第3話 幼馴染と俺の距離は少し変わり始める?

 玲奈に手を引かれ、俺たちは古本屋を離れ家に向かって歩き始めた。


 彼女は何事もなかったように、楽しげに歩いているけれど、俺は心の中でずっと落ち着かない気分だ。手をつないでいるだけなのに、なぜこんなにドキドキするんだろう。

 しかも、玲奈は何も意識していない風だから、余計に自分だけが意識しているみたいで恥ずかしい。


「玲奈さ、その……手、そろそろ……」


「……え?あぁ、別にいいじゃん、このままで。だって、拓がお願い聞いてくれたんだから」


 玲奈はあっけらかんとして言いながら、俺の手をしっかり握り続けている。

 強引に引っ張るようなことはないけれど、その温もりはじわじわと伝わってくる。

 俺が抵抗する素振りを見せると、彼女はふっと笑いながら目を細めた。


「もしかして、恥ずかしい?」


「べ、別に恥ずかしくはないけど……」


 思わず顔を背けて言い訳をするが、玲奈はそんな俺の様子を見て、さらに楽しそうに笑った。


「ふふ、拓ってほんとわかりやすいよね」


 玲奈のからかい気味の言葉に、俺は軽くため息をついた。何でも見透かされている気分だ。俺がどんなに隠そうとしても、玲奈にはすぐに見抜かれてしまう。

 それは昔から変わらないし、これからもきっと変わらないんだろう。


 でも、そんな玲奈のことを嫌だと思ったことはない。それどころか、彼女が隣にいることが当たり前になっているせいで、最近は逆に不安になることもある。


 ──もし、玲奈が急に離れていったら……なんて、考えたくもないことを想像してしまうんだ。


「……ねぇ、拓?」


 玲奈がふいに真剣な声を出した。

 いつもの軽いトーンじゃなく、少しだけ緊張感が漂っている。俺は驚いて顔を向けると、玲奈がじっと俺を見つめていた。


「な、なんだよ?」


「……さっきの古本屋、どうだった?」


「どうって……懐かしかったよ。昔のあの二人で読んだ漫画を見つけてくれて嬉しかった」


「あ、そっか、よかった……」


 玲奈はほっとしたような表情を見せた。そして、そのまま小さく笑ってから、ポツリとつぶやく。


「拓が喜んでくれたなら、それでいいんだ」


「玲奈……?」


 俺が彼女の顔をじっと見つめると、玲奈はおれからぷいっと視線をそらしながら、また歩き出す。


 今の一言には、何か深い意味が込められている気がしたけど、結局それが何なのかはわからないままだった。

 玲奈は何かを言いかけて、結局いつもの調子に戻ってしまったように思えた。


「さーて、じゃあ次はどこに行こうかねぇ?」


 玲奈は軽く伸びをしながら、明るい声で話題を変えた。

 俺はその変化についていけず、少しだけ戸惑ってしまう。


「次?もう帰る時間じゃないのか?」


「えー?まだ大丈夫でしょ。もうちょっとだけ付き合ってよ、ね?」


 玲奈が俺の手を引き続けると、どうしても断りづらい。

 彼女のペースに巻き込まれて、ついそのまま歩き出してしまう。まるで俺が玲奈の手の中にいるみたいだ──まぁ、考えすぎかもしれないけど。


 家に帰り着いたのは、日が完全に沈んだころだった。

 結局、玲奈に連れられてカフェに寄ったり、少しショッピングをしたり、なんだかんだで半日が過ぎてしまった。


「今日は付き合わせちゃったね。ありがと、拓」


 玲奈が家の前でペコリと頭を下げる。

 俺の家と玲奈の家は隣同士だから、帰り道もずっと一緒だ。それが自然すぎて、何も不思議には思わない。

 だけど、最近の玲奈との距離感は、どこか変わり始めている。


「まぁ、楽しかったからいいけどさ」


「そう?それならよかった」


 玲奈は微笑んだ。その笑顔に、俺はなんだかドキリとしてしまう。最近、玲奈が近すぎるのが妙に気になる。

 昔からずっと一緒にいた幼なじみなのに、なんで今さらこんな風に感じるんだろう。


「じゃあ、また明日ね」


 玲奈が手を振って自分の家へと入っていく。それを見送る俺は、ただ漠然と立ち尽くしていた。



 ******


 翌日、学校でも俺と玲奈はいつも通りの距離感で過ごしていた。


 クラスメイトたちも、俺たちが仲の良い幼なじみだってことを知っているから、特に変な目で見られることはない。

 むしろ、「羨ましい」とか「お似合いだね」なんて軽口を叩かれることが多い。まぁ別に悪い気はしない。


 昼休み、俺が教室でぼんやりしていると、玲奈がいつものように近づいてきた。


「拓、お昼まだでしょ?一緒に食べようよ」


 玲奈は手にランチボックスを持って、俺の前に立った。その姿に、教室中の視線が集まるのがわかる。


「いいけど……そんなに目立つと、みんなにまたからかわれるぞ」


「別にいいじゃん。ほら、行こ」


 玲奈は気にする様子もなく俺の手を引く。

 ここで無理に抵抗しても逆にクラスメイトから心配されてしまう。これは抵抗するのはやめよう。

 そのまま俺は玲奈に手を引かれるがままについて行くことにした。

 こうやって俺が玲奈に振り回されるのは、もう日常茶飯事だ。俺も慣れてきたし、周りも特に気にしていない。

 むしろ、俺たちの関係に変な緊張感を抱いているのは、俺自身だけかもしれない。


 玲奈と並んで、校舎裏のベンチに座る。


「ほら、これあげる」


 玲奈は自分の弁当箱から、おかずを俺の口元に差し出してくる。俺は一瞬ためらったが、玲奈の強引な視線に負けて、口を開けた。


「うん、美味い」


「でしょ?今日のおかず、ちょっと頑張ったんだよ」


 玲奈は自慢げに微笑んだ。その笑顔にまた、俺は心が揺れる。

 最近、彼女が俺に近づいてくる度に、こうやって心を乱されるのが、なんだか怖い。


 俺と玲奈の関係は、少しずつ変わり始めているのかもしれない。

 そう思いながら、俺は彼女との距離に戸惑い続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る