第23話 お見舞い!
T市総合病院の303号室には、ひとりしか病人がいない。
「――ごめんね、深月ちゃん。わざわざ来てもらっちゃって」
そのひとりが、俺の母親、彩桜
ベッドで上半身だけを起こしてこっちを見る、痩せこけた黒い長髪の女性が、母さんだ。
「気にしないで。こっちこそ、しばらく忙しくて顔を見せられなくて、ごめんなさい」
「謝るのはこっちだよ、病人の顔なんか見てもつまらないだろうに。天ヶ崎さんも、深月ちゃんとそこのバカを送って来てくれてありがとうございます」
「おい、バカはないだろ」
「ノープロブレムよ、ミス
毎週見舞いに来る息子に向かってその言い分なら、まだ長生きしそうだと安心したい。
けど、母さんは最近、以前にも増してげっそりとしてる気がする。
服の隙間から伸び出た腕の、枯れ木のような細さは、見ている方が不安になるんだ。
「母さん、最近また顔色が悪くなったんじゃないか? ちゃんと看護師さんの言うこと聞いてる? 出された病院食、残さず食べてるか?」
「子供に説教されるほど、こっちはやわじゃないよ」
ふん、と母さんは鼻を鳴らす。
「それより、担当医の村井さんから聞いたけど……あんた、病院の移動の話を持ち掛けてるって? 私に相談も無しってのも気にかかるけど、そんなお金、どこにあるのよ? もしも貯金を切り崩してでも、って話なら、ただじゃおかないよ」
どきり、と心臓が鳴った。
あの話はできる限り黙っておいてくれって言ったのに、早くも漏れちまったか。
「前にも言っただろう? もう私は忘れて、あんたはあんたの人生を……」
「心配すんなって、金が入ってくるいいバイトを見つけたんだ!」
嘘をついた俺を、母さんがじろりと睨んだ。
「……バイトなんて、出まかせ言うんじゃないよ。ダンジョンズ・ロアの投げ銭だね?」
ああ、やっぱり見られてたか。
そりゃそうだよな、ダンジョンズ・ロアは地上波テレビですら放送するくらいなんだから、見かけはするよな。
もしも俺が、田村山と戦ってた危険なシーンを目撃してたら――どんな気持ちで画面を見つめていたのかと思うと、罪悪感が胸の奥からこみあげてくる。
「あんたの人生だ、私は口出ししない。けど、お願いだから怪我と無茶だけはしないでおくれ。あんたに何かあったら、こっちは死んでも死にきれないよ」
「死ぬなんてそんな、縁起の悪い……」
「ママさん、瑛士は大丈夫です。私が絶対に、守るから」
歯切れの悪い返事しかできない俺の代わりに、深月が言った。
「深月……」
こんな時、はっきりとものを言ってくれる深月の存在はありがたい。
想いを伝えてくれる彼女に、俺はきっと、知らない間に何度も助けられたんだろうな。
「……深月ちゃんみたいな子がいてよかったね、瑛士。はやく嫁に迎えてやりな」
それと同じくらい、困ったシチュエーションに叩き込まれることもあったな、うん。
「え、ええっ!?」
仰天する俺とは裏腹に、深月は目を輝かせて頷いてた。
「挙式には来てね、ママさん」
「深月も何言ってんだよ!?」
「コングラチュレーション! 瑛士クンは恋人には困らなさそうね……あら?」
隣でけらけらと茶化してたケイシーさんが、ふと震えるスマートフォンを片手に画面をじっと眺めた。
「ソーリー! お仕事の電話よ、ちょっと席を外すわね!」
言うが早いか、ケイシーさんはさっと病室から出て行った。
「あ、はい……深月は引っ付くなって、母さんも笑ってんじゃねえ!」
となると、深月も母さんも止められるやつはいなくなるわけだ。
病室はいつもよりずっと騒がしくて、隣から怒られないか心配だったけど、それでも大笑いしてる母さんの表情にはそれ以上の価値があった。
この笑顔が守れるなら、俺はダンジョンズ・ロアでまだまだ戦える。
そして投げ銭を貯めて、もっといい病院で治療してもらうんだ。
いつか、じいちゃんとばあちゃんと一緒に――深月も一緒に、笑って食卓を囲むっていう、大きな夢を叶えるために。
「瑛士、式場はどこがいい? 私は海が見えるところがいい」
「どこでもいい、じゃなくて、そんな話はしなくていいっつーのっ!」
俺は無表情で頬ずりしてくる深月を引き剥がしながら、そう決意した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
病院のすぐ外で、女性の声が聞こえる。
「ハーイ。私よ、ケイシーよ」
スマートフォンを耳に当ててけらけらと笑う、外国人。
「瑛士クンの検査結果が出たらしいわね? データを送ってちょうだい」
彼女が耳からそれを離し、画面を見ると、少しだけ顔が険しくなった。
「……リアリー?」
彩桜瑛士という人間の情報。
『ソーマ・エレクトロニクス』の上層部にしか共有されないデータをハッキングして手に入れた、非合法なデータ。
一歩間違えれば刑務所送りの危険な橋を渡る理由が、天ヶ崎ケイシーにはあったし、それに見合う価値も確かにあった。
「骨密度、筋肉の強度、神経系……どの数値も、常人の数十倍あるわね。確かにダンジョン開発の過程で医療技術は発達したけど、だとしても異常だわ」
ただし、瑛士の秘密は、ケイシーの想像をはるかに超えていた。
送信されたデータが事実なら、瑛士には国で保護して研究する価値がある。
だが、『ソーマ・エレクトロニクス』が許可を出さない――そもそも、ケイシーのところまでこの情報が行き渡っていないのもおかしいのだ。
何より、ダンジョンズ・ロア運営が何も知らないわけがない。
毎回ダンジョン探索をしている彼のデータを持っていながら、彼らはそれを隠匿して、瑛士にアドヴァンスド・アーマーを装着させている。
「センキュー、ボーイ。言っておくけど、このことは他言無用よ」
通話を切り、ケイシーは空を眺める。
まるでダンジョンズ・ロアに参加するために存在するような男の子。
彼が最強のアーマーを装着して、世界中の注目を浴びるように仕立て上げた者がいる。
ならば――その真意は何なのか?
そもそも、彼がディバイドを手に入れたのも、記憶の一部がないのも偶然なのか?
「……蒼馬我心、これもユーの計画のひとつなの?」
頭をよぎるのは、この世で最も憎い男。
彼はケイシーから、何よりも大事なふたりの男性の命を奪い去ったのだ。
「だったら、全部潰してあげるわ。瑛士クンを、『ミシックエリア』探索の道具になんかさせない。それがインディアナおじいちゃんから、いいえ――」
胸ポケットから取り出したロケットを開き、彼女は唇を噛んだ。
「――照直
つう、と頬を涙が伝った。
彼女の名は、天ヶ崎ケイシー。
生きる理由は、ただひとつ。
信じた人から頼まれた、ただひとつ。
――「彩桜瑛士を守れ」、である。
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次回から新展開、レイドバトル編!
新たなヒロイン、新たなアドヴァンスド・アーマーが登場する予定です!
ご期待くださいっ!
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