第7話 幼馴染は俺と距離をとる

 玲奈が屋上を去って行く姿を見送りながら、俺はその場に立ち尽くしていた。


 結局、何も答えを出せないまま、玲奈を待たせてしまった。でも、自分の気持ちに嘘をつくわけにはいかない。

 今の俺は、まだ玲奈にどう向き合えばいいのかわからないんだ。


 玲奈は俺を責めたりしなかった。

 むしろ、待つと言ってくれた。だけど、その「待つ」という言葉の重さを、俺は理解しているつもりだ。


 それは彼女がずっと抱えてきた想いを俺に預けてくれたということ。だからこそ、軽い気持ちで答えるわけにはいかない。


 フェンスに寄りかかりながら、俺は青空をぼんやりと見上げた。玲奈の言葉が頭の中を何度も回っている。「ずっと好きだった」「気づいてほしかった」。


「俺、どうしたいんだろうな……」


 自分に問いかけるが、答えはまだ見つからない。ただ、玲奈が大切だということだけは間違いない。それは幼なじみだからなのか、もっと別の感情があるのか──。


 結局、その日も答えが出ないまま、俺は屋上を後にした。


 翌日、いつも通り学校に向かおうと玄関を出たが、やはり玲奈は迎えに来なかった。


 昨日も放課後、あれ以来一度も話さずに終わってしまった。玲奈が距離を取っているのは明らかだった。

 しかしそれは俺に「答え」を出す時間をくれているのかもしれない。

 変に自分が関わっても俺の思考を邪魔するだけだと思ってたりするのかもしれない。玲奈なりの気遣いなのかと思った。


 学校に着いて教室に入ると、玲奈は既に席についていた。

 昨日と同じように友達と楽しそうに話している。彼女の普段通りの笑顔を見て、俺は少し安心した。

 けれど、どこか作られたような感じがしてしまうのは、俺が彼女の本当の気持ちを知ってしまったからなのかもしれない。


 俺は玲奈に話しかけたいと思ったけど、どうしても声が出なかった。何を言えばいいのか、どう接すればいいのか──それさえわからなくなっていた。


 昼休みも一人で過ごした。玲奈はやはり俺に声をかけることなく、友達と一緒に食事をしている。普段と変わらない日常が、こんなにもぎこちなく感じるなんて。俺はただ、玲奈のことをずっと気にしていた。


 放課後、また一人で帰る準備をしていると、クラスメイトの圭太が俺に声をかけてきた。


「おい、拓。最近玲奈ちゃんとどうしたんだ?なんか様子おかしくないか?」


 圭太は軽い調子で言ったが、俺はドキッとして、目を見開いた。


「え?いや、別に……なんでもないよ」


「いやいや、そうか?お前らいつも一緒にいるのに、最近全然話してないじゃん。ケンカでもしたのか?」


 圭太は心配そうに俺を見つめる。

 玲奈と俺が仲がいいのはクラス中で知られているし、急に距離を取られたことは周りから見ても不自然だったのかもしれない。


「別にケンカとかじゃないんだけど……ちょっと、いろいろあってさ」


「ふーん。まぁ、あんまり考えすぎんなよ。幼なじみだし、どうせまたすぐ仲直りするだろ」


 圭太は軽く肩を叩いて笑ったが、俺はなんとなく苦笑しか返せなかった。

 確かに幼なじみだ。

 ずっと一緒に育ってきたし、玲奈とはどんなことがあっても仲直りできる。

 だけど、今回はいつもとは違う。玲奈の気持ちを知ってしまった今、俺たちの関係は簡単に元通りにはならないかもしれない。それは今までの玲奈とした喧嘩とかそんなものよりも比べ物にならないほど怖かった。


 家に帰り着くと、スマホが震えた。玲奈からのメッセージだった。しばらく連絡もしていなかったから、驚きつつも画面を開く。


「今日、ちょっと話せる?」


 短いメッセージ。だけど、玲奈からの「話したい」という言葉に、俺は少し身構えてしまった。


 昨日は俺が屋上で話を持ちかけたけど、今度は玲奈から。もしかして、何か重要なことがあるのかもしれない。


「いいよ、どこで?」


 そう返すと、すぐに「公園で待ってるね」と返事がきた。

 近所の公園。俺たちが小さい頃からよく遊んでいた場所だ。

 いつも通りの場所。

 だけど、今日は何か違うものが待っている気がしてならなかった。


 俺は気持ちを落ち着けるために深呼吸をし、急いで公園へ向かった。


 公園に着くと、玲奈がベンチに座っているのが見えた。

 夕暮れ時の柔らかな光が玲奈を照らし、その姿がどこか儚げに見えた。

 彼女がこちらに気づくと、静かに手を振った。俺も軽く手を振り返し、ベンチに向かって歩いていく。


「待たせた?」


「ううん、大丈夫。私も今来たとこだから」


 玲奈は笑って答えたけど、その笑顔にはやはりどこか影がある。

 俺はベンチに座り、玲奈と横並びになった。しばらくの間、無言のままだった。

 公園には他に誰もいなくて、風の音だけが静かに響いていた。


「……昨日のこと、もう一度ちゃんと話したいと思ってさ」


 玲奈がぽつりと口を開いた。俺は黙って彼女の言葉を待つ。玲奈は少し間を置いてから、話を続けた。


「昨日、あんな風に拓に気持ちを伝えたけど……私、やっぱり待つだけじゃダメだなって思ったの」


 玲奈の言葉に、俺は少し驚いた。待つと言ってくれていた玲奈が、何かを変えようとしているのかもしれない。


「拓が私のことをどう思ってるかはわからないけど、私がどうしても言いたいことがあるんだ」


 玲奈は一瞬、何かをためらうように口を閉ざしたが、深呼吸をして、再び話し始めた。


「改めてもっかい言うね。私ね……ずっと幼なじみとして拓のことを見てきた。でも、気づいたんだ。幼なじみっていう関係のままじゃ、私の気持ちはどうしても伝わらないんだって」


 その言葉を聞いて、俺は息を飲んだ。玲奈が抱えていた苦しみが、今やっと少し理解できた気がした。


「拓にとって、私はただの幼なじみかもしれない。でも、私にとっては違うんだ。拓は私にとって特別な存在だし、ずっとそばにいてほしい人なんだ」


 玲奈はまっすぐに俺を見つめた。その瞳には、昨日以上に強い決意が感じられた。


「だから、私もう一度言うよ。拓がどう思っても、私は……拓のことが好き。幼なじみとしてじゃなくて、一人の男の子として好きなんだ」


 玲奈の言葉が心に深く突き刺さる。俺はどうするべきなんだろう。玲奈の気持ちにどう答えればいいのか。


「だから、少しでもいいから、私のことを考えてみてほしい。幼なじみとしてじゃなくて、一人の女の子として」


 玲奈の言葉に、俺はただ頷くしかなかった。玲奈の想いがこれほどまでに強かったなんて、俺は本当に何もわかっていなかった。

 こんな彼女の気持ちを知らずに呑気に俺はずっと幼なじみとして楽しくいられると思っていた。

 俺は大馬鹿者だ。

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