第17話 【side深月】最悪のスキル

「火属性スキルメモリ、2本相乗そうじょう。射抜け、『バーンストライク』」


 雷を撃ち込むだけじゃ、テストにはならない。

 今度はスキルメモリを炎に変えて、敵が投げてくるナイフや剣を跳びながら避けて、逆さの姿勢のまま矢を放つ。

 飛び出すのは、触れるだけでアーマーを焼く炎だ。


「あっづああああああッ!」

「ぎゃああああ!」


 近づいてくるお間抜けさんには、斬撃をお見舞いする。

 もちろんこっちにも、魔法スキルを付与してある。

 アドベンチャー級のアドヴァンスド・アーマー程度なら、まず一撃で沈められる。


『ワーオ、超クールだぜ! 黒くスマートなアーマーが、一対のカタナと弓矢で冒険者を切り裂くさまは、まるで漆黒のファントムだ~っ!』


“あれ欲しい!”

“俺も買いてえな”

“やっべえええええ”

“乙型、発売日いつだ!?”


 うん、販促としてのリアクションは上々。

 あんまり暴れすぎるとマナが尽きるけど、もう少し暴れるくらいならいいかな。


「雷、風属性スキルメモリ発動――『スラッシュストーム』」


 スキルメモリふたつ、属性魔法スキルの同時撃ち。

 風と雷が、矢の形になって大量に吹き荒れるさまは、まさしく嵐そのもの。

 アドベンチャーどころか、装甲の硬さがウリのトライヘッドでもまず耐えられない。


「「どっぎゃあああああ!?」」


 これだけ派手にやれば、何体敵が多くても関係ない。


『ヘイヘイヘーイ! 田村山チームは、もう親玉を残すだけだ~っ!』


 実況と観客席が大騒ぎするように、田村山の一派はボスしか残ってない。

 プルプルと体と顔を震わす、サイケデリックなおバカさんだけ。


「この、野郎……!」

「あとはあなただけ。逃げるなら、好きにして」

「……ふざけんな……てめぇのアーマーの中でぐちゃぐちゃになったツラを拝むために、俺が何も準備せずにここに来たと思ってんのかァ!?」

「思ってる。だってあなた、バカだから」

「ほざいてろ! 俺には、俺にはこれがあるんだよ!」

「……?」


 田村山が腰のメモリスロットから取り出したスキルメモリは、妙だった。

 普通のスキルメモリは、使用する魔法の属性によって色が変わる。

 赤や青、黄色、緑、属性のない魔法だったら水色だったり、無色だったり。


 だけどそのメモリは――真っ黒。

 黒玉ジェットのように、真っ黒。


「……それは?」

「俺の知り合いに、ダンジョンズ・ロアのアイテムを専門で売るやつがいてな! ソイツが近ごろ珍しいスキルメモリが手に入ったってんで、試しに使ってやるんだよ!」


 私の質問に答えるより先に、田村山が喚きながらメモリを差し込んだ。


「スキルメモリ発動、『超絶強化』――」


 なるほど、『超絶強化』ってスキル名なんだ。

 聞いたことはないけど、多分田村山はどんな能力か知ってるんじゃないかな――。




「――『』、レベルゼロ?」




 ――いいや、違う。

 田村山自身が、自分の顔の横に浮かんだスキル名を見て首を傾げてる。

 自分が知っている情報と違う、何が起きてるかって分からない様子だ。


「ど、どうなってんだ!? 話が違うぞ、こいつはただ身体能力とアーマーの防御力を上げるだけの魔法スキルだって、あいつもそう言って……」


 彼は何かを言おうとしたけど、その途端、アーマーの全身を黒い電流がほとばしった。

 私には分かる、あれはただのバフ魔法じゃない。


「あああああああ、が、があああああああああーっ!」


 少なくとも、使った人間が激痛でのたうち回るような危険なスキルメモリは、ダンジョンズ・ロアほどの無法地帯でも使用は許可されてない。

 もしも使うとすれば、ゲーム初期から短期間だけ流行った、危険なアイテムだ。


「まさか、スキルメモリ?」


 『違法メモリ』。

 使用者を蝕んだり、観客に危険が及ぶほどの威力を持つ魔法スキルを有したメモリ。

 安全性とゲームのフェアさを保つために、使用は随分前に禁止された。

 今でもまだ、ゲーム開始前には違法性がないかチェックされる。だから、普通のゲームならまず誰も持ち込めないし、ゲーム中でも発覚すれば失格になる。


“おいおいおいおい”

“やべえええええ”

“失格にしろ!”

“BANだろこんなの”


 観客どころか、実況すらも動揺してるんだから、明らかにあの様子は異常だ。


『いやいや、違法スキルメモリじゃねえんだな、これが! こっちのセンサーに感知されてない以上、ルール上は問題……やべえな、あれ……!』


 でも、ルールに触れないのなら、それは誰にも現状はとがめられない。

 たとえそれが――トライヘッドを禍々しいオーラで包むほどの魔法であったとしても。


「……いい気分だぜ、蒼馬深月」


 ゆっくりと顔を上げた田村山の顔は、きっとアーマーの中で笑っている。

 なんだか嫌な予感がして、私が弓を引くより先に、あいつが動いた。


「今の俺に――敵はいねえなァッ!」


 田村山は乱雑に、ただ乱暴にチェーンアレイを振るった。

 それだけだというのに、とんでもない勢いでダンジョンの床が吹き飛んだ。

 デンジャーモンスターの一撃どころじゃない、人間業とは思えない破壊力だ。


「……っ!」


 武器を通じてこれなのだから、直に殴りつけられればどうなるか。

 反射的に距離を取った私の頬を、汗が伝う。


「次に砕けるのはてめぇの頭だぜ……蒼馬深月ィ!」


 武器を向けられるのとほとんど同時に、私も弓をつがえた。


「スキルメモリ、雷魔法。『サンダーシュート』、発射」


 さっきはなった雷魔法よりもずっと強い、ほぼ最大出力の矢。


「雷だァ? こんなもんが効くと思ってんのか!?」


 なのに田村山は、避けようともしなかった。

 直撃したところで黒いオーラを破るどころか、彼を転ばせることすらできない。

 攻撃力だけじゃなく、防御力も並じゃない――というか、アーマーの域を超えてる。


(最大出力でもびくともしない。体力は減ってるはずなのに、何が起きてるの?)


 数値上では明らかにダメージが入っているし、モニターに表示される攻撃力も、絶対に敵のアーマーの防御力を上回ってるのに、こんなのおかしい。

 ひとまず距離を取って、相手の動きを見ないと。


「始めて後ずさったな、蒼馬深月! だが絶対に逃がさねえぜ、てめぇの頭をダンジョンにこすりつけて、小便漏らして詫び入れさせるまで永遠に追いかけ――」


 田村山の挑発を無視してでも動き出そうとした、その時だった。





 とんでもない音と共に、壁が揺れた。

 いや、違う。

 壁が崩れた。


「な、なんだあァ!?」


 あの高くて厚い壁を破壊できる人なんて、シルバーランクでもほとんどいない。

 でも、私は誰が壁を壊したのか、誰が来たのか、知ってるよ。


『お前ら、来たぜ来たぜ! ダンジョンの壁をぶち壊して、ヒーローのお出ましだ~!』


“おおおおおおお”

“きたあああああああ”

“いけえええええええ!”


 実況やコメントの盛り上がる通り、やって来たのは私のヒーロー。

 きっと、ううん、私が困った時に助けてくれる、私だけのヒーロー。


「――深月に触るんじゃねえよ」


 彼の名前は、彩桜瑛士だ。

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