第2話 幼馴染は俺とのことを覚えている
「──拓、何ぼんやりしてんの?」
玲奈の声が、耳元で響いた。気づくと、俺は下校途中の校門の前で立ち止まっていたらしい。
今日も彼女は隣にいる。まるで呼吸するように、当たり前に。
「いや、ちょっと考え事を……」
「ふーん、またぼーっとしてるの?拓って、本当昔から変わんないよねぇ」
玲奈が軽く肩をすくめながら、俺をじっと見ている。
その瞳は、俺の全てを見透かすような鋭さがある。
正直、ドキッとする時がある。なにかした訳でもないのに、俺の全てを見透かされているような……そんな気さえしてしまう。
俺のことを知り尽くしている幼なじみって、こんなにも強いのかって、つくづくそう思う。
「俺は、成長してると思うけどな?」
冗談めかして言ったつもりだったが、玲奈は鼻で笑うように応じた。
「成長?どこが?」
その一言で、俺は言葉に詰まる。実際、昔とそんなに変わっていない自覚はある。
玲奈に比べれば、俺は何も進歩していないかもしれない。
中学までは一緒に勉強してたけど、高校に入ってからは、玲奈は成績も運動もトップクラス。
一方俺はというと、凡人。
これといった特技もなく、ただ日々を過ごしている感じだ。
「ま、そんなことどうでもいいや。今日はさ、ちょっと寄り道して帰らない?」
玲奈の誘いは、いつものように自然だった。だが、その後に続く言葉で俺は緊張する。
「拓の好きなもの、見つけておいたからさ」
──まただ。このパターン。
玲奈が俺の趣味や好きなものに合わせて、俺を巻き込んでくるのはこれが初めてじゃない。
彼女が俺の好きなことを「偶然見つける」なんてことは、もう日常茶飯事だ。そして、その都度俺は断れずに、彼女に引きずられていく。
「どこ行くんだよ?」
「ふふ、秘密だよ。行けばわかるってば!」
玲奈は小悪魔のような笑みを浮かべながら、俺の手を引っ張った。
彼女の手は温かく、俺の心臓は一瞬跳ね上がる。最近、こういう触れ合いが増えてきた。
玲奈にとっては何でもないことかもしれないが、俺にとっては妙に意識してしまう。
「まあ、いいけど……時間かかる?」
「そんなにかからないよ。すぐ近くだし、きっと楽しめるから」
彼女に引っ張られるまま、俺たちはいつも通りの道を歩き始める。
だが、しばらく進むと、いつもと違う道に曲がった。
俺は戸惑いながらも、玲奈についていく。
「ここって……何かあったっけ?」
「まあまあ、そんなことはいいから急いで!」
玲奈は笑顔を浮かべたまま、足を速める。
俺も急いで歩調を合わせるが、どこに向かっているのかは全く分からない。
やがて、狭い路地を抜けて少し寂れたエリアに差し掛かったところで、玲奈は立ち止まった。
目の前には、小さな古本屋がある。店先にはレトロな看板が掛かっていて、いかにも昭和の香りがするような雰囲気だ。
「え、ここ?」
「そう!今日、ここで面白いの見つけたんだよね」
玲奈は得意げに店の方を指差す。俺は少し驚いた。
古本屋なんて、俺の趣味とは程遠い場所に思えたからだ。
……だが、玲奈がそう言うなら、何か俺が興味を持つものがあるのかもしれない。
俺の幼馴染は俺の好きな物を見つけることがとても得意だからな。
******
店内に入ると、古い木の棚にびっしりと並べられた本たちが、独特の香りを放っていた。
玲奈は迷わず奥へと進んでいき、俺を呼び寄せる。
「ここだよ、見て見て」
彼女が指差したのは、漫画のコーナーだった。よく見ると、俺が昔ハマっていたシリーズが並んでいる。
すでに絶版となって手に入らないものばかりだ。
「これ……懐かしい」
思わず俺は手を伸ばし、一冊手に取る。
あの頃、夢中になって読んでいた冒険モノだ。
子供のころ、玲奈と一緒に語り合った記憶が蘇る。
だが、時間が経つにつれていつの間にか忘れてしまっていた。
でもそれを今玲奈が思い出させてくれた。
玲奈はこのお話を、これを俺と一緒に読んだあの記憶を覚えていてくれたのか、なんだかそう思うだけで俺の心も暖かくなり嬉しくなる。
「懐かしいでしょ?実は、ここで見つけたの。これ、拓が好きだったやつだよね?」
玲奈が微笑んで俺の顔を覗き込む。その表情には、なんだか少し誇らしげなものがあった。
俺の心に眠っていた記憶を、こんな形で引っ張り出してくるなんて、玲奈は本当に俺のことをよくわかっている。
「うん、確かに好きだったな……けど、よく覚えてたな」
「当たり前でしょ。拓が何を好きかなんて、全部覚えてるよ」
玲奈は軽く肩をすくめたが、その言葉に俺は内心驚きを隠せなかった。
昔から玲奈は記憶力が良かったが、まさかこんなことまで覚えているとは思ってもみなかった。
「で、どう?買う?」
「うーん、どうしようかな……」
値札を確認すると、それほど高くはない。だが、少し迷っていると、玲奈が言葉をかぶせてきた。
「じゃあ、私が買ってあげるよ」
「え?いいよ、自分で買うから」
いざそう言われると逆にそれをおしのけたくなるのが男の性だ。しかし玲奈も引き下がらない。
「いいのいいの。どうせ私も読むし、それに拓が好きなものだからね」
そう言って、玲奈はレジへ向かおうとする。俺は慌てて彼女を止める。
「待てって!俺が買うからさ!」
俺がそう呼び止めると玲奈は俺の方に振り返る。
そしてニヤっと、いつもの小悪魔のような、俺をダメにするようなあの笑みを浮かべた。
「……じゃあ、手をつないでくれたら譲ってあげる」
そう言って、玲奈はまたあの"お願い"を口にする。
断れないような条件を、俺に突きつけてくるのだ。最近、こういうのが増えている。
「なんでそんなことで?」
「いいじゃん、別に減るもんじゃないし」
「わかったよ……」
「やったぁ!」
玲奈の言葉に反論できず、俺は手を差し出した。
玲奈はにっこり笑って、その手を握る。温かい。その感触に、また俺の胸が軽く跳ねる。
「拓の手だ〜」
「俺の手だけどなんだよ」
「えへへ〜」
こうやって、俺はいつも玲奈に押し切られてしまう。
彼女に弱みを握られ、そして翻弄されていく日々。
──しかしそれでも、俺は決して嫌じゃないのが不思議だった。
玲奈は本を買い終えて店を出ると俺の方にもう一度手を差し出した。
「よし、行こっか」
もう一度俺がその手を握ると玲奈は満足そうな笑みを浮かべてから歩き出した。
──幼なじみの彼女が、俺の弱みを握ってやりたい放題する日々は、まだまだ続きそうだ。
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