第18話 悪との激突!
さて、壁をぶち壊して無理矢理深月を探し当てたまではいいが、状況はよくないみたいだ。
死屍累々の田村山の子分と、明らかに敵と距離を取ってる深月。そしてわけの分からない黒いオーラに身を包んである悪の大親玉ときたもんだ。
「深月、怪我はないか?」
「うん、大丈夫。それにしても、壁を破壊できるんだね」
「俺もできるかどうか怪しいって思ってたんだが、やってみるもんだな。ところで、田村山はどうなったんだ? あいつ、あんな雰囲気じゃなかっただろ?」
俺が駆けよると、深月は神妙な顔を外部ホログラム・ディスプレイに映し出して頷いた。
「気を付けて。今の彼は、おかしなメモリで強化されてる」
「おかしな……メモリ?」
確かに田村山の様子はおかしい。会場にも、歓声の中にざわつきが見える。
“赤鬼でもヤバそう”
“逃げろ!”
“絶対違法メモリだって”
“BANしろ”
コメント欄もやや荒れ気味の状況で、何もないって思う方が無理があるだろ。
けど、それが俺の足を止める理由にはならない。
「とにかく、田村山とはここで決着をつけとくべきって雰囲気だな!」
「……ク、クク……!」
ケタケタと震えて笑う田村山も、どうやら同じ気持ちみたいだ。
「願ってもない登場だぜ、彩桜瑛士いいいぃぃッ!」
言うが早いか、田村山はどかどかと地面を踏みしめながらこちらに向かってきた。
速さは大したことはないけど、足元を見ればパワーの異常さは分かる。
ただ走ってきてるだけなのに、みしみしと床がつぶれるような音がするからだ。
「オラアアァァッ!」
勢いそのままに殴りかかってきた敵の拳を、俺は片手で受け流した。
すると田村山の拳は壁に激突して――円形に、巨大なひびを創り上げた!
俺がブレイクエッジにマナを溜めて放った一撃と同じことを、簡単にやってのけたんだ!
(こいつ、デンジャーモンスターどころじゃないパワーだ! 拳を受け流してなかったら、ディバイドの装甲でも粉々に砕け散ってたかもしれねえ!)
アーマーごと頭が砕け散る想像が脳裏をよぎれば、さすがに冷や汗もんだ。
そんな俺の不安を読み取ったのか、あるいは思考回路が暴力に呑まれてるのか、田村山は狂ったようにパンチラッシュを連続で畳みかけてきた。
「オラオラオラオラッ!」
『やっべえぇ~っ! バフスキルで強化された田村山の猛烈ラッシュだァ~っ!』
攻撃は単調、勢いは普通。
なのに威力は骨に響くほど強烈だ。
『Warning! Warning!』
それこそ、内部モニターに警告が表示されるほどの勢いだ。
「ちっ、この……!」
このままだと田村山の一撃が俺の骨を砕きかねない。
どうにかしないとって俺の頭がフル稼働し始める中、不意に背後から鋭い気配がした。
「瑛士、
声に従い、とっさに屈んだ俺の頭をかすめたのは、赤と金色の
掠めるだけでも熱さを感じるほどの威力を秘めた矢が、田村山に直撃して、アーマーごと吹き飛ばした。
驚いて振り返る俺の目の前では、弓を引き絞る姿勢のままの深月がいた。
「雷と火の矢!? 乙型の魔法スキル、すげえな!」
あんなもんをもろにくらえば、きっと俺なら一撃ノックアウトだ。
そう思ってもう一度田村山の方を見ると、あいつは煙の中から平然と立ち上がってきた。
「あ~……何かしたか、あァ?」
「おいおい、あんなとんでもない一撃をもろにくらって無傷って、そりゃないぜ」
しかもぼやく俺に猶予を与えないかのように、もう一度殴り掛かってきたんだ。
「瑛士!」
「来るな、深月!」
俺が深月に警告するのと、増設した装甲で攻撃を受け流すのはほぼ同時だった。
こっちは鋼龍のものだから、ディバイドほどの耐久力はなく、すぐにひびが入る。
「ぎゃははははは! ようやく理解したぜ、『狂暴化』を!」
サイケカラーの内側から聞こえる声と、装甲をかすめる拳の嫌な音が重なる。
「痛みを感じねえ、何をされたってアーマーの耐久値も減らねえ! しかもパワーが並のバフスキルより何倍も上がってるってことはだァ~……今の俺は無敵だああァ!」
狂った笑い声に圧されはしなくとも、死が近づいてるのは確かに感じる。
『絶体絶命の危機か!? 赤鬼の彩桜、猛ラッシュで押されてるぞォ~!』
「ぎゃははははは! 死んじまえ、死ねよ彩桜おぉ!」
「ちッ……!」
感情に身を任せた乱雑な打撃だったからか、幸い、俺がラッシュから逃れるのはそう難しくなかった。
距離をとってもさほど意味はないが、落ち着く時間は大事だ。
ただ、実況の言うとおり、間違いなくこれは絶体絶命の危機だな。
攻撃の回避には限界がある。
直撃すればどうなるか分からない。
どうする、どうする、どうする――。
「お前を殺したら、次は蒼馬の番だ! アーマーごとぐちゃぐちゃにぶっ潰して! ブチ殺して! 親でも見分けがつかなくしてやるぜえええぇッ!」
――田村山の言葉を聞いた途端に、俺の頭が、ひとつの感情に支配された。
今、こいつは誰を殺すって言ったんだ?
(……深月を、だと……?)
ぷつん、と頭の中で何かが切れた。
脳みその中身を異様な速度で、分泌された
深月を破壊すると言ったこいつを、このまま生かして帰すべきではないと心臓が喚く。
こいつは今、越えちゃいけないラインを越えた。
すべてがスローモーに見える空間で、俺は間違いなくキレたんだ。
――そういえば昔も、こんなことがあったような。
――今と同じように怒りの境界線を越えた出来事があったような。
『父さん、いい加減にしろよ! いつまで機械いじりしてるんだよ!』
ああ、確かにあったよ。
激情が頭をよぎった瞬間、俺の瞳に、最後に父さんを見た記憶が映った。
ずっと記憶の底に封じ込めていた記憶だ。
だって、怒るってのは嫌な思い出だし、この時は父さんのあまりの無神経さに、今までないほど激怒したんだから。
『昨日母さんが入院したのに、ずっとここにいたってのか!? 母さん、ずっと父さんの名前を呼んでうなされてたんだぞ!』
『いいんだ。これでいいんだ』
『いいわけないだろ! あの事件からずっと、家族もほっといて、父さんは……』
俺が叫んでも、父さんはアドヴァンスド・アーマーを弄ってばかりで振り向きもしない。
背中越しに見える――赤い角を携えるあれは、ディバイドだろうか。
いや、少し違う。
もっと禍々しいというか、人間が着こむような形じゃない。
あの時の俺は、怒りに身を任せていて、こんなのにちっとも気づかなかった。
『……お前がこれを使って、きっと私の無実と、正しさを実証してくれる』
ただ、父さんが振り向いたあとに言ったセリフだけは、鮮明に思い出せた。
『瑛士、困った時にはこう言うんだ。いいかい――』
骸骨のようにやつれた父さんが、よどんだ瞳で呟いた言葉。
田村山がもう一度攻撃しようとするのを見据える俺の口から、無意識に漏れ出た言葉。
「――『レッドアラート』」
そして――絶対に、言ってはならない言葉。
俺がそれを口から発した時、体中が燃えるように熱くなった。
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