第2話

 ――もし協力してくれるようなら、明日の昼、まおー軍の支部局に来てくれないかな。詳しい話はそこでするよ。

 と、メモを渡して去ったポルックスたちを見送った、次の日。

 ユウヤたちは約束の時間に、まおー軍ツワネール支部に向かっていた。

 昨夜のポルックスとルティスの話を聞いて、一行が気にかけていたのは、ルティスが言った『きみたちも危ないかもしれない』という言葉だった。

 それはともかく、これまでも何か頼まれることがあれば進んで引き受けてきたユウヤたちだ。今回ばかりは思いがけない相手ではあったものの、ポルックスたちに協力することで早々に話はまとまっていた。

 その道中、ユウヤは晴れた日の空に、ペンダントをかざして眺める。

 これまではただ彫られているだけだったエンブレムの一部が、今までと変わって金色に色づいていた。

 昨晩、去り際にルティスが、このペンダントに指を向けた。するとペンダントは一瞬輝いて――エンブレムの一部、悪魔のような角があしらわれた部分の色が、金に変わったのだった。

『これで、いつでもあたしに連絡できるから。なにかあったら、呼んで』――とのことだ。

「あ、支部はあそこだね」

 とカオルの声に、ユウヤはペンダントをしまって顔を上げる。

 まおー軍は、本部である塔都のまおー城の他に、各地に支部を持っている。

 主に任務に出たまおー軍の者が寝泊まりする場所だが、ペンダントを持っているユウヤたちもその施設を使うことができた。これまでも、ペンダントによってまおー軍の施設が使えたことが、ずいぶんと旅の助けになったのだ。

「まおー軍の支部って、久しぶりに来たねっ!」

 扉をくぐって中に入り、テリシアが階段を上りながらきょろきょろ見回した。

「……わっ!」

「危ないですよ、テリシア」

 階段から落ちかけたテリシアにフィオレナが手を差し伸べる。

「うーん……でも本当に、おれたちが役に立てるのかな?」

「どうだろうな……」

「事件の調査に役立ちそうな能力と言えば……」

 カオルはぐるりと面々を見渡す。

 ユウヤたちは、異世界に転移した際に、それぞれ不思議な能力を得ていた。例えばユウトは、その不思議な目で、通常は目に見えない様々なものをみることができる。

「ユウトくんは魔力の痕跡みたいなものが見えるし、それが手掛かりになったりしないかな?」

「そうかもな……どんな魔法で殺されたのか、分かるかもしれない」

「それに……、カオルの力があれば、殺されかけた人を助けてあげられるかもしれないよっ!」

 会話を聞きながら、ユウヤは少し不安そうな表情を浮かべる。

「ってことは、その、……人が殺された場所に行かなきゃいけないのかなぁ、ちょっと怖いかも……」

「別に、行きたくなければ行かなくてもいい」

「えー、ユウトが行くならおれも行くよ!」

 そんな風に話しながら、メモの通り三階に上がる。

「えーと……六号室。ここかな?」

 ユウヤは指定された部屋の扉を開けて覗き込む。

 その一室の真ん中では、昨夜ユウヤ達に声をかけてきたまおー軍の魔族……ポルックスが、机に広げた資料を見下ろしているところだった。

 顔を上げて、ニコリと微笑む。

「やぁみんな。来てくれたんだね、わざわざありがとう」

「まぁ、おれたちが役に立てるかは分からないけど……」

 いやいや、とポルックスは手を振る。

「少しでも手がかりが多い方が助かるからね」

 ユウヤは扉を広く開けて、一行は順々に部屋に足を踏み入れる。

「――キミたちは旅をしてるんだっけ。ツワネールはどう?」

 その間に、ポルックスはやや砕けた調子で彼らに問いかけた。

「うーん、ちょっと暑いし砂だらけになるけど、すぐそばに砂漠が見えるのは面白いかなー」

 と、答えたカオルに、テリシアはうんうん、と頷く。

「食べ物もおいしいしねっ!」

「まぁテリシアは基本、なんでもおいしいって食べるけどね~」

「うん、食べるの好きだし!」

「それなら――」

 と、ポルックスはにこりと笑う。

「ツワネール・フランはもう食べたかな?」

 テリシアは、こてんと首を傾げる。

「ツワネール、フラン?」

「その様子だと、まだみたいだね。この街の隠れた名物って感じかな?」

「へぇ~! 食べてみたいな!」

「ずいぶんのんきだな……」

 呆れた様子のユウトに、「まあでも――」とカオル。

「事件の事ばっかり考えても、気が滅入るでしょ? 事件が解決できたら、皆で食べに行こうよ!」

「そうだよね、ポルックスも一緒に行こうよ!」

 とにこにこ笑うテリシアに、ポルックスは「そうだね」と笑顔を返し、気を取り直すように資料に手を伸ばした。

「それじゃあ、……早速だけど。キミたちに事件について共有したいんだけど、いいかな?」

 一同は頷いて、ポルックスが示すメモへと各々目を向ける

「昨日も言った通り、いまこの街では連続殺人事件が起こっているんだ」

 ポルックスは、三枚の紙を取り上げて並べた。

「これまでに殺されたのは三人……住所も年齢もばらばらで、被害者同士に関係はないらしい。三人目の被害者、ロアンデールが発見されたのが昨日の明け方。これまで街の自警団が調べていたけど、魔力の痕跡も打ち消されているし、犯人の手がかりは一切ないらしくてね。それでぼくたちまおー軍の方に報告が来たんだ」

 各街には、独自の自警団や警備隊が組織されていることがほとんどだ。そんな彼らにも手に負えない問題が起きた時は、まおー軍に協力を仰ぐのがいつしか通例になっているらしい。

 ポルックスがとんとん、と叩く紙には、三十歳前後と思しき男の似顔絵とその詳細情報が記されている。それは三人目の被害者の資料だった。

「……この人も、殺されちゃったんだね……」

 ユウヤは呟いて、紙の端を撫でる。そんな様子を横目に、ユウトはポルックスの方を見やった。

「……連続殺人ってことは、何か事件に共通点があったってことか?」

「その通りだよ、ユウトくん」

 ユウトの指摘に、ポルックスは大きく頷いた。

「ちょっと、資料を見てほしいんだけど」

 三人の被害者について記された資料を、全員でのぞき込む。そこには発見時の詳しい状況、本人の家族構成や職業など、事件にかかわる事について細かく記されている。

 資料を覗き込んだフィオレナは、死因について記述された欄を指した。

「皆さん、死因は攻撃魔法……つまり魔法による殺人であることは共通していますね。どの現場にも焦げ跡が残されており、使われたのは炎か光の魔法と推測される……」

「普通だったら……」

 とポルックスは少し真剣な顔になって言った。

「人を殺すほどの強力な魔法が使われれば、魔力の痕跡が強く残る。だから、それを調べればどんな魔法が使われたかはよくわかるし、術者特有の魔力の痕跡から、誰が使った魔法かも分かるんだ。でも、この三つの事件はそうじゃない」

「なるほど……」

 その隣で、テリシアが身を乗り出す。

「ねぇ、これ……左腕が損失していた……って、みんなのところに書いてあるよ!」

「うん、そうなんだ」

 既にその点が気にかかっていた一同は、資料から顔を上げてポルックスに目を向ける。

「まず全員、魔法によって殺されたこと、殺された時間は夜中だったことは共通しているよ。そして、一番気がかりなのが……その三人とも左腕がなくなっていたこと」

「左腕……? でも、なんで⁉」

 ユウヤの声に、ポルックスはさあね……と首を傾ける。

「おそらく腕は、高威力の攻撃魔法で焼き払われてなくなったんだ。ただ……ルティス様が調べてみたところでは、直接の死因は、強力で瞬発的な火か光系の魔法によって、心臓を止められたことなんじゃないかって。おそらく即死で……わざわざその後で左腕を失わせたのには、犯人にとって何か意味があるのかもしれない」

「こ、怖いね……」

 テリシアは特に意味もなくカオルの後ろに隠れる。それまで話を聞きながら資料を見比べていたカオルは、あ、と声を上げた。

「見て。家族構成のところ。被害者はみんな二人兄弟なの……偶然かな?」

「しかも、三人とも、兄だ……弟がいる」

 ユウトもそう続けた。

「うん。それも共通点と考えて良いと思う。被害者を調べてみたら……三人とも、弟がいた。二人兄弟のうちの、兄だったんだ」

「へぇ……」

 ユウトはそこで、昨夜のルティスの言った意味が分かった。今までの事件から、狙われるのは兄弟、しかも、その兄の方……被害者たちの資料に視線を落とすユウヤの方へ、ユウトは思わず目を向ける。

「今日は二十二日だね。一人目が殺されたのは、今月、四ノ月の十日。二人目はその五日後、十五日。そして三人目が二十日だった」

「なんだか、事件は五日おきにおきてるみたいですね……」

 フィオレナの指摘に、ポルックスは頷いた。

「だからつまり――四人目の被害者は二十五日に出るかもしれない」

 そう言い、印をつけてある暦を示す。二十五日は三日後にあたっていた。

「あと、三日か……あまり、時間がないな」

 ユウトが呟き、気を取り直すようにポルックスは顔を上げた。

「とまぁ、犯行の共通点も多いし、ずいぶん計画的で、作為的だろう? これなら、同一人物の連続殺人の可能性が高そうだってボクたちは考えているんだけど、……どうかな?」

 ポルックスの問いかけにユウヤ達が各々頷いて同意を示す中、フィオレナはひとり首を傾げる。

「ですが……一体犯人の目的は何なのでしょうか」

「そうだね。それがまったく分からないんだよ」

 ポルックスは資料を指して肩をすくめた。

「犯人が見つかるに越した事はないけれど、もしそれができなくても……犯人の目的が分かれば、次に狙われる人を予測できるかもしれない。そうすればきっと、四人目の被害者が出るのを防ぐことができる」

「じゃあそれまでに……四人目の被害者が出ないように、みんなで頑張らないとね!」

 とユウヤは顔を上げた。

「うん。できればそうしたいとボクも思ってる。キミたちにはもちろん犯人探しを協力してほしいけど……ほら、見ての通り、事件は兄弟が狙われているからね……キミらも双子の兄弟なんだろう?」

 そんな言葉にしばらく考えていたユウヤは、ん? と首を傾げる。それから、

「え、おれ⁉」

 と自分を指さした。

「今気づいたのか……?」

「う、うん。でも言われてみればそうだよね……」

 この事件が兄弟のうちの兄を狙った者であれば……ユウヤも当然、狙われる可能性がある。ルティスが言ったのはそういう意味だったのだと一同は理解し、一気に室内が不安に満ちた。

 ポルックスはそんな空気を破るように明るい声で言う。

「まぁ、その時はボクやルティス様が守るからさ! その意味でも、一緒に行動したほうが安心じゃないかな?」

「確かに……そうだな」

 ユウトは思案顔で頷く。

「うん、大丈夫! このカオルお姉さんが、ユウヤくんは危ない目にあわせないからね!」

「わたしもわたしもっ! ユウヤくんのこと守るよ!」

 と胸の前で拳を握りしめるテリシアの横で、フィオレナも強く頷いて微笑む。そんな仲間たちの様子に、ユウヤは少し安心したように笑った。

「ありがとう! みんながいてくれたら心強いよ!」

 一行のやりとりを微笑んで見守っていたポルックスは改めて口を開く。

「それで……とりあえず今日、キミたちにも事件の調査を手伝ってほしいんだけど、いいかな?」

 気を取り直して、ユウヤも頷いた。

「でも、手伝う、って何をすればいいかな……?」

「そうだね。まずは、少しでもいいから、犯人につながるような手がかりを探したい。とりあえず、被害者の家族に話を聞いたり、現場を実際に確認したり、周囲に聞き込みをしたり……キミたちはそれぞれ、自分のやり方で事件の調査を進めてくれればいいよ」

「……分かった、やってみるよ!」

「それで、今日は三人目の被害者と、一人目の被害者の家族に話を聞かせてもらえることになっているんだ。ルティス様は先に行っているから、キミたちも二組に分かれて……」

 とポルックスが一同を見渡したところで、今まで黙って話を聞いていたシズクがふと声を発した。

「ねぇこれ、全部見てもいい?」

 指をさしているのは、机の上に広げられた様々な資料だ。

「うん、いいよ、たしか君は――、一度見聞きしたことは忘れないんだっけ」

「……まぁね」

 そんなやりとりを、ユウトは横目で見ていた。薄々気づいてはいたが、やはり彼は自分たちの存在を知っていただけでなく、名前や能力まで把握している。軍ではどれくらいの情報が把握されているのか、それは自分たちにとって良いことなのか、悪いことなのか……。

「それじゃ、私とシズクはこの資料から他に分かることがないか調べてみようかな?」

 カオルの提案に、ポルックスは首肯する。

「そうだね。二人にはそれを頼んでもいいかな? ――じゃあ、残りの四人で二組に分かれて、調査に行ってみることにしようか」

 一同は頷きあう。こうして、殺人事件の調査が始まった。

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