第21話 父の秘密!

 ランクアップがかかったゲームの翌日、俺は一日中ぼんやりとしてた。

 『レッドアラート』を使ってからの体の調子は、そう悪くなかった。

 アーマーの中で気絶してたって聞かされた時には驚いたけど、怪我もなかったし、せいぜい体からだるさが抜けきらないくらいだ。

 ゲーム自体がひとまずなかったことになると聞かされても、なんとも思わなかった。


 どうにも頭にもやがかかったまま、俺は家に帰って、次の日普通に学校に行った。

 相変わらず上級生、下級生問わず、俺のもとには色んな生徒が来て話を聞きたがるけど、自分でも何を話したのか覚えてない。

 ただ、人に囲まれるのが嫌になって、昼休みは屋上にこっそり抜け出した。


「……ふう」


 誰もいない屋上で、ベンチに腰かけて空を見ると、もやが晴れていくような気がしたのに、どうにも心はすっきりしない。


「――ここにいたんだ、瑛士」


 大きくため息をついた時、隣から聞き慣れた声が俺を呼んだ。

 隣にすとん、と座った彼女は、やっぱり深月だ。


「……深月か」

「どうかしたの? ずっと上の空だよ」


 ぼんやりしてた自覚はある。

 深月の声も、なんだか遠くに聞こえるくらいなんだから。


「昨日のドロー・ゲームを気にしてるなら、誰にだってある。私だって負けることもあるし、うまくいかない時だってある。気にしてたら、きりがない」

「…………」

「田村山が頭の隅にあるとしたら……もうネット掲示板で見てるかもしれないけど、二度と私達の前にも、世の中にも出てこない。あのスキルメモリを使ってから、体に異常な変化が起こったらしいの」

「……変化?」


 深月が頷く。


「まるで、生命力をメモリに吸われたみたいに痩せ細って、木の枝みたいになってた。ダンジョン専門の病院に入院させられたみたいだけど、退院しても、ダンジョンズ・ロアどころかまともな生活も送れない……当然の報いだけどね」


 そこまで話すのを聞いて、俺は首を横に振った。


「いや、昨日の引き分けも田村山も、気にしちゃいないよ」

「じゃあ、何が気になってるの?」


 うざったいほど晴れた空を少しの間だけ眺めてから、俺は口を開いた。


「……俺さ、父さんが事故を起こしてから、一度も口をきいてないと思ってたんだ。ずっと家の倉庫にこもってたし、母さんの病気がひどくなって、そんな余裕もなかったしな」


 事故が起きて、俺と父さんの間には埋まらないみぞができた。

 だから一言も会話をしないのも、顔を見た記憶がないのも当然だと思ってた。


「でも……でも、違うかもしれないんだ。俺は記憶に蓋をして、本当に大事なことを忘れてるかもしれないんだよ」

「本当に大事なことって?」


 深月の問いかけで頭に浮かぶのは、昨日のゲームで見せたディバイドの姿だ。


「昨日見せた、『レッドアラート』ってあっただろ? 炎を体中から噴き出して、すごい速さで動くあれだよ。ケイシーさん、あの機能があるって言ってたか?」

「ううん、だから驚いてた。アーマーの内部データも含めてかなり解析したのに……きっと、ブラックボックス・システムの一部に、まだ見つかってないものがあるのかもって」


 ケイシーさんも知らない力を、俺が知っていたわけじゃない。


「あれさ、記憶の中の父さんが教えてくれたんだ。困った時はレッドアラートってつぶやけって。俺はあそこで思い出すまで、ずっと忘れてた」


 どうして思い出せたんだろうか。

 答えはひとつだ。

 俺とディバイトの繋がりが、きっと俺自身も覚えていない記憶を呼び覚ましてくれた。


「もしかすると、父さんは何かを伝えたいのかもしれない。ディバイドと一緒に戦い続ければ、俺の知らない……父さんの真実が見えるんじゃないかって、そんな気がするんだ」


 オカルトな話なんて、あまり信じない。

 運命とか宿命とか、信じるほどヒロイックな人間でもない。

 だとしても、俺には父さんが伝えたかったことがあると確信していたし、それを追い求める必要があるんだって直感できた。

 その為にも、ここで俺は戦い続けないといけない。

 ディバイドを装着することがなかったら、きっと知らないままだったんだ。


「深月、ダンジョンズ・ロアに誘ってくれてありがとうな。お前があの時、無理矢理でも俺を引っ張ってくれなきゃ、父さんと向き合えなかった」

「……!」


 俺が過去を知るきっかけになった深月にお礼を言うと、彼女が猫みたいな顔を見せた。


「……そう思ってくれるなら、嬉しい。私はいつでも、瑛士の助けになるから」


 今度は甘えたがりの猫のような表情で、深月がゆっくりと俺に近づいてくる。

 なんだか嫌な予感がして、俺は上半身を少しのけぞらせる。

 深月がこんな顔をするときは、たいていろくでもない要求をしてくるときなんだ。

 バレンタインに教会を貸し切って結婚式のをするとか、ホワイトクリスマスを演出するために人工雪を東京中に降らせるとか。

 もちろん、ひとつだって許したことはないけども。


「あー……深月? この手は、ええと、なんだ?」

「ふふっ、何だと思う? ヒントは、瑛士が逃げられないようにする前準備だよ」

「ほぼ答えじゃねーか! ちょ、おま、力強いなっ!?」


 ぎゅっと俺の手のひらに、深月が指を絡めてくる。

 わずかばかりに蕩けた顔が、どうにもセンシティブだ。

 いや、幼馴染をそんな目で見るな、俺。


「……瑛士、そういう気分かも」

「どんな気分だよ!?」


 訂正。

 こいつの頭の方がセンシティブだ。

 蒼馬深月は、空いた手で俺の太ももをさすって、何をしでかすつもりなんだ。


「ダメ! 何か分からないけど、ここは学校! つーか、まだそんな関係じゃないだろ!」

「言質取ったよ。まだ、だよね」

「そういう意味じゃ……」


 俺の抵抗なんて無意味だと言わんばかりに、深月の顔が近くなる。

 吐息がかかる。

 唇が触れそうだ。

 こうして近くで見ても、いや、遠くから見たって、深月は美人だ。

 瞳は吸い込まれそうなほど大きくて、体のどこも柔らかそうで。

 こんなに魅力的な女の子はいないぞって、俺の脳がサイレンを鳴らしまくってる。


「じゃあそのまだ、を今すぐにしてもいいよね? ううん、もうしちゃうね」

「ま、ちょ、あの、心の準備が、できれば優しく……!」


 ああ、もうダメだ。

 美少女に迫られてしまったんだから、もうどうしようもないじゃないか。

 というか、流れなら、勢いに任せちゃったなら仕方ないか。

 そう思った俺は、とうとう幼馴染と一線を――。

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