第22話 バグメモリ!
「あらーっ! お熱いのね、おふたりさん♪」
「どわああああああっ!?」
ケイシーさんの声を聞いた瞬間、俺は思わず跳び上がった。
俺達が座ってるベンチの後ろに、いつの間にかケイシーさんがにやにやしながら立ってたんだ――この人、神出鬼没かよ。
「スチューデントが学校でそんなことをするなんて、ちょっといただけないけど……もしも邪魔なら、用事は後にしておこうかしら?」
「いやいや、邪魔なわけないですよ!」
「ケイシーさん、タイミング悪い。もうちょっとだけ待ってくれればよかったのに」
「余計なこと言うなっての! 深月に用事があるんですよね、ケイシーさん?」
残念そうな深月から慌てて離れた俺の問いに、ケイシーさんは首を横に振った。
「いいえ、用事があるのは瑛士クン、君の方よ」
「え?」
俺に用事ってことは、ディバイドかアーマーに関することだろうか。
「田村山が使ってたスキルメモリの件、もう深月ちゃんから話は聞いたかしら?」
なるほど、そっちの件か。
やっぱりケイシーさんも、あのメモリが気になるよな。
「あ、はい。田村山がどうなったかも聞きました」
「なら話は早いわね。実はあのスキルメモリ……ダンジョンおよびシティエリア保全課、ダンジョンズ・ロア運営も知らないところで、相当数が出回ってる可能性が出てきたの」
おいおい、そりゃなんともまずそうな話だ。
聞いた話じゃ、あの違法メモリは使う直前まで普通のメモリと変わらない見た目らしい。
フリマとかで買ったメモリが広まっても、誰も気づけない。
「田村山の行動範囲から、メモリを違法に売買する組織をパトロールが捕えたわ。でも、そいつらは仕入れ先と顔も合わせたことがないトカゲの尻尾……しかも、すっかりメモリを売り切った後だったのよ」
「ということは、他にもあのメモリを使おうとしてる人がいる?」
「もう使ってる人がいるのよ。昨日、ゲーム終了後に検査をしたところ、田村山ほどじゃないけど異常な数値を示した冒険者が何人かいたわ」
俺の背筋を、嫌なものが奔った。
田村山は自業自得だとしても、他にメモリを買った冒険者の中には、それが危険なものだと気づかずに使ったのかもしれない。
その恐怖は、襲い来る悪夢のような結末は、どれほどだろうか。
「ソーマ・エレクトロニクスはあのメモリを『バグメモリ』と呼ぶことにしたわ。これまでの違法メモリとは違う、ダンジョンズ・ロアを侵食しかねない
「バグメモリ……」
「あのゲームを見た後にバグメモリを使おうなんてバカはそうそういないと思うけど、世の中には自分なら大丈夫、なんて勘違いをするミラクルバカがいるものよ。しかも肝心のメモリ自体は、完全に
バグメモリ――この世の異物。
使えば一時の力と引き換えに、すべてを失う。
何かに怒りをぶつけようとしても、メモリそのものが消えてしまう。
残るのは後悔と、無力感だけ。
救いようのないバカならともかく、ただダンジョンズ・ロアを楽しんでいるだけの冒険者に毒牙が突きつけられたならと思うと、心臓がちくりと痛む。
「ケイシーさん、ダンジョンズ・ロアは続けられるの?」
「世界的なゲームよ。対策はするけど、この程度じゃ止められないわ」
しかも、ダンジョンズ・ロアは今まで通り運営するらしいじゃないか。
つまりまだまだ、犠牲者は増えかねないんだ。
「こちらで調べられる範囲で残ってる手掛かりは、瑛士クンのアドヴァンスド・アーマーに残った戦闘データと、実際に交戦した二人の記憶よ。そこで……」
俺はとっさに、ケイシーさんの話を遮った。
「メモリについて、覚えてることなら全部話します」
ほとんど反射的に、言葉が口をついて出た。
こぶしを握り締めるほど、俺の感情は強くなってた。
「『ダンジョンズ・ロア』って、たまに死人が出ますよね」
「ええ、年に何度かだけど……ダンジョン探索は、決して安全なお遊びじゃないもの」
「分かってます。それだけ皆、本気になるんですよね」
ケイシーさんが頷いた通り、あのゲームはへらへら遊べるものではない。
モンスターの致命的な一撃、ダンジョン生成時や設置されたトラップの直撃、あるいは冒険者間での戦いで「ついうっかり」アーマーを超えてダメージが入る。
些細なことで、ほんの不注意で、冒険者の死亡事故が発生してる。
「死ぬほど危ない戦いだったとしても、冒険者は戦う。夢があったり、野望を抱えてたり……誰も止まらない。弱くたって前に進む人がいる」
どれだけ苦しい目に遭っても、ランクを上げたがる人はいるはず。
ただ、その勇気や願望が、狂気に変わるのはいつだって一瞬だ。
「でも、負けが込んで……ランクが落ちて、ちょっとの気の迷いでバグメモリを手にした人が……辛い経験をするなら、助けたいって思う」
俺の頭の中を過ったのは、二つ前のゲームで出会ったあの姉妹だ。
もしも彼女達がゲームに負け続けて、どんな手段を使ってでも勝ちたいと思った時、バグメモリがきっと差し伸べられる。
善良な皮を被った、悪魔の顔をして。
そのアイテムを使って勝った後に、待ち受ける無惨なさだめはどんなものか。
姉妹は一時の誘惑に負けた悲しみを、一生背負い続けるんだろうか。
世間じゃ使ったやつが悪いなんて扱いをするんだろうけど、それでも――。
「俺は赤鬼として、そういう悲しみを止めたいんだ」
「瑛士……」
「ダンジョンズ・ロアで、俺は戦う。バグメモリの不幸を広げないって、誓うよ」
ただお金を稼いだり、最強を目指したりするのも大事だ。
でも、それと同じくらい大きな目的が俺にできた。
赤鬼だって――必要なら、青鬼のように誰かのために犠牲になるんだ。
もちろん、父さんについての記憶を呼び覚ますのだって、大事な目的だぜ。
「瑛士がやるなら、私も手伝う。ケイシーさんには、お世話になってるし」
隣の深月と一緒にケイシーさんの目を見ると、彼女はくすりと笑った。
「……本当にいい子ね。大事にされてたのが、よくわかるわ」
「……?」
言葉の意図は分からなかったけど、決意は伝わったみたいだ。
「空いた時でいいから、ソーマ・エレクトロニクスに来てちょうだい。そこで少しだけあの時の状況について聞かせてもらいたいの。もちろん、報酬は弾むわよ」
「報酬って?」
「毎日学校まで、スーパーカーで送ってあげる。超目立ってカッコいいわよ?」
ランボルギーニだがフェラーリだかで毎日送ってもらえるのは、確かに男の理想だけど、学校じゃあ目立ちすぎて仕方ない。
そもそも、今はダンジョンズ・ロアの赤鬼ってだけで、異様なほど目立ってる状態なのに。
「あー……その代わりに、学校が終わったら行きたいところがあるんです。そこまで送ってくれませんか? 深月も、一緒に来てくれないかな?」
「うん、どこにでもついてく」
「あたしも構わないけど、どこに行くのかしら?」
俺は屋上から、ずっと遠くに目をやった。
何よりも大事な人がいる場所は、歩いて行くと遠いけど、車ならちょうどいい。
「T市総合病院に――母さんの見舞いに。賑やかな方が喜ぶから、皆で行きたいんです」
にっと俺が笑うと、ふたりも笑い返してくれた。
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