第16話 【side深月】漆黒の幻影

 ――観客の騒ぐ声は、あまり好きじゃない。

 ――私と瑛士だけの時間を、邪魔されるような気がするから。


「う、ぐう……!?」


 でも、何かが起きた結果を確かめるアンテナとしての意味合いなら、そう嫌いじゃない。

 特に今みたいに、他の冒険者が確実に倒れた証拠として動いてくれるなら。


(とりあえず、ひとりは処理した)


 冒険者が着こんでいたカスタム仕様の『アドベンチャー』型アーマーは、今しがた魔法攻撃の矢が直撃して、一撃で倒れ伏した。

 アーマーがダンジョンの奥に消えていくのを見てから、弓を折り畳んで、私は一息つく。

 ソーマ・エレクトロニクスの一人娘がダンジョンズ・ロアに挑むと知ってから、モンスターじゃなく私を狙う冒険者が増えた。

 狙うのが瑛士じゃないだけ、まだましかな。

 ただ、瑛士も今はすっかり有名人。

 きっとブロンズランクに上がるのを、阻止しようとする人も多いはず。


(瑛士を待つだけなら、あそこで立ち止まっていてもよかった。でも、私の目的は瑛士をブロンズランクに昇格させること。なら、ライバルは減らしておいて損はない)


 そう考えていた私のモニターに、パッと冒険者のアイコンが映った。


(アイコンが表示されてる……複数人、こっちに向かってる)


 意図的にひとまとまりになった、グループ的な行動。

 このシチュエーションでわざわざ集合して迫ってくる人は、ひとりしか思いつかない。


「……やっぱり。一番会いたくない人」


 予想は当たってほしくなかったけど、当たっちゃった。

 円形の広間の奥、太い道からぞろぞろと出てきたのは、田村山工兵。

 がちがちに追加装甲を増設して、とげ付きのシールド、チェーンアレイを装備したサイケカラーのトライヘッドなんて、そうそういないから嫌でも覚えてしまう。

 ついでに後ろに引き連れてる『しもべ』も同じ色なんだから、気持ちが悪い。


「そりゃあキツイ言い分だな。こっちはあんなにラブコールをしてたってのによ」


 瑛士以外からのラブコールなんて、吐き気がする。


「どうして私に執着するの? ブロンズランク1に残ってないで、シルバーランクに上がればいい。そうすれば、もっとあなたの好きな戦いを楽しめる」

「俺はさ、戦いが好きじゃないんだよ。人を合法的にいたぶるのが好きなんだよなァ!」


“クズじゃん”

“こいつどうしようもないな”

“ドン引きだわ”


 こんなどうしようもない理由でダンジョンズ・ロアに参加する人は、意外と多い。

 もっとも、腕っぷしだけが取り柄の人はたいてい途中で辞めてゆく。

 暴力だけじゃここでは勝てないって、いつになれば学習するのかな。


「コメントで俺に死ねだの何だの叫んで騒いでる連中も、腹の底じゃ楽しんでやがる! 人がボコボコにされて泣き喚いて、アーマーの中でゲボ吐いてるのをな! だから俺が、そいつらを喜ばせてやるのさ!」


 この人もげらげら笑ってるけど、どうせ同じように消えるさだめだ。


「だがな、そんな俺をてめぇは負かした。じゃあどうするかって、決まってんだろ?」


 外部ホログラム・ディスプレイで、汚らしい自分の顔まで見せるなんて、どれだけ思い上がっているのだろう。

 ここまで間抜けだと、同情の念すら湧いてしまう。


「俺は手段を選ばねえぞ! 今度はてめぇが、地べた這いずって詫びを入れる番だァ!」


 周囲の子分は、彼を持ち上げるように「かっこいい」とか「さすがだ」とか言ってる。

 いい加減大言壮語たいげんそうごを聞くのも嫌になった私は、小さくため息をついた。


「よかったね。あの時、音声を拾われなくて」

「あァ!?」


 忘れているようなら、もう一度思い出させてあげよう。

 実況どころか、観客に聞こえるように、ちゃんと言ってあげよう。


「――『調子に乗ってすいませんでした』」

「……ッ!」


 田村山工兵が――私と初めて戦った時に漏らしたセリフを。

 観客席に聞こえるように、ゲームの様子を映すドローンが、一言一句聞き逃さないように。

 初めての試合で完膚なきまで叩きのめされて、ひいひいと泣いていたあの無様な姿を、皆がちゃあんと理解できるように。


「『もう体中痛いんです』『リタイアするから許してください』……私があなたにとどめを刺さなかったのは、あんな風にぶつぶつ呟いてる姿が哀れだったから」

「て、て、てめぇ……ッ!」


 映し出された顔が、怒りと恥で真っ赤に染まってゆく。


“wwwwww”

“草不可避”

“実況ww何か言ってやれww”

“かわいそwwwww”


 天井のモニターでは、コメントどころか、実況すら笑いをこらえてる。

 それじゃあ、冷静さを損なわせるための、トドメの一押し。




「ねえ、どんな人生を送ったら、そんなに惨めになれるの?」

「――ぶっ殺せええぇぇッ!」


 驚くほどあっさりとキレた田村山が、部下をけしかけてきた。

 数は6、7人ほど。

 どれも魔法スキルを使わない、物理戦闘特化型のトライヘッドとアドベンチャーの群れだから大したことはない。


「『鋼龍二式乙型』のスペックを試すのは、モンスターが良かったんだけど、まあいいか」


 だから私にとって、あれらは全部でしかない。


 四つの目をギラリと光らせ、『刀剣可変型とうけんかへんがた大弓だいきゅう』を展開する。腕に搭載されたスキルメモリを弓のスロットに押し込み、ぐっと特殊素材製の弦を引き絞り――。


「スキルメモリ発動。雷属性『ライトニングショット』付与――発射」


 二股の矢の形をした雷撃を解き放った。

 空気を裂いて奔るいなずまが、一番近くに迫っていた敵に直撃する。


「ぐぎゃああ!?」

「なんだこりゃ、痺れ、あがッ!?」


 たちまち2機のアーマーを雷撃が貫き、機能停止に追い込んだ。


『おうおう、こりゃ早速デンジャラスだぜ! あのクレイジーガイ、田村山がプリンセス蒼馬と一騎打ち……いや、下っ端を引き連れて大暴れしてんぜェ~っ!』


 実況の人、うるさい。

 プリンセスって呼んでいいのは、瑛士だけなのに。


「あの弓、魔法スキルの威力を増幅して発射してんのか!?」

「意外だね。脳みそが詰まってないように見えるのに、理解力はあるんだ」


 足を止めた田村山と有象無象の前で、私は威嚇いかくするように矢を向ける。


「もともと近接戦を主眼に置いた鋼龍二式を、マナ貯蓄量を増やしたうえでスロットを増設して、魔法スキルによる攻撃回数と威力を高めた。それがこの、乙型」


 説明してあげれば戦うのをやめるかと思ったけど、相手はそこまで頭がよくないみたい。


「だ、だったら近づいてぶん殴ればいいだけだろうがァ!」

「その程度で倒されるなら、私は乙型を任されてない」


 もう一度襲い掛かってきた田村山の子分の、大鉈おおなたを使った雑な斬撃をひらりとかわす。

 すれ違いざまに弓を分割すれば、大小の刀として近接用の武器に変わる。


「なにっ!? 弓が分かれて……ひぎぃ!」


 そして今度は二振りの刃で、アドベンチャー型に雷の斬撃を叩き込んだ。


「うぎゃあ!?」


 叫び声と共にどう、と倒れて、敵の影はたちまちダンジョンの地下に消えてゆく。


「近接戦闘が苦手だって判断するのは間抜け。ソーマ・エレクトロニクス製のアーマーには必ず刀が装備されてる。これも例に漏れない、サイズと本数が違うだけ」

「ぐっ……!」


 怖気おじけづいた雑兵とお山の大将に、私は光る刃を向けた。


「それじゃあ、やろっか。お望み通りの戦いを」


 瑛士をバカにした連中を、早々に殲滅せんめつしてしまおうと思いながら。

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