俺の全てを知り尽くしている幼なじみが最近やたら俺の弱みをチラつかせて距離を詰めてくるのは何故だろうか

やこう

第1話 幼馴染は俺の全てを知っている

「──あなたの全てを知っている」


なんてフレーズ、ドラマか何かでしか聞いたことがなかったけど、それを現実で体感している俺は、きっと特殊なんだろう。


桐生拓きりゅうたく、だらしない顔してるよ」


ぼんやりと歩いていると、すぐ隣からそんな声が飛んできた。俺の幼なじみ、佐倉玲奈さくられなだ。

長い黒髪を風に揺らしながら、俺の方をじっと見つめている。


「別にだらしない顔なんかしてないだろ」


そう返したものの、俺は自分の顔に手をやった。


そして玲奈にバレないように意識して少しだけ顔を引き締める。


玲奈には何でも見透かされているような気がして、どうしても意識してしまう。


──だって、彼女は俺の過去も、失敗も、癖さえも全部知っているんだから。




******




俺たちは子供の頃からずっと一緒だった。家も隣で、親同士も仲が良く、気づけばいつも玲奈が近くにいた。

学校も、趣味も、生活習慣もほぼ共通していたから、俺のことを彼女が知っているのは当然だろう。


……けれど、最近の玲奈は、少し違う。


「──ところで、今日暇でしょ?」


玲奈が軽く言ったその一言。


俺がどう答えるか、彼女はきっとわかっているはずだ。今までは気にも留めなかったのに、最近はこうやって、俺の弱みを突いてくる。

具体的にいえば、断れないタイミング、断れない言葉、そんなふうに的確に俺の弱みを着いてくるような感じでお願いをしてくるようになった。


「いや、別に暇じゃないけど……」


言いながらスマホをいじる振りをして、予定表を見る。

もちろん、何もない。


玲奈はいきなり俺のスマホをちらっと覗いてきた。

俺はサッとスマホを隠す。


「な、なんだよ」


「え、予定なんもなかったじゃん」


「くっ……」


隠せたつもりだったけど見られてたか。まぁ俺の動きが怪しすぎたせいでどうせバレていたんだろうけど。


玲奈もそんな俺の様子を横目で見て、「ほらね」という表情を浮かべた。


「じゃあ、少し付き合ってよ。行きたいところがあるんだ」


俺は内心ため息をつく。

こうやって、玲奈に逆らえずに流されることが多くなっている。だけど、それが嫌かと言えば、そうでもない。


「……どこ行くんだよ?」


「秘密。でも、行ったら絶対に楽しいよ、拓にはね」


玲奈の言葉には妙な自信があった。


俺が好きなものを玲奈は知っているし、俺が苦手なことも全部知っている。


そして、そのタイミングを逃さない。拒否できない状況にするのが、彼女のうまさだ。


少し前までは、こういう玲奈の行動を単純に「世話焼き」だと思っていた。


だけど、最近の彼女はただの世話焼きじゃない。俺に何かを意識させるように仕向けている──そんな気がしてならない。


「手、つないで」


突然、玲奈がそう言った。

道に人が多いわけでもないし、つまずきやすい場所でもない。だけど、そんな理由なんて彼女はお構いなしだ。


「なんで?」


「嫌ならいいけど、あの時のこと、またみんなに話してもいいんだよ?」


その「あの時」というのが何か、俺には一瞬でわかった。


子供の頃、まだ俺が泣き虫だった頃の恥ずかしい思い出だ。どうしても怖くて玲奈に助けてもらった、あの出来事を玲奈はまだ覚えているし、何かにつけて持ち出してくる。


「……わかったよ、ほら」


俺は仕方なく手を差し出す。


玲奈は少し笑って、俺の手をぎゅっと握りしめた。その柔らかい感触に、胸が軽く跳ねる。


こんなふうに俺の弱みを握って、玲奈はやりたい放題だ。それに、最近はやたらと俺に近づいてきているような気がする。


だけどそんなことをされる度に俺は思う。


──この距離感、悪くないかもな。


そう思ってしまう自分に、少し驚きながらも、俺は玲奈と手をつないで歩き出す。


俺と玲奈の微妙な関係は、今日もこうして続いていく。

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