第24話 ブロンズランク2!

 俺が『ダンジョンズ・ロア』に挑み始めて、数日が経った。


「――うおりゃああああッ!」


 高い壁が並ぶダンジョンにも、迫りくる醜悪な怪物にも慣れた俺は、今日も赤いアーマーを纏って、敵をなぎ倒していた。


『ゴオオォォ!?』


 ディバイドの圧倒的なスペックは、俺より倍ほど背の高いオークじゃ相手にならない。

 振りかぶった棍棒の一撃を避けて、すれ違いざまに頭を殴りつけると、たちまち浅黄色の肌の怪物は地に倒れて動かなくなった。

 さらに遠くから迫ってくるモンスターには、腕のアンカーを射出してやる。

 ぐるぐるとワイヤーを首に巻き付けて引っ張ってやれば、一撃でノックアウトだ。


『またも“赤鬼”彩桜瑛士がビッグオークを撃破! ブロンズランク2への昇格がかかった一戦で、ゲームクリアに王手をかけたにゃーっ!』


“うおおおおおお”

“つえええええ”

“赤鬼応援してるよ¥10,000-”


『巨大な剣だけじゃない、拳と射出武器のアンカーだけでも強烈な強さにゃ! 誰か、彼に挑戦する冒険者はいないのかにゃ~っ!?』


 実況席と天井のモニタードローン、コメント欄が俺の活躍で盛り上がる。

 で、この状況を良しとしない冒険者も、当然いるわけだ。


「上等だ、やってやるぜ!」

「赤鬼だって人間だ、囲んで攻撃し続ければリタイアするだろうよ!」


 どかどかと向こうから駆けてくるのは、トライヘッド型のアーマーがふたつ。

 赤いメモリを腕に差したそれが、勢いよく手をかざした。


「「スキルメモリ発動、火魔法『バーンウインド』!」」


 すると、2方向から炎が俺めがけて放たれた。

 アーマーを舐めるようにうねる炎は、モンスターならたちまち黒焦げになるほどだ。

 しかもこのやり方、あいつらはチームを組んでるってことか。

 大方、協力して邪魔者を排除してるんだろうが、今回は相手が悪かったな。


「いくら炎で周りを囲んだって、俺には関係ねえ! ブレイクエッジ展開ッ!」


 俺の声に反応して、右腕に搭載された巨大な刃がせり出す。

 青いマナを炎のように、すさまじい勢いで解き放つ。


「どおおおおりゃああああああぁぁッ!」

「「のわあああああッ!?」」


 そしてそれを一気に振り下ろすと、衝撃波だけで敵のアーマーが吹き飛んだ。

 かなり威力は抑えたんだが、ディバイドの必殺武器――『ブレイクエッジ』は、うかつに使うもんじゃないな。

 歓声と注目度、威力と引き換えに、相手をうっかり殺したんじゃ洒落にならない。


『出たにゃ、赤鬼必殺の『ブレイクエッジ』! 魔法スキルの攻撃もアーマーも、冒険者もまとめて吹っ飛ばされたにゃあ~っ!』


“かっけええ!”

“あれ、いつ発売されるの?”

“青い炎、また見たいなぁ”


 ガシャン、と武器を格納すると、倒れたアーマーがダンジョンの下に収納される。

 アーマーの内部モニターからも、冒険者の総数がふたつほど減ったと表示された。


「よし、あらかた邪魔な奴は倒したな」


 他の冒険者を倒したところで、これ以上は意味がなさそうだ。


「あとはオークを見つけて、討伐……ん?」


 今回のゲームの討伐目標であるビッグオークを探しに行こうとしたとき、不意にダンジョンの陰から、別のアーマーが飛び出してきた。


「お前、何してるんだ?」


 俺が声をかけたのは、そのアーマーがボロボロで、しかも弱弱しい様子だったからだ。

 どう見たって誰かのお古で、しかも戦うのだってやっとってさまだな。


「……あ、あなたを倒せば……僕だって、有名になれるんです!」

「そりゃそうだけど、止めといた方がいいぞ。言っちゃ悪いが、アーマーはここに来るまでにボロボロになってるし、声だって震えてるだろ」

「う、うるさい、うるさい! 『ダンジョンズ・ロア』なら、学校でいじめられてる僕だって、きっと英雄になれるんだ! あなたを倒せば、きっと!」


 本当なら放っておくか、軽くげんこつでもして終わりにするつもりだった。


「……これを使えば、僕にだって……!」


 そいつが、腕の装甲に黒いスキルメモリを突き刺そうとするまでは。


「――よせ」


 ほとんど反射的に、俺はそいつの腕をつかんだ。

 相手は慌てて抵抗するが、旧式のアドベンチャー型じゃあ、ディバイドに馬力で敵わない。


「は、離してください!」

「お前が手にしてるのが何か、分かってんのか?」

「ただのスキルメモリですよ! 強力な魔法を放つ、必殺の……」


 アーマーの中から聞こえる少年の声は、明らかに震えてた。


「そうじゃないって、分かってるんだろ? ダンジョンズ・ロアのルールどころか、ダンジョンの規律からも外れた、違法なメモリだって?」


 きっと、知ってるからだろうな。

 自分が今から使おうとしてるのが、ダンジョンの世界じゃあ絶対に認められない――田村山を廃人にした、『バグメモリ』だって。

 あのメモリはまだ、ダンジョンズ・ロアで使われているらしい。

 恐ろしい被害を食い止めるのも、俺がここで戦ってる理由のひとつだ。


『はにゃ? 赤鬼、何してるんだにゃ?』


 実況の女の子が首を傾げるのを感じて、俺は相手のアーマーに覆いかぶさる。

 誰にも見られないようにしてやると、アーマーの中から、すすり泣くような声がした。


「……こうでもしないと、僕は誰にも勝てないんです。だから……」

「だから、こんなもんに頼っちゃいけないんだろ」


 俺がはっきりと告げると、アーマー越しに体が震えるのが分かる。


「お前をいじめてる奴は、いつかゲームでぶっ飛ばしてやるさ。そうしたら、次はお前が勇気を見せる番だ。それまで戦って、もっと強くなれよ」


 そうして、少しだけ間を開けてから、相手は静かに言った。


「……リタイア、します……ありがとうございます、赤鬼さん……」


 ガコン、と音がして、ダンジョンの下にアドベンチャー型のアーマーが消えていく。

 どこの誰だか知らないけれど、ちゃんとバグメモリは運営かダンジョン管理下の人に沸かしてくれると、嬉しいな。


『何だか知らないけど、ゲーム続行にゃ! まだまだバトルは続くにゃ~っ!』


 さてと、こっちはこっちで、ゲームをクリアしないとな。





『ゲーム終了にゃ~! 今回のクリア目標を達成したのはただひとり、彩桜瑛士! そして見事、ブロンズランク2に昇格にゃ!』


“うおおおおおおお!”

“赤鬼最強! 赤鬼最強!”


 ひと悶着あってから、俺が今日のゲームのMVPになるのはすぐだった。

 ダンジョンの天井に花火が上がり、俺の名前がでかでかと表示される。


『おっと、ここで速報にゃ! ソーマ・エレクトロニクスのプリンセス、蒼馬深月もたった今、シルバーランク5に昇格したらしいにゃよ~!』


 ディバイドがしばらく映っていたモニターに、深月がまとう『鋼龍二式乙型』が現れる。

 4つの瞳を持つ、漆黒のアーマーもまた、勝利者として注目されてるんだ。


「……深月も、頑張ってるんだな」


 あいつと俺の夢や目標は違うけど、前に進むってのは変わらない。

 それに、幼馴染同士で肩を並べて戦うってのも、きっと面白いだろうな。


「待ってろよ、深月。きっと、お前に追いつくからさ」


 俺はぐっと拳を掲げて、モニターに向けた。

 ディバイドの黄色い瞳と、俺の黒い瞳が、近くて遠いあいつを捉えていた。

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