第32話 彩桜家の朝食!
「……ん」
気づいたら、俺はベッドの上にいた。
ちゃんとパジャマを着て、窓からさす日の光で目を覚ます、いつも通りの日常。
でも、昨日あった出来事は間違いなく、夢の世界での妄想なんかじゃない。
正直に話すと、リゼと別れてから家に帰ってきて、飯を食って風呂に入って、ベッドインするまでの記憶がおぼろげなんだ。
きっと、それだけ深月の圧がすごかったんだろうな、なんて。
「ふわぁ……なんか、いつもより疲れてる気がするな」
そうつぶやきながら、俺は高校の制服に着替えて、階段を下りてゆく。
ぎしぎしと鳴る木製の階段も、砂のようにざらざらした壁も、このご時世じゃあ珍しい。
というのも、俺は今、父方の祖父母の家で暮らしてる。
だから朝は居間に行って、じいちゃんとばあちゃんと飯を食うのも、当たり前なんだ。
「おはよう、じいちゃん、ばあちゃん――」
ただ、今日はいつも通りの朝食じゃなかった。
「おはようございます、エイジ様!」
なんせ畳張りの部屋の真ん中に――リゼが座ってるんだから!
しかもちゃぶ台を囲んで、じいちゃんと飯を食ってるんだ!
「――リゼぇ!?」
ほとんど間髪入れず、俺はツッコんだ。
「はい! 貴方の忠実なる騎士、リーゼロッテ・アイレンベルクです!」
「おいおいおいおい、なんで俺の家にいるんだよ!?」
ジャージ姿の彼女に俺が問うと、代わりに腰の曲がったおばあちゃんが出てきた。
彼女は俺の祖母、彩桜ミチ。
うちのばあちゃんの作る料理は、健康的で、なんだっておいしい。
「は~い、りぜちゃん。お味噌汁のおかわりだよぉ」
「ありがとうございます!」
「しかもおかわりしてるぅー!?」
だからといって、リゼが当たり前のように朝食を食べてる理由にはならないんだがな!
「やはり、本場の日本食はクソうめぇですね! ドイツにも似たような食事を提供するお店はありましたが、ここで飲む味噌汁はマジヤバいです!」
「そう言ってくれると、嬉しいねえ」
ばあちゃんが笑うと、新聞を広げていたじいちゃんも、口端を吊り上げる。
こっちのガリガリの坊主頭は、彩桜長太郎。
俺の祖父で、眼鏡が必要になるまでは武術道場を開いてた。
「瑛士よ、こんなかわいい外人さんが知り合いだなんて、聞いてないぞ」
「俺だって昨日知り合ったばっかりだよ」
知り合ったばかりの子が、朝から自宅に突撃してくるなんて、誰が想像できるんだよ。
昨日はちょっと興奮してるだけだと思うようにしてたけど、やっぱりリゼの本質は、
まったく、ベンチで話を聞いた俺の感動を返してくれ。
「いただきます」
とりあえず俺も畳の上に座り、ちゃぶ台に並べられた朝ご飯を食べ始める。
白米、味噌汁、漬物に目玉焼きのオーソドックスなメニューだ。
「あー……もう知ってると思うけど、紹介しとくよ。俺の父方の長太郎じいちゃんと、ミチばあちゃんだ。父さんが死んでから、ふたりに引き取ってもらったんだよ」
「改めまして、エイジ様の騎士、リーゼロッテ・アイレンベルクです! 主君をおそばで守るために実家まで来ましたが、ひとまず朝食をいただいています!」
朝から快活な挨拶を聞いて、ふたりともにんまりと微笑む。
「あらあら、かわいらしい子だねえ」
「いい子じゃないか、瑛士。こりゃあ、深月ちゃんが黙ってないぞ」
「昨日からもう、黙っちゃいないって。じいちゃんも、茶化さないでくれよ」
はあ、と俺がため息をつくと、テレビから騒がしい声が流れてくる。
『ダンジョンズ・ロアは今年度も第2シーズンに突入!』
ダンジョンでのイベントや施設情報が、地上波で流れるのは、今じゃ当たり前だ。
特にダンジョンズ・ロアについては、ニュースのワンコーナーを独占したり、特番が組まれたりするほどの人気があるんだよな。
『最注目の冒険者は、ワンオフのアドヴァンスド・アーマーを纏って戦う期待の超新星、彩桜瑛士だ!
「チャンネル、変えとくれ」
『かしこまりました』
ただ、うちじゃあダンジョンズ・ロアの話は好まれない。
音声認識でテレビのチャンネルが変わり、別のニュースに変わると、ばあちゃんが言った。
「はあ……えいちゃんねえ、まだ『だんじょん』に潜っとるのかい?」
ミチばあちゃんが、俺の冒険者活動にいい顔をしてないからだ。
「ええじゃないか、ミチ。瑛士もやっと、やりたいことが見つかったんだ。それに、わしのジークンドーも使ってくれとるんだぞ」
じいちゃんは早いうちからダンジョンズ・ロアへの参加を認めてくれたけど、正直なところ、ばあちゃんは俺に今でも引退してほしいって思ってるみたいだ。
まあ、孫を心配する気持ちは、分からなくもないけどさ。
「瑛士が有名になったら、わしのところに弟子入りする子も……痛だっ!?」
「なぁにをおバカなこと言ってるの! ダンジョンは危ないし、えいちゃんに何かあったら、あたしゃ死んでも死にきれないよ!」
「わしの孫じゃ、心配はいらんて、いだだだ!」
とまあ、こんな調子で喧嘩もする。
だいたい勝つのは、ミチばあちゃんなんだけどさ。
「
「賑やかすぎるくらいだよ……うし、ごっそさん」
空になった皿と茶碗の前で手を合わせて、俺は立ち上がる。
制服と鞄を見たのか、リゼも俺についてきた。
「おや、もしや学校に行くのですか? だったら僕も……」
リゼが何か言おうとするのを、俺は手を突き出して制した。
出会ってまだ2日目だけど、リーゼロッテ・アイレンベルクという人間が何を言うかを察せないほど、俺も
「騎士としてついて行く、って言いたいんだろ? 悪いけど、学校に部外者が入ってきたら、騎士だろうが何だろうが追い出されるぜ」
「いえ、僕は……」
「ダンジョンズ・ロアの話と、父さんの話の続きは、帰ってから聞くよ。それまではここで、ゆっくりしててくれ」
髪を軽く掻いて、俺は居間から聞こえてくる祖父母の声に耳を傾ける。
あの調子じゃもうちょっと喧嘩も続くだろうし、ばあちゃんの家事にかかる時間も長くなるに違いない。
だったら、手助けしてくれる奴が必要ってわけだ。
「もしも暇なら、ばあちゃんの家事を手伝ってくれるとありがたいな」
「
「ばあちゃん、叩きすぎたらじいちゃんがボケちまうぞ! そんじゃ、行ってきます!」
俺はリゼを置いて、奥の方に声をかけて家を出た。
近所でも大きい武家屋敷のような家ならリゼも見つけやすいか、と思うと、なぜか俺の口元が少し笑っていた。
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