第5話 幼馴染は俺に気持ちを伝えた

 


「──私、もう待てないんだよ」


 玲奈がそう言った瞬間、俺の思考は完全に止まった。

 何を待てないって?

 その意味は、もしかして──いや、そんなことは……。


 俺は動揺を隠せず、玲奈の顔を見つめ返す。

 彼女の表情は真剣そのもので、からかっている様子はまったくない

 。俺はただ、言葉が出せずにいた。


「な、なにが……待てないんだよ?」


 ようやく振り絞った声が震えるのを、自分でも感じる。


 玲奈は、深く息を吐き出してから、ゆっくりと口を開いた。


「拓、気づいてないかもしれないけどさ……私、ずっと待ってたんだよ」


 玲奈の言葉には、どこか寂しげな響きがあった。

 俺はその言葉の意味を探ろうと必死に考えるが、頭がぐるぐると回ってまともに動いてくれない。


「待ってたって……俺が何かをするのを?」


「そう……でも、拓が気づいてくれるのを、ずっと期待してたけど……もうこれ以上は無理かなって思って」


 玲奈がじっと俺を見つめる。彼女の目には、微かに不安が揺れているのが分かった。

 俺は何か重要なことに気づいていないんだ。

 玲奈がこんな風に真剣に話すことなんて、滅多にない。それなのに、俺は何もわかっていない。


「ごめん、玲奈……俺、正直何のことかわからないんだ」


 俺がそう言うと、玲奈は少しだけ肩を落とし、微笑んだ。その笑顔は、どこか切なげだ。


「そっか……拓らしいよね、そういうところ」


 玲奈は少しの間、何かを考えるように沈黙した。そして、意を決したように顔を上げると、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「ねぇ、拓。私……ずっと、拓のことが好きだった」


 その言葉が耳に入った瞬間、俺の心臓が大きく跳ね上がった。

 時間が止まったかのように、周囲の音が消え、玲奈の言葉だけが脳内に何度も響いてくる。


「──え……」


 俺は思わず、間抜けな声を出してしまった。玲奈が俺のことを好きだった?

 そんな馬鹿な。ずっと一緒に育ってきた幼なじみが?あのからかい気味に接してくる玲奈が?信じられない。


 いや、信じたくないわけじゃないが、あまりに予想外すぎて──。


「私、もうずっと前から拓のことが好きだった。でも、拓は全然気づかなくて……だから、こうやって何度もアプローチしてきたんだけど……全然気づいてくれないんだもん」


 玲奈は少し拗ねたように頬を膨らませたが、すぐにその表情は真剣なものに戻る。


「それで、最近はもう、あんまり待つのも辛くなってきて……だから、こうやって正直に伝えようって思ったの」


 俺は言葉を失っていた。玲奈が俺に対してそんな風に思っていたなんて、考えたこともなかった。


 幼なじみという距離感が、ずっと俺の中では「恋愛対象外」に玲奈を押しやっていた。

 だが、玲奈は違ったのかもしれない。


「で、でもさ……なんで今?ずっと言わなかったのか?」


 ようやく絞り出した声に、玲奈は苦笑する。


「言えるわけないじゃん。拓は鈍感だし、しかも幼なじみだからさ、私が少しでも近づこうとすると、逆に離れそうで怖かったんだよ……。だけど、最近はもう、待つのに疲れちゃったの」


 玲奈の言葉が胸に突き刺さる。

 彼女はずっと俺にアプローチしてきたのに、俺はそれに全く気づかずに、何も考えずに過ごしていたんだ。

 そんな俺を見て、玲奈はどれだけ辛かったんだろう。

 彼女が笑いながら俺に「お願い」をしてくるのも、全部それが理由だったんだ。


「……玲奈、俺……」


 何かを言おうとしたが、言葉が見つからない。

 自分の気持ちがどうなのかも整理できていないのに、どう答えればいいのかなんてわかるはずがない。


 玲奈は、俺の口ごもる様子を見て、軽くため息をついた。


「……無理に答えなくてもいいよ。拓がどう思ってるかなんて、私が一番よくわかってるからさ」


 そう言いながらも、玲奈の表情には悲しみがにじんでいる。

 それが胸に突き刺さる。彼女がこうして勇気を振り絞ってくれたのに、俺は──。


「でも、さ」


 玲奈はふと顔を上げると、また笑顔を浮かべた。だが、その笑顔にはどこか無理があるように感じる。


「もし、拓が少しでも私のことを意識してくれるようになったら……その時はちゃんと考えてね?」


 その言葉を最後に、玲奈は立ち上がった。


「今日はもう帰るね。なんか私、今日はすっごく疲れちゃった」


 俺は言葉を出せないまま、玲奈が玄関に向かうのを見つめていた。

 彼女が去ってしまうのが怖いような、でも、何もできない自分が情けないような、そんな複雑な気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。


「じゃあ、また明日ね」


 玲奈は振り返り、いつもと変わらない笑顔で手を振った。

 だが、その笑顔がどこか作られたものであることを、俺は今まで以上に強く感じた。


 玲奈が帰った後、俺はしばらくリビングにぼんやりと座っていた。

 玲奈の告白を受け止めきれずに、そのまま時間だけが過ぎていく。考えようとすればするほど、頭の中は混乱していくばかりだ。


 玲奈が俺のことを好きだなんて……いや、そう言われてもすぐに気持ちを整理できるわけじゃない。だけど、彼女はずっとそう思ってくれていたんだ。


「俺、どうすればいいんだよ……」


 思わず、そうつぶやいてしまう。玲奈の気持ちを無視するわけにはいかない。でも、今の俺にその答えを出す自信がない。


 彼女の「また明日ね」という言葉が、どこか遠く感じられる。明日、俺たちはまた普通に話せるんだろうか?そして、玲奈の気持ちにどう向き合えばいいんだろう?


 俺は、自分が玲奈をどう思っているのか、改めて考え始めなければならない気がした。

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