第6話 幼馴染は俺を待つ

 翌朝、目が覚めた瞬間から、昨日の玲奈の告白の言葉が俺の頭を占領していた。


「──ずっと、拓のことが好きだった」


 その言葉が何度も頭の中で繰り返され、心臓がざわつく。

 どう返事をすればいいのか、まったく分からないままだった。

 玲奈のことを嫌いなわけじゃない。むしろ大切な幼なじみだ。

 だけど、恋愛感情を持っていたかと言われると、自分でもはっきりとはわからない。


 考えれば考えるほど、答えは出ないまま時間だけが過ぎていく。


「あー、やべぇ。遅刻しそう」


 ふと時計を見ると、いつも玲奈が家に迎えに来る時間が近づいていた。

 俺は急いで制服に着替え、玄関へ向かう。だが、今日は玄関のチャイムは鳴らなかった。玲奈は来なかった。


「……そっか」


 少しだけ胸が痛むのを感じながら、俺は一人で家を出た。学校へ向かう道を歩きながら、何度も玲奈のことを思い出してしまう。

 いつもなら隣にいる彼女が、今日はいない。それだけで、こんなにも違うのか──。


「気まずくなったのかな……」


 そう思わずにはいられない。

 玲奈が気まずさを避けるために、今日は俺を迎えに来なかったのかもしれない。

 そうだとしたら、俺が何かしら答えを出さなきゃいけないんだろう。

 でも、どうすればいいのかなんて、俺にはまだわからなかった。


 学校に着くと、教室ではすでに玲奈が席に座っていた。

 彼女は何事もなかったかのように友達と話していて、俺が教室に入ると一瞬だけ目が合った。

 しかしすぐに視線を外されてしまった。


「ああ、やっぱり……」


 玲奈は俺に何も言わないまま、友達との会話に戻っていった。

 まるで何事もなかったかのような振る舞いに、俺は少し動揺する。

 昨日あんなに真剣に気持ちを伝えてくれたのに、まるでそれを打ち消すかのように、玲奈は普段通りに振る舞っている。


 俺は席に着き、授業の準備をするふりをしながらも、玲奈のことが気になって仕方がなかった。

 話しかけるべきか、それともこのまま何もなかったようにするべきか──。

 しかし何も俺は玲奈に話しかけることは出来なかった。


 授業が始まると、先生の話はほとんど耳に入らなかった。

 玲奈のことを考えれば考えるほど、自分がどうしたいのか、どうすればいいのかが全く見えない。

 ただ、いつも通りの彼女と自分の関係が、このまま続いていくのかどうかも不安でならなかった。


 昼休みになると、俺は自然と玲奈の方へ視線を送ってしまっていた。

 玲奈はいつものように友達と昼食の準備をしている。だが、たまに「拓、一緒に食べよう」って誘ってくるはずの彼女が、今日は俺を見向きもしない。


「……だよな、そりゃそうだよな」


 昨日のことがあって、いつも通りに接してくれるはずがない。

 俺が何かしら答えを出さなきゃ、彼女との距離はどんどん離れてしまうかもしれない。


 そう思って、俺は意を決して立ち上がり、玲奈の方へ向かった。

 クラスメイトたちの視線を少し感じながらも、俺はゆっくりと玲奈の近くまで歩いていく。

 玲奈は俺の気配に気づいて、少しだけ驚いた顔を見せた。


「玲奈、一緒に食べよう」


 できるだけ普通に声をかけたつもりだった。けれど、玲奈は一瞬の沈黙の後、小さく笑って首を振った。


「あ、今日はいいよ。友達と食べるから」


 その言葉に、俺は不意に胸がぎゅっと締め付けられた。

 玲奈は普段通りに見えるが、確実に俺との距離を取ろうとしている。その微妙な変化が、何よりも痛かった。


「そっか……わかった」


 俺はそれ以上何も言えず、教室を後にした。

 玲奈と一緒にいられないことが、こんなにも辛いなんて思わなかった。

 普段は何でもないことだったのに、今はその違和感が強烈に感じられる。


 昼食を一人で食べ終え、再び教室に戻る。

 玲奈との距離ができたまま時間だけが過ぎていく。結局、何もできないまま放課後を迎えた。玲奈が先に教室を出ていくのを見ながら、俺も急いで荷物をまとめ、彼女を追いかけた。


「玲奈!」


 廊下で声をかけると、彼女は立ち止まってこちらを振り返った。

 いつも通りの笑顔。でも、何かが違う。その笑顔はどこか作られたように感じられる。


「なに?どうしたの?」


 玲奈はいつもと同じように振る舞おうとしているが、その目には微かに不安が混じっているように見えた。


「ちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」


 そう言うと、玲奈は少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに頷いた。


「うん、いいよ。どこで話す?」


「屋上に行こう」


 俺は玲奈を誘い、二人で屋上に向かった。

 誰もいない屋上は風が少し強く、俺の心の中のざわつきをさらに煽ってくるようだった。


 二人でフェンスに寄りかかりながら、しばらく無言のまま過ごした。

 玲奈が何かを言いたそうに俺を見つめていたが、俺もどこから話せばいいのか迷っていた。


「昨日のこと……ごめん」


 俺がようやく切り出すと、玲奈は驚いたように目を見開いた。


「謝る必要なんてないよ。私が勝手に言ったことだし、拓がどう思うかは自由だから」


 玲奈はそう言って微笑んだけど、その笑顔はやっぱり無理をしているように見えた。

 俺は心の中で葛藤しながら、続ける。


「いや、謝りたいんじゃなくて……俺、昨日のことちゃんと考えたんだ。玲奈がずっと俺のことを想ってくれてたってこと、本当にありがたいと思ってる。でも……」


 そこで言葉を詰まらせた。俺自身、自分がどう感じているのか、まだ整理できていなかった。玲奈のことは大切だ。

 けど、それが恋愛感情なのかはまだはっきりしていない。


「でも?」


 玲奈が続きを促すように尋ねる。その声は微かに震えていた。


「でも、俺、今まで玲奈のことをそんな風に見たことがなかった。だから、正直どう答えればいいのか分からないんだ」


 俺の正直な言葉に、玲奈は小さく頷いた。その姿に、俺はますます自分が情けなくなった。

 もっと早く気づいていれば、玲奈をこんな風に悩ませることもなかったかもしれない。こんな苦しんでいる玲奈を見る必要はなかったのかもしれない。


「そっか……でも、ちゃんと考えてくれてるなら、それでいいよ」


 玲奈はそう言って微笑んだ。けれど、その笑顔の奥には、やはり寂しさがにじんでいる。


「無理に答えを急がなくてもいいよ。私は、拓がどういう結論を出すにしても、待ってるから」


 玲奈はそう言い残し、フェンスから離れて歩き出した。


「じゃあ、またね」


 玲奈はそう言って屋上を出て行った。

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