第34話 留学生!

 俺たちが教室に入ると、先生がもう教壇きょうだんに立ってた。


「はーい、席についてくださーい」


 ぽっちゃりした中年の先生にうながされ、俺と深月は互いに自分の席に座る。


「授業用のタブレットは、っと……」


 鞄から取り出した高校支給のタブレットを机に設置すると、今日の予定や教科書のデータが表示された。

 昔は教科書だのなんだのって、鞄にぎゅうぎゅう詰めにして学校に来てたんだよな。

 タブレットひとつで済む現代じゃあ、考えられねえよ。


「今日はですね、皆さんにふたつほどお知らせがあります」


 そのうちホームルームの始まりを告げるベルが鳴り、先生が言った。


「ひとつはもうご存じでしょうが、今日から蒼馬さんが大納言高校に戻ってきました。分からないことがたくさんあると思いますので、助けてあげてくださいね」


 教室に、わっと拍手が起こる。

 深月は男子からはもちろん、ダンジョンズ・ロアの活躍やミステリアスな雰囲気も含めて、女子からも人気なんだ。

 幼馴染として、ちょっぴり鼻が高い。


「よろしくね、蒼馬さん!」

「うん、よろしく」


 さらりと皆の祝福に応える深月を嬉しそうに見つめて、先生が話を続ける。


「もうひとつのお知らせですが、このクラスに留学生がやってきます」

「「おおーっ!」」


 今度はさっきよりもずっと大きな歓声が沸き上がった。

 そりゃそうだ、転校生どころか留学生なんて、いつだって盛り上がる大イベントだ。


「ダンジョンズ・ロアの冒険者として日本に招致しょうちされている間、クラスの一員となります。ドイツから来たのですが、日本語も堪能たんのうですよ」


 ただ、この時点で俺の中では嫌な予感がした。

 なんだか、とてつもなく厄介なトラブルがやってくるような。


「……まさか」

「どうぞ、入ってきてください」


 先生の声と同時に、教室のドアが勢いよく開いた。


「嘘だろ」


 やっぱり、俺の予想は当たっていた。


「初めまして、リーゼロッテ・アイレンベルクと申します!」


 教室に入ってきたのは、大納言高校の制服を着たリゼだったんだ。


「「うおおおおおーっ!」」


 誰もが見とれるほどの美少女のエントリーに、教室では爆発的なざわめきが起きた。


「ねえ、アイレンベルクって……」

「間違いないよ! ドイツのダンジョンズ・ロアで活躍してる、スーパールーキーだよ!」

「というか、めちゃくちゃ美人じゃねえか!」

「うーわ、マジ好みだ……日本にいる間に、お近づきになりてえなあ……」


 しかもどうやら、リゼは一部のダンジョンズ・ロアのファンの間では有名人らしい。

 男子生徒はもちろん、女子も彼女の登場にテンションが上がってるみたいだ。


「瑛士? あの子がここに来るって、聞いてた?」

「いやいや、一度も聞いてねえよ!」


 深月の問いかけに、俺はうろたえるしかない。

 だってリゼは、本当なら俺の家でばあちゃんの手伝いをしてるはずなんだから。

 どちらにしても、俺との主従の関係を学校で暴露されでもしたら、とてつもなく面倒くさい事態になるのは明らかだ。


「さて、席はどこにしましょうか。アイレンベルクさんの希望があれば、教えてくださいね」

「ではセンセイ、主君であるあのお方の隣を、僕の席としてください」


 あ、まあ、言いますよね。

 俺がさっと目をそらしても、こっちを凝視してるんだからさ。


「……主君?」

「はい! 僕はエイジ様の騎士、主をそばで守護することこそ僕の使命ですから!」


 先生どころか、クラスの生徒全員の視線が俺に集中した。


「ええと、彩桜くん? アイレンベルクさんとは、どのようなご関係で?」

「昨日会ったばっかりですッ!」

「彼女と瑛士は何の関係もありません」

「いいえ、僕とエイジ様はもう何年も前に出会っています! そしてまた、学びの園でこうして再会できた……瑛士様とは、運命で結ばれているのです!」


 俺と深月がどれだけ否定しても、リゼの発言で全部台無しになる。

 普通なら「ドイツ生まれの外人美少女に気に入られる」なんてのは憧れるようなシチュエーションだけど、俺はちっとも喜べない。

 なんせ今、俺は男子の嫉妬と女子の不審という、針のむしろで正座させられてるんだ。


「……と、とりあえず……彼女は、彩桜くんの隣に座りましょうか」


 たまたま空いていた俺の隣の席に、リゼがちょこんと座る。

 改めて近くで見ると、リゼはめちゃくちゃ美人だ――騎士道の暴走さえなければ、俺でもなびいていたかもしれない。


「おや、エイジ様? 顔色が優れませんが、どうされましたか?」

「な、なんでだろうな、はっはっは」


 そりゃあ、こんな状況で平然としてられるやつの方が少ないだろうよ。

 相変わらず、深月は髪が揺れるほどの怒りのオーラを放ってるし。

 これからどうしたもんか、と考えていた俺の頭が、不意にリゼに掴まれた。


「ではどうぞ、僕の膝で思う存分癒されてください!」


 そして抵抗の余裕も与えられないまま、俺はリゼの膝に寝かせられた。

 ああ、昨日見た腹筋はバッキバキに割れてたのに、お膝はとっても柔らかいんですね――人生初の膝枕がドイツ美少女なんて、俺は恵まれてますね。

 え、本当にそう思ってるのかって?

 思考停止+現実逃避でもしてないと、深月の怒りの波動に耐えられないんだよ。


「エイジ様以外の誰にも触れることを許さなかった、騎士の膝です! とても柔らかく、エイジ様の眠りを一切妨げないと自負しています!」

「あ、アイレンベルクさん? 授業が始まるので、膝枕は……」

「申し訳ありません、センセイ! ですが、主君の安全と健康よりも優先すべきことなど、騎士としてあるわけねえだろ、です!」


 しかもリゼは先生を論破(?)して、俺の頭まで撫でてくる。

 こういうのって、ラブコメとかだと普通、男の方がやるんじゃないのか。


「そういえばエイジ様、僕は今日、日本ヤーパンのダンジョンズ・ロアに参加する予定です! 貴方の騎士の活躍を、楽しみにしていてくださいね!」

「私も参加するから。この子とはランクが違うけど、見逃さないで」


 ふたりの声が、ちょっぴり遠くに聞こえる。

 代わりに響いてくるのは、クラスメートの怨嗟とドン引きの声だ。


「あいつ、蒼馬がいるのに……うらやましい……」

「美女に挟まれてんだから、もっと嬉しそうな顔しろよ、ムカつくなぁ……」

「自分を主君って呼ばせるのって、どんなプレイなのよ……」


 この日、俺は学内で「ダンジョンズ・ロアのヒーロー」から、「美少女ふたりをはべらせて、主従プレイを強要する変態」に格下げされた。



 じいちゃん、ばあちゃん、母さん。

 女の子に囲まれるって幸せなはずなのに。

 俺、今、すっげえ辛いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る