぞ――!」
と誰かの声に、カオルは「あっ」と駆け出した。
「私、治せます! けがした人はいますかー!」
シズクもそれについていこうとした時――、ふと通り過ぎたある一人の自警団員に気がつく。
「あ」
「ん?」
シズクの声に振りむいた彼は、見るからにトカゲ族だった。鎧の中から突き出ているのはトカゲのような顔で、堅い鱗に覆われている。爬虫類らしい瞳がじっとシズクを見返した。
「あなたは、モリさん?」
「……? そうだけど……君は……」
シズクの近くに立っていたルティスの姿と見比べて、そのトカゲ族……モリは真剣な目になった。
「君たち、もしかして……?」
モリの伺いに、シズクは頷いた。
☆
「すみませーん、実はこの街に泊っている魔族を探していて……」
テリシアとフィオレナは、街の中心から東側の玄関街にかけて、主に旅人や宿泊客の中に、魔族がいないかどうかを聞いて回っているところだった。
とはいえフィオレナは、歩きながら別の事を考えているのだった。
殺人事件、左腕……。そして、――混血。
フィオレナは、人族と魔族の間に生まれた。魔族は百年前、《扉》が開かれたときに魔界から大陸へ移って来た種族だ。当時、魔界王軍は大陸を侵略して、人族は滅びの危機に陥った――しかし、それに対抗して大陸を魔族の手から守り抜いたのも、魔界からやってきた魔族だった。
それから百年が経った今、人と魔族の関係については、様々な意見を持つ人がいる。もっともな理由がなくとも、異種族というだけで嫌悪する者も少なくはない。特に混血は珍しいのもあって奇異の目を向けられることも多いし、両者のどちらにも属せないような心細さを感じることもある。
フィオレナはポルックスが人族と魔族の混血であることに気づいていた。感じ取ることができる気配は、魔族と人族のどちらとも違う。混ざり合ったものだからだ。
そして……フィオレナはもう一人、彼によく似た混血の魔族の存在を知っていた。そこでフィオレナは考え込む。だが、彼は――。
「はぁ、たくさん歩いて疲れたね、フィオレナ~」
テリシアのそんな声に、フィオレナは我に返って、一度思考を止めた。
「ええ、そうですね。少し休みましょうか? 聞いた話も、整理したいですしね」
ちょうど二人の目の前には、喫茶店のような建物があった。
「うん! そうしよ!」
と店に入っていくテリシアに従って店に入る前……フィオレナはその建物の看板に鴉が止まっているのに気づいた。
「なんだか最近、鴉が多いですね……」
そう呟くと、鴉は飛び立って建物の向こうへ飛んで行った。
☆
その頃ユウヤたちは、再びマックスの酒場を訪れていた。マックスは酒場の奥で何やら片づけを進めているらしく、店内にいるのは三人だけだった。
薄暗い、静かな酒場の中で、ユウトは深呼吸をする。
多少無理してでも、魔力の痕跡を捉えたい。それが分かれば、あとは身に纏う魔力がそれと一致する術者を探せばいい。かなりの精度で特定できるはずだ。
ユウトは目を一度閉じてメガネを外すと、ゆっくり目を開ける。
部屋の中央辺りに向けたユウトの目には、やはり暗い影が見える。その奥へ、奥へと目を凝らす。かすかに漂う、微細な光の粒子が見えた。これが魔力の残滓だ。
――もっと、もっと視るんだ。
目が激しく痛みだす。――もう少し。
それはほんのわずかな光だった。青白い光が、ピリピリと火花のように弾けている。そこに目を凝らすと、割れそうな頭痛がしてきた。
青白い、火花のような光の魔力……いや、火花と言うより、これは電気……?
ユウトはふと思い立って、視線をポルックスの方に向けた。それから、もう一度魔力の残滓に視線を戻し、ポルックスが纏う魔力と見比べる。
花がそれぞれ違う香りを持つように、人がその身に宿す魔力の雰囲気も、種族や個人別に微妙に異なる。優れた魔力探知を行う者はその違いを感覚で捉え、術者を識別することが可能だった。
ユウトの場合は、それを光として目で見ることができる。
――似ている、というよりも、同じだ……とユウトは判断する。
殺人の現場に残された魔力の残滓。それと、ポルックスが身にまとう魔力。ピリピリと弾ける、電光のような魔力。
ユウトは目を閉じた。ズキズキと痛む頭を抑えて、メガネをかける。
「大丈夫……?」
「ああ。少しすれば……」
心配そうなユウヤの声に応えながら、ユウトは今見たことが示そうとすることを慎重に考えた。
ポルックスが身に纏う魔力と、現場に残された魔力の痕跡が一致している。つまり、この事件を起こしたのは……。
しばらくしてユウトは、意を決したように口を開いた。
「……ここで使われた魔法の痕跡が見えた。それは……ポルックス、あんたが纏う魔力と同じだ」
「え……?」
ポルックスはそれを聞いて、俯くと息をついた。
「……やっぱり、そうだったか」
ユウヤはそんな二人の様子を、途方に暮れた顔で見比べる。
「ど、どういうこと? つまり……」
後ずさりかけたユウヤに、ポルックスはパッと顔を上げて手を振った。
「いやいや! もちろん、ボクってわけじゃないよ。……ただ心当たりはある、というか……」
再び真剣な表情に戻って、どこかかすかに痛みを堪えるような声で続ける。
「昨日も少し話したけど、……ボクには双子の兄がいるんだ。ボクと似た魔力を持つのは、あいつ……カストルだけだよ」
その言葉に、ユウヤとユウトは顔を見合わせた。
「じゃあ、この事件って……」
ユウトが思い出したのは昨日の男の言葉だった。『……まさにちょうど、あいつにそっくりな魔族だったよ』。
ポルックスは考え込みながら続ける。
「ボクはなんとなく、直感だけど……、これはカストルが起こした事件なんじゃないかって思っていたんだ。これも……カストルの雷撃魔法のような気がしてね」
部屋の床に残された、焼け焦げたような痕。
「……勘違いなら、よかったんだけど」
苦笑して、ポルックスは酒場の中を見渡した。
「そんな……でも、だとすればどうして、カストルはこんな事件を……?」
ユウヤの問いに、しばし沈黙が下りた。考え込んでいたポルックスは、やがて肩をすくめる。
「さぁね……。わからないよ。……ボクはカストルを見つけ出して聞きたいんだ」
ポルックスは少し、寂しげに微笑んだ。
「だから、協力してくれないかな? カストルを見つけ出して……〝どうして〟って……尋ねるために」
そんな言葉にユウトとユウヤは視線を交わすと、二人揃って強く頷いた。
☆
「ルティスさんときみたちのおかげで助かったよ! お礼を言わせてくれ」
「いえいえ……力になれたなら良かったです!」
暴れていた男たちが連行されて、騒動は一段落した。シズクたちは、けが人の治療や瓦礫を片付けを手伝ったあとで、自警団員の一人、トカゲ族のモリと話し込んでいた。
彼は今回の事件の二件目の被害者……ヤモの弟だ。
「最近、何だかこういう事件が多くてね……」
と心配そうな目を向けてから、モリは三人に向き直った。
「きみたちも、例の事件を調べているんだよね」
「はい、そうなんです」
とカオルは真剣な表情で頷いた。
「その……お兄さんのことは……」
「ああ、……うん。無念だった」
一瞬、暗い目をしたモリは「でも」とすぐに顔を上げる。
「ボクの仕事は、兄のようにこの街を守り続けることだからね、いつまでも落ち込んではいられないよ」
そう言って、笑顔を浮かべてみせるのだった。
「事件の調査は順調かな?」
モリの質問に、カオルは「えーっと……」と困ったような顔をする。
その様子に状況を察したらしいモリも「そっか……まぁ、今回の事件は本当に手がかりが少ないからね……」と言いながら、やはり落胆した様子だった。
「何か、ボクたちにも手伝えることがあればいいんだけど」
うーん、と唸ったカオルは、すぐに「そうだ!」と声を上げた。
「あの、私たち、ツワネールだけじゃなくて、例えば塔都とか……他の地域で起こった事件や事故の資料が見たいんです。そういうのが見れる場所ってないですか?」
カオルの問いかけに、ヤモは「それなら……」と、街の中心部の方向に体を向けた。
「中心地区に、小さい図書館がある。あそこには自警団の資料室があって、他の街で発行された新聞なんかも保管されているんだ」
「ほんとですか⁉」
シズクもその話に顔を上げる。最後の《点》の在処……。モリは三人を導くように踏み出した。トカゲらしいしっぽがくるりと回る。
「ボクももう戻るところだから、ついでに案内するよ。とはいっても、もう夕方だから、着く頃には図書館はもう閉まってるかな。入れるのは明日の朝になるかもしれないけど……」
「分かりました! お願いします! ……調べられそうだよ、シズク!」
「うん、良かった」
カオルとモリが早速歩きだす後ろで、シズクはルティスの方に目をやった。金色の瞳が見つめ返す。シズクは口を開いた。
「……ルティスは、もう分かっている……いや、知っているんでしょ」
ルティスは相変わらず、感情の読み取りにくい、眠たげな目でしばらくシズクを見たあとで、口を開いた。
「嘘に、付き合ってあげて」
「それが、必要?」
頷く瞳を、シズクはじっと見つめる。
「――二人とも、早く早く!」
と振り向いたカオルの方へ視線を戻して、シズクはカオルの方へ歩み出した。
☆
ユウヤとユウトは、並んで夜道を歩いていた。立ち並ぶ魔光灯が照らす大通りは、にぎやかに人々が行き交う。
二人はその後もポルックスと共に街を巡り、聞き込みをしながらカストルの痕跡を探したものの、特に手がかりは得られないまま、日が落ちて、一日は終わってしまった。
「ねぇユウト……ポルックスの双子のお兄さんの、カストルが事件の犯人って話……どう思う?」
「どうって……」
ユウヤの問いかけにユウトは考え込んだ。
「奇妙な話だな。なんのために、わざわざ兄を選んで殺すのか……どういう意図があるんだか、検討もつかない」
「だよねぇ……」
「ユウヤは分かるか?」
ちらりとユウトが伺うと、ユウヤは大げさに驚いた顔をした。
「え⁉ おれ? 分かるわけないじゃん! 人を殺すなんて!」
「そりゃそうだな、悪い」
でも……、とユウヤは首をひねった。
「んー、そうだなー、殺す……まではいかなくても……おれの場合は……」
しばらくうんうん悩んだのちに、ユウヤは続けた。
「……こんなお兄ちゃんでいいのかな? とか思うことはあるかも。あれ? あんまりカンケーない……?」
「いや……そもそも兄か弟っていったって……双子なんだからそんなに、気にすることでもないだろ」
「それはそうかもしれないけど〜。でもユウトはおれの弟だから!」
「……まぁ、そうだな」
はぁ、とユウヤは肩を落とした。
「でもそういうのは別に自分の問題だし。やっぱり、他の兄弟の人たちを殺す理由なんて全然、わかんないよ」
「だな……。いずれにしても迷惑な話だ」
狙われるのが兄なら……この事件が解決するまで、ユウヤが危ない。ユウヤが危険な目に遭わないためにも、早く犯人を、見つけ出さなければならない。
そう考えながら気を引き締めるユウトの横で、ユウヤは道端の石ころを蹴りながら呟く。
「ねぇ、ポルックスとカストルはさ、どんな双子なのかなぁ」
「……気になるか?」
「そういえばさ、あんまり他の双子の人たちに会ったことなくない? ちょっと気になる!」
「まぁ、確かにそうだな」
ユウヤは、あとさ……と続ける。
「もしカストルが本当にこの事件の犯人なら……それが手がかりになるんじゃないかな? 殺されたのが兄なら……多分、それは……ポルックスと関係あるんだよ」
後半は少し、言いにくそうにすぼんだ。
「……だろうな」
ユウトはいつでも剣を抜けるように夜道を警戒しながら、宿への道を歩いた。
☆
「……つまり、事件の犯人はポルックスのお兄さんかもしれない、ってこと?」
賑やかな食堂の喧騒に、カオルの声がまぎれる。ユウヤたち六人は、宿屋で夕食を食べながら、その日に得た情報を共有していた。
「そうらしい。ポルックスと似た魔力ってことなら、それ以外にいないって話だ」
「ポルックスさんが、そう言ったんですか?」
ユウヤ達が話を始めてからどこか神妙な面持ちをしていたフィオレナは、そう尋ねた。
「ああ。なんとなく、そんな気がしていた……とも言っていた」
「そう、ですか……」
「どうかしたの、フィオレナ?」
「いえ……大丈夫です」
とフィオレナは尚、考え込んだ表情で首を振る。向かいに座っていたユウトは少し首を傾げた。
「でもさ、これって……すごい進展なんじゃない⁉」
とテリシアはフォークを握りしめてうずうずと前のめりになった。
「今までは犯人のハの字もわからないーって感じだったのに! ユウトくんのおかげだね!」
「いや……俺は別に」
ユウトは少しきまり悪そうな顔をする。
「結局、カストルの居場所はわからないしな」
「でもさ、ユウトのおかげで手がかりが得られたのは、本当でしょ?」
とユウヤはユウトの顔を覗き込んで笑いかける。ユウトは「まぁ……」と口ごもった。
「それじゃ、ポルックスはカストルがどこにいるか、知らないってこと?」
というカオルの問いに、ユウヤは頷く。
「ポルックスはカストルと塔都で暮らしてたんだけど、カストルは何年か前に家を出て行っちゃったんだって。それ以来連絡もつかないらしくって……ずっと探してたみたいなんだけど」
「それで今回の事件が起こったってわけらしい」
今夜はシズクだけでなく、フィオレナもどことなく真剣な顔で考え込んでいる。
「そうなんだ……でも、そのカストルが今、この街にいるってことなんだよね?」
うん……と、ユウヤは、今日のポルックスの様子を思いだす。カストルを探して、尋ねたい、という言葉がよみがえった。
「だからポルックスは、カストルを見つけ出したいって」
「そっか、じゃあ、明日からはカストル探しだね!」
とテリシアは意気込んだ。
そんな話を聞きながら、ユウトは「だが……」と呟いた。
「もう、二十五日が近い。犯人が見つからなかった時に備えて……事件の対策もしておくべきなんじゃないか?」
それなら――とカオルが答える。
「今日聞いたんだけど、自警団の人たちが兄弟のいる家を調べて、警備の計画を立てているみたいだよ! だから、それは任せておいてもいいんじゃないかな。……っていっても、次に狙われるのも《兄》なのかどうかは、分からないけど」
「うーん、それなんだけど、もしもカストルがこの事件の犯人なら……」
とユウヤは、飲みかけのグラスを置いて話し始めた。
「カストルもポルックスのお兄ちゃんでしょ? きっと《兄》を狙って殺したのには、意味が……というか、ポルックスが関係しているんじゃないかと思うんだ。だからおれたちは、明日、ポルックスにいろいろと話を聞いてみようと思ってて」
「うん、いいかもね。そのカストルって人のこと、ポルックスなら詳しいんだろうし」
とカオルは頷いて続ける。
「私たちは、少し調べたいことがあるから、明日は図書館に行くつもりだよ。テリシアたちはどうする?」
「うーん、どうしよっか、フィオレナ?」
フィオレナは少し考え込んでいた様子だったが、テリシアの声に顔を上げた。
「そうですね……私たちは、カストルさんについて何か知っている人がいないか、またルティスさんと一緒に聞き込みをしてみましょうか」
「そうだね!」
そんな風に明日の予定を話し合いながら、ユウヤたちは夕食を終えた。
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