第1話
ユウヤたちが異世界に来てから、四回、月が満ち欠けを繰り返した頃。
大陸中央の塔都を出た一行は西に向かい、ルコスタ地方の中心都市、ツワネールに訪れていた。そこは大陸の西の果てに広がる大砂漠、レビ砂漠を眼前に抱く街だ。
彼らはそこで情報収集を行いながら、今後も続ける旅のために資金を溜める日々を送っていた。
「もう慣れてきたけど、塔都に比べると、ツワネールは暑いよねー」
カオルはツワネールメロンのジュースを一口飲んで言った。
「そうなんだよね、この世界にもクーラーがあればなぁ」
「あはは、ユウヤくんは暑いのも苦手だもんね」
「くーらー……って、なになに⁉」
そんなふうに会話を交わしながら、ユウヤたち一行は六人そろってツワネールの冒険者ギルドの食堂で夕食を食べていた。
日中は各々で別行動をすることも多いが、夕食はできる限り集まって、みんなで食べる約束をしているのだった。
そんな食事のさなか、会話の切れ目でテリシアが「そうだ!」と声を上げた。水色の髪の間からのぞく、猫のような耳がぴこぴこと揺れる。
「ねぇねぇ、みんな聞いた? 最近、ツワネールにまおー軍のすごい人が来てるらしいよ!」
テリシアが口の端にパンくずをつけたまま、そう言って身を乗り出した。
「へぇ、そうなの? すごい人ってどんな人?」
興味津々といった様子のユウヤに応えて、テリシアは続ける。
「えーっとねぇ……んー、よくわかんないけど、とにかくすごい人!」
「分からないのかよ……」
と呆れた目を向けるユウトの横で、カオルも声を上げる。
「その話なら、私も聞いたよ! 確か、万歳の……」
「断罪ね」
シズクが口を挟んだ。
「そう! 《断罪のルティス》! ……っていう、なんかすごい人だよね?」
「なるほど、まおー軍の幹部ですか……」
それまで話を聞いていたフィオレナがそう呟いた。額から伸びる角がきらりと光を反射する。
「え? まおー軍の幹部、って……?」
と首を傾げるテリシアに応じて、フィオレナは説明を始める。
「まおー軍は、今でこそ大陸の一大勢力ですが……最初はほんの少人数の集まりだったそうです。最初期からその一員だった四人が、現在では幹部のような役目をしているようですよ。確か……ベルナードさん、ラインハイトさん、ディルさん……そして、ルティスさんです」
「へぇ~、どんな人たちなのかなぁ」
「そうですね、確か……」
とフィオレナは少し思案する。
「ベルナードさんは吸血鬼……大陸随一の血魔術の使い手です。ラインハイトさんは、黒鴉のような魔族を使役したり、姿を変えたりすることができると聞いたことがありますね。ディルさんの話はあまり聞きませんが、大陸でもっとも優れた魔術師だという噂です」
「へぇ~! それでそれで、ルティスさんはどんな人なの?」
テリシアはわくわくと続きを促す。
「ルティスさんに単純な魔法の勝負で勝てる人は、ほとんどいないんじゃないでしょうか。それぐらい強い人です。そして、彼女が《断罪のルティス》と呼ばれているのは……ルティスさんはその強さを以って、罪を犯した人たちを《断罪》するからなんです」
「へぇえ……」
フィオレナの話に、テリシアは感嘆した。
「まおー軍かぁ……」
と、ここまでの話を聞いていたユウヤは、服のポケットにしまってあったペンダントを取り出した。
そこには、まおー軍のエンブレムがあしらわれている。もう四月前……彼らがこの世界に来て一番最初に出会った少年が、彼らにくれたものだ。
その効力はいたるところで発揮され、彼らの旅を助けてきたのだった。
「……せっかくこの街に偉い人が来てるっていうなら、ちょっと聞いてみたいな! このペンダントをくれた意味とか、あの子のこととか……」
「ああ、あの〝まおー〟とか言ってるガキな……」
「それにしてもまおーくんって、何者なんだろうね?」
カオルはそんな風に口を挟んだ。
「もしかして……あの子が、まおー軍を束ねているトップだったりして!」
テリシアの冗談めいた言葉に、ユウヤたちも笑った。
「あんな小さい子が~? まっさかぁ」
「あはは、さすがにないかぁ」
「さすがにそれはないだろ」
肩をすくめたユウトはそこで顔を上げて、正面に座るフィオレナがなにか考えていることに気がつく。
「なにか気になる事でもあるのか?」
「――え? あ、そうですね……」
「なになに? どうしたのっ?」
フィオレナはうーんと顎に手を添えている。
「その、まおー軍幹部のルティスさんが、なぜこの街にいるのか考えていたんです。もしかしたら、例の事件に関係があるのかもしれない、と……」
「事件?」
テリシアとユウヤが首を傾げる隣で、ユウトは頷いた。
「ああ、そうか……殺人事件だろう。ギルドでも噂になってる」
「えっ、さ、サツジン……? おれは初耳だよ」
とユウヤは不安げだ。
「そうです。どうやら魔法による殺人で、この数週間の間に、三人殺されているようなんです。その三人目が、今朝、発見されたらしくって……」
そんな話に、テリシアの耳はちょっと緊張したように揺れる。
「そ、そうだったんだ……じゃあ、この街に危ない殺人犯がいるかもしれないってこと?」
「そういうことになりますね……。だから、できるだけ皆さんも気を付けてください」
そんな忠告に一同が頷いたところで、ユウヤはふとなにかが聞こえたかのように、背後を振り向いた。
「どうした?」
とユウトが伺う隣で、ユウヤは耳を澄ましていた。夜の食堂は人が多く、ガヤガヤと騒がしい。喧騒の隙間、店の外の方から、聞き慣れぬ音が聞こえてくるのだ。
「なんだか不思議な足音が聞こえる……」
その視線の先で、ユウヤはギルドの入口をくぐって入ってきた二人組の姿を捉えた。
どちらもひと目見て魔族とわかるような、頭に角を生やした二人組だ。片方は黒いコートを羽織っている背の高い女で、長い金色の髪が店内の光にきらめいている。もう片方はオレンジ色の髪の青年で、利発そうな瞳の片方の内側に、星のような光が煌めいている。
「……なんだか見慣れない姿だな」
「あれって……」
背後を振り向くユウヤたちの様子に気づいたフィオレナが、二人組の方へ目を向けて呟いた。
「ルティスさん……?」
「――え、あ、あれが⁉」
テリシアはガタッと音を立てて立ち上がった。
――まおー軍。それは百年前の大陸戦争の時に成立した組織と言われていた。《王のいない軍》……と揶揄されることもある。その始まりは、たった五人とも六人とも言われ、そのチームを束ねていたのは一人の少年である……、という噂もあった。
百年の歴史を経るにつれて真相を知る人が少なくなったのもあり、まおー軍に関しては、様々な噂が入り混じってささやかれているのが現状だった。
「ルティス=フェゴラ……王の剣、断罪のルティス、か……」
シズクがそう呟いた時、ルティスともう一人の魔族は受付での会話を終えて、食堂の方へ入って来るところだった。
ユウヤたち以外の客もその存在に気がつき始め、あちこちでひそめた声が響きはじめる。どことなく、店内の空気が緊張感に満ちつつあった。
そしてその二人組は、まっすぐユウヤたちのテーブルの方へと向かってくる。
「……ねぇ、なんか……おれたちの方、見てない……?」
「こ、こっちにくるよ……っ⁉」
と不安そうに身を寄せ合うユウヤとテリシアの視線の先で、ルティスより一歩前を進んで歩いてきたオレンジ髪の魔族は、テーブルの手前で立ち止まる。それから、ニコリと微笑んだ。
「やぁ、こんばんは。食事中、ゴメンね。キミたちが異世界人の一行、かな?」
明るく響いたそんな第一声に、一同は顔を見合わせた。
「……誰?」
と声音に警戒を滲ませて尋ねたカオルに、彼は丁寧に頭を下げる。
「ボクはポルックス・ルヴィ。まおー軍の者だよ」
それを聞いたフィオレナは、ポルックス・ルヴィ……と小さく名前を繰り返す。
「うん。それで――こちらはルティス様。みんなも知ってるかな?」
「え、えっと……まおー軍の幹部……、ルティス=フェゴラさんですかっ?」
とテリシアの声に、金髪の悪魔は頷いた。
「……幹部って呼び方、あんまり好きじゃないけど。そう。あたしがルティス」
そんなどこか眠たげな声での肯定に、それまであまり興味のなさそうだったシズクも顔を上げた。
魔族の二人組――まおー軍のポルックス・ルヴィと、同じくまおー軍の一員でありながら、その幹部の一人、ルティス=フェゴラ。どちらもユウヤ達が関わることはそうない、大きな力を持つ人物であることは確かだった。
「俺たちに何の用だ?」
ユウトの問いかけには警戒が混じる。ポルックスは軽く両手を広げた。
「突然だけど……実はキミたちに、協力してほしいことがあるんだ」
「え……協力?」
きょとんと繰り返すテリシアに、ポルックスは頷いて話を始める。
「実は、今この街ではとある連続殺人事件が起こっていてね……ボクたちはその調査に呼ばれたんだけど、どうも犯人の手がかりがつかめないんだ」
ちょうど先ほど、その事件について話していたところだ。ユウトとフィオレナは目配せした。――フィオレナの言った通りだった。
「異世界から来たキミたちの不思議な力が、役に立つんじゃないかってルティス様の提案でね」
「……私たちのことを、知ってるの?」
カオルの質問に頷いたのはルティスだった。
「まおー軍が大陸のことで知らない事はほとんどない。きみたちが異世界から来たことも。不思議な力があることも、とっくに知ってる」
それを聞いてユウトは少し考え込んだ。
「なるほど、……そうか、俺たちのことは軍には知られているんだな」
「まぁね。それで、調査のことだけど。別に、無理にとは言わないよ。けど……」
そこで、ルティスが口を開いた。
「……実はこの事件、きみたちも危ないかもしれないんだ」
そんな言葉に、一行は再び、不安げな顔を見合わせることになった。
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