第33話 大納言高校!

『次は『新秋葉原』~、『新秋葉原』~』


 駅から電車に乗ってふた駅――俺が通う大納言高校までは、あっという間だ。

 電車の中の景色は、ホログラム広告を除けば、十数年前と変わらない。


『お客様、まもなく目的地です。忘れ物はありませんか?』


 車掌がアンドロイドってところは、そうじゃないかもしれないが。

 おかげで事故発生率はほぼゼロになったけど、じいちゃんは、こんな世の中は嫌だって愚痴ってたっけ。

 もしも過去の人がこのアンドロイドを見たら、びっくりするに違いない。

 なら、駅を降りた先に広がる「未来の光景」を見ると、その人たちはどれほど驚くかな。


「ねえ、今度シティエリアに新しいショップができるんだって!」

「オオサカエリアの『スライムラーメン』の名店が、こっちに出店するらしいぜ!」


 駅を出て学校に向かう俺の耳に入ってくるのは、ダンジョンと、それが与えた恩恵の話題。

 スマートフォンは画面が分割されたり、画面そのものがホログラムとして表示されたり、AIが様々な情報を提示してくれたり。

 目的地までのルートを地面に表示したり、指紋認証で電子決済をしたり。


「おいおい、ガソリンの補給はできないのか?」

「申し訳ありません、こちらはラビリンスライトの補充のみとなっておりまして……」


 別のところを見ると、運転手が充電スタンドに入ってしまい、困り顔をしている。

 電気かラビリンスライトで動く自動車以外の車は、ほとんど都会では見なくなった。

 どれもこれも、人類がダンジョンを支配したからこそ与えられた技術だ。

 ダンジョンが発見されてから、人間が地下迷宮を制圧して、技術も生活も比べ物にならないくらい向上した。

 特に目覚ましい成長を遂げたのは、電子機器やその類の技術だな。

 昔はスマホにホログラム機能とか、立体的な広告なんて、SFの世界だけだった。


『ダンジョンズ・ロア――それは、迷宮に挑む冒険者の英雄譚……』

『すべての偉大なる冒険者へ。ソーマ・エレクトロニクスがあなたのギルドとなります』


 ダンジョンズ・ロアの広告なんて、どこのビルでもひっきりなしに流れてるよ。


「新作スキルメモリ、もう予約した?」

「できるわけねえだろ。クソ、スマホ10台使ったってのによ」


 皆もそれについての話題でもちきりだから、当然冒険者の存在には敏感だ。


「おい、あれ! “赤鬼”の彩桜だぞ!」

「あいつのアーマー、めちゃくちゃ強ええんだよな……!」


 通学している途中だって、見ず知らずの人たちが俺を指さしてくる。

 学校じゃあ皆はすっかり慣れてくれたみたいだけど、外だとまだこんな反応なんだよな。

 そろそろサインも考えとかないと、カッコつかないかもしれない。

 そう思っているうち、俺は大納言高校の校門をくぐっていた。

 ここは別段紹介するほどでもない、ソーマ・エレクトロニクスのお姫様が通っているところ以外は語るところもない、ただの凡百ぼんぴゃくの高校だ。

 俺にとっては、それくらいのところが一番心地いいんだよな。


「おはよう、彩桜!」

「おはようございます、彩桜さん!」

「ん、おはよう」


 クラスメートや下級生のあいさつに、俺がてきとうに返事していた時だった。


「――おはよう、瑛士」


 後ろから声をかけられて、振り返った俺は思わず面食らった。


「ああ、おはよう……って、深月!?」


 なんせそこにいたのは、休学中のはずの深月だったからだ。


「うん。蒼馬深月、見てのとおり瑛士のスウィートハニーだよ」


 昨日窓越しに見た恐ろしさや激情は、もうどこにも感じ取れない。

 ひと晩経って沈静化したのか、あるいはまだ腹の底に潜んでるのか――どっちにしても、俺に事実を聞く勇気はない。


「いや、それは知らねえけど……制服だけじゃなくて、鞄も持ってるってことは……」

「復学したの。今日から私も、瑛士と一緒に大納言高校に通うから、よろしくね」


 クールな彼女が、青い髪を風になびかせて、にこりと微笑む。

 その笑顔が伝播でんぱして、校舎に向かう男子生徒たちを夢中にさせる。


「見ろよあれ、蒼馬じゃね?」

「やっぱめちゃくちゃ美人だよな、俺、とうとう行っちゃおうかな……!」

「俺も、俺も! もしかしたら、ワンチャンあるかもしれないしさ!」


 ちらちらとこちらを見る男子生徒に向けて、深月が放つ言葉はいつもひとつ。


「前にも言ったけど、チャンスはないよ。ごめんね」

「「ぐわああああーッ!」」


 男どもはたちまち、衝撃波を受けたように吹き飛ばされた。

 そりゃまあ、ソーマ・エレクトロニクスを継ぐお姫様なんだから、相手は父親である我心がしんさんが決めるだろうよ。

 少なくとも、一般人に深月の相手は務まらないと思うぞ。


「殺してやる……」

「殺してやるぞ、彩桜瑛士……」

「なんで俺なんだよ」


 だからさ、幼馴染だからって、俺に殺意をぶつけるのはやめてくれ。

 手にした鞄がずしりと重く感じるほど面倒に思っていると、深月がふとつぶやいた。


「ところで瑛士、あの子はいないんだね」

「あの子って、リゼのことか?」


 深月が頷いた。


「リゼは大納言高校の生徒じゃないし、いくら俺の騎士を名乗ってるからって、ここまでは来ないと思うぜ。俺も家を出る前に、注意しといたしさ」


 俺が答えると、深月のくりくりした大きな目が細くなる。


「家を出る前? 瑛士、なんで家であの子と会ってるの?」


 おっとしまった、これは完全に余計な発言だった。


「え、えーと……騎士として、もっと身近なところにいたいってさ」


 俺が誤魔化すと、深月は顔をずい、と寄せてくる。


「それだけ?」

「それだけって、どういう意味だ?」

「私に隠れて、チョメチョメしたり……あいたっ」

「チョメチョメとかゆーな。というか、が古いぞ」


 でも、デコピンひとつでうやむやにできるから、彼女の対処は簡単だ。

 昨日ほど怒ってなきゃ、仏頂面ぶっちょうづらでもかわいいもんだよ。


「ほら、授業が始まるぜ。復学したなら、まじめに勉強しないとな」

「むぅ……ぷひゅるる」


 俺が指で頬をつついてやると、小さな唇から空気が漏れていく。

 こうしてるとさ、いつだって幼い頃を思い出すんだ。

 その中に知らない記憶があると知ってから、今はちょっぴり複雑なんだけども。


「ははは、いつまでもふくれっ面してんじゃねえっての」


 俺が笑うと、深月もむくれるのをやめてついてくる。

 幼稚園でずっとやっていたようなやり取りを思い出しながら、俺たちは教室に向かった。

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