第19話 レッドアラート!
心臓の奥で、何かが爆発したかのような衝動。
全身を血液じゃなく、炎が巡るような感覚。
『おいおい、何だよこれは!? まるで警告音みたいなノイズがディバイドから鳴りだして、アーマーから……蒸気か、いや、ありゃあ……』
実況席の声やダンジョンの音が遠く聞こえるほど、頭が激情で煮えたぎる。
ディバイドに異変が起きたのか、あるいは俺がおかしくなったのか。
その答えは、深月が息を呑む音に現れた。
「青い……炎……!?」
ダンジョンのモニターをちらりと流し目で見た俺の網膜にも、深月と同じものが映った。
角、関節、装甲の隙間から揺らめく青い炎を解き放つ――ディバイドの姿だ。
顎を覆うように搭載された装甲が開き、牙がむき出しになる。
目がかっと見開いて、内部の円形疑似眼球が露出している。
これじゃまるで――本当の鬼じゃないか。
「深月、下がってろ。多分、装着してる俺自身もディバイドを止められる気がしねえ」
いや、鬼で構わない。
(心臓が高鳴る、鼓動が早くなる!)
鬼だ、悪魔だって恐れられても、今だけはいい。
(あいつを――
青い炎と共に、俺の感情が完全に爆発した。
「はっ、何が楽しくてしゅーしゅー炎なんて噴いてるのか知らねえが、そんなこけおどしが俺に通用すると思ってんのかァ!」
どかどかと駆け回って接近してくる田村山に、今は微塵も恐怖を感じない。
黒いオーラも、自分よりずっと高い背も、暴力も、何も怖くないんだ。
『田村山も負けてねえ! 今までで一番アクロバティックな動きで来るぜ!』
「瑛士!」
「大人しく死んでな、クソガキが――」
田村山がゲラゲラと笑いながら振り下ろそうとした拳は、あくびが出るほど遅く見えた。
5分の1、いや、10分の1ほどの速度にしか見えない。
これで俺を倒せると本気で思ってるなら、現実を叩き込んでやるべきだな――。
「う、ぶげッ?」
――きっと田村山の目に留まらないほどの、超高速の左ストレートで。
アーマーにひびが入るほどの、強烈な一撃でだ!
「ごっばぎゃああああああ!?」
宙を3、4回転して吹っ飛んだ田村山は、壁にめり込んでやっと止まった。
観客席はしん、と静まり返った。
『……ワーオ……』
“きたああああああ”
“やったあああああ”
“ざまあああああwwwww”
“いけいけいけ!”
完全な静寂とコメント欄の熱狂が渦巻く中、俺は指の関節をアーマーの中で鳴らす。
「今のは深月への迷惑料だ、しっかり味わえ」
はっきりとそう言うと、ディバイドの内部モニターが赤く染まり、音が鳴った。
『
そして機械音声が聞こえてくるのと同時に、青い炎の角が一層伸びた。
俺の感情に呼応するように揺らめくそれを見た観客席が、遂に爆発したように沸いた。
「すごい……炎が、鬼の角みたいに……!」
深月の視線が、俺に突き刺さる。
絶叫と歓声と騒音が耳を
「ここからはお前が暴力を振るってきた相手の分だ! おらあああああッ!」
そうして、田村山の腹に膝蹴りを叩き込み、次いで右手で殴りつける。
「がッ! ばぎッ!? うぐええええッ!?」
田村山が倒れ込むのを許さず、左右の拳で殴打を繰り出し続ける。
収納したブレイクエッジも、今の俺が使えば立派な鈍器だ。
連撃を打ち込むジークンドーの格闘技術と合わされば、兵器と言っても過言じゃない。
いくらアーマーで威力が殺されてると言っても、痛くないわけがないだろ。
『信じられねえ~っ! バフもかかってないのに、彩桜の全スペックがあり得ないくらい上昇してやがる! まるでアーマーがオーバーロードしてるみてえだぁ~っ!』
そうだ。
俺とディバイドは、もう誰にも止められない。
怒りも、青い炎も、田村山を殴る拳のラッシュも、誰も止められない!
『おっと、今入ってきた情報によると、ありゃあ内蔵型スキルメモリの魔法スキルが発動したみたいだな! けどあんなとんでもねえ効果のスキル、一度も見たことないぜ~!?』
内蔵されたスキルメモリの話なんて、ケイシーさんは一度だってしたことない。
気になるところだけど、ひとまずダウンしない田村山に、引導を渡してやらないとな!
「ふ、ぶざげんなああああああッ! おれが、ごのおれがどうじで……」
田村山の喚き声なんて、もう聞いてやる気はない。
詫びの一言も漏らさないこいつの前で、俺はブレイクエッジを展開する。
刃のすべてに炎が
そして残されたマナのすべてを吐き出すように、俺は――。
「ダンジョンの下で反省してろ、このクズ野郎があああああッ!」
ブレイクエッジを、田村山の脳天に叩きつけた!
「ぼごおおおおおおッ!?」
めきめき、と何かが砕ける嫌な音がした。
黒いオーラが雲散霧消し、田村山のアーマーが今度こそひしゃげた。
「おぼ……が、が……げッ」
痙攣して俺の足元に転がっていた田村山は、すぐにダンジョンの地下に沈んでいく。
そうして今度こそ、完全に俺とあいつの戦いに決着はついた。
「……ふう。とりあえず、気分はスカッとしたな」
へへ、と俺が小さく笑うと、観客席が爆発したかのような歓声が轟いた。
『決着~~ッ! 彩桜VS田村山は、“赤鬼”彩桜瑛士に軍配が上がったぜえぇ~~~~ッ!』
“よっしゃあああああ”
“赤鬼最高赤鬼最高”
“すっきりしたぜ!”
“ありがとな~!”
実況やコメントまで勝利を祝福してくれるのは、なんだか悪い気分じゃないな。
そう思いながらブレイクエッジを畳むと、深月が駆け寄ってきた。
「瑛士、大丈夫なの?」
「大丈夫って、何がだよ? ちょっと体は痛むけど、それくらいで……あれ?」
俺なら元気百倍だって言おうとしたけど、言えなかった。
『count“0”――
ピロリン、と頭の奥で音が聞こえた。
その途端、全身から煙が噴きだすのと同時に、意識がふっと遠のき始めた。
何が起きたのか、カウントがゼロになるとどうなるのか。
もしかすると、10秒のカウントが過ぎてもまだこの状態を維持してると、なんだかとんでもない事態になるんじゃないのか?
「え、何が、起きて――」
体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちていく俺の耳に、実況アナウンスが聞こえる。
『……あー、皆! アガッてるところでがっかりするかもだが、ここでゲームは中止だ! どうやらさっきの田村山が使ってたメモリに、調査の必要が出たらしいぜ!』
中止、調査、メモリ――。
あれ、頭が、ぼんやりとして、何も、考え――。
『今回のゲームはドローっ! また次回のランクアップに挑んでくれよな、チェケラーっ!』
深月と実況の声、騒ぎ声がこだまする中、俺は意識を手放した。
暗くなる視界に最後に映ったのは、俺を覗き込む『鋼龍二式乙型』の4つの瞳だった。
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