第9話 【side深月】彼は私の太陽
『彩桜瑛士選手、ゲームクリアーっ!』
ダンジョンズ・ロアの選手待合室に設置されたディスプレイから、歓声が聞こえてきた。
私の周りに座って談笑していたプレイヤー達が、瑛士の映る画面にくぎ付けになってる。
さっきまでビギナーは大したことなかった、とか言ってたくせに。
「おいおい、あのビギナーのガキ、またクリアしやがったぜ」
「本当ね……普通、2戦目には日和って負けることが多いのに……」
それはあなた達だけ。
油断して、ひどい目に遭った思い出を他人に重ねてるだけ。
口をぽかんと開けて瑛士の活躍を見るだけの人達に、きっと彼の本当の強さも、優しさも理解できない。
まあ、その方が私にとってもありがたいけれど。
ぱたん、と読んでいた本を閉じた時、ケイシーさんが待合室に入ってきた。
「深月、あなたのダーリンが勝ったみたいよ?」
「最初から知ってた。瑛士がこんなところで負けるわけないから」
きっと、ケイシーさんもこの結果は予想してたはず。
「聞いたところじゃ、他の冒険者に集中攻撃されてた女の子を助けたんだって。相手はビギナーランクに降格してから初心者狩りを続けるようなヒールプレイヤーなのに、一撃でノックアウトするんだから……あたしも、彼に胸キュンしちゃったカモ?」
「瑛士は困ってる人を見捨てない。素敵な人」
うん。やっぱりこの人も、私と同じで彼の魅力を見抜いてる。
それはそれとして、ちゃんと言っておかないと。
「でも、ケイシーさん――瑛士を私から奪ったら
私が警告すると、ケイシーさんじゃなくて、周りの人がびくりと震えた。
この気持ちに嘘はない。
瑛士を奪う人なんて誰ひとりとして許さない――ケイシーさんも、例外じゃない。
「ジョーク、ジョークよ! あたしだって家に帰ったらダーリンがいるんだから、彼以外の男なんてノーサンキューだわ!」
そうなんだ、知らなかった。
「ケイシーさん、結婚してるの?」
「言わなかったかしら? フロリダでベイビーの面倒を見てくれてるのよ」
じゃあ、大丈夫かな。
私もいつか、瑛士と私のベイビーと一緒に暮らしたい。
子供の名前はもう考えてるけど、まだ瑛士の心の準備ができていないだろうから、また来週にでも聞かせようと思う。
「……時間だね」
じきにブロンズランクのゲームが始まるとアナウンスされ、私は席を立つ。
「それにしても、随分な入れ込み具合ね。あのどこにでもいそうなボーイの何が、深月をそこまでかき立てるのかしら? あたし、気になって仕方がないわ!」
「……彼は太陽だから。いつだって、私を後ろから照らしてくれた」
「後ろから? それはミステリーね、太陽は前から照らしてくれるものでしょう?」
それは普通の人。瑛士は、普通の人じゃない。
「ひとりぼっちの私に、いつでも手を差し伸べてくれる。私のやりたいこと、お願い事を困った顔で手伝ってくれる。ぽかぽか温かい声で、背中を押してくれる。彼が太陽じゃないなら、他のどんな光も私を照らせない」
彼が声をかけてくれるまで、私の人生は暗い月のように孤独だった。
ソーマ・エレクトロニクスの代表取締役の一人娘と聞けば、昔から誰もろくに接してくれないし、話しかけるなんてありえない。
教師も遠慮しがちで、友達を作ろうとしてもその子の親が距離を取らせた。
孤独には慣れっこだった私が、孤独を嫌うようになった理由。
それが――隅っこで座り込んでた私に初めて手を差し伸べてくれた、瑛士だから。
「だから、瑛士を認めないパパを、私は認めない」
私は彼が傍にいることすら許さないパパ、蒼馬我心が嫌いだ。
最高級の焼き肉屋に連れて行ってもらって、山盛りの牛肉を振る舞われても、嫌いだ。
『インタビューを見たぞ、深月』
『そう』
『瑛士くんは幼い頃から知っているし、確かに立派な男児だ。だが、
『パパには関係ない』
向かい合って個室でお肉を食べていても、出てくるのは企業と自分の名声の話だけ。
瑛士のパパさんだって、
『第一、お前の未来を考えてみろ。お前との婚約を望む男を集めれば、世界中の大企業が手を挙げる。ソーマ・エレクトロニクスを引き継ぐ男は、そこから……』
『私の幸せじゃない。パパの、企業の幸せだよね』
だから私は、パパの話は聞き流してる。
焼かれた肉を食べるだけ。
皿が3枚、4枚と重なっていくさまを見ながら、黙々と。
『少なくとも、武勲の一つでも上げられなければ、私が納得する理由にはならん』
『分かった。ダンジョンズ・ロアで瑛士をパパに認めさせる』
ただ、パパと約束だけはさせた。
瑛士の力を見せつけて、世界中に私と瑛士の関係を知ってもらうんだって、ぱくぱくと最高級カルビを食べながら、私は決意したんだ。
『深月……私が育てた肉だけを食べるのはやめなさい』
100グラム1万円の肩ロースを食べながら。
1枚数千円の牛タンを10枚ほど食べながら。
『深月、聞いてるのか。自分でも肉を焼きなさい。やめなさい、私が頼んだ骨付きカルビをひとりで食べきるのはやめなさい、やめ、熱づっ、トングで人を叩くのを――』
――とうとうパパが私の箸を止めようとしてきたあたりで、記憶のもやが頭から晴れた。
周りにケイシーさん以外の人はいない。皆、準備に向かったんだ。
「……そろそろ時間だね。行ってくる」
本を置いて立ち上がる私の肩を、ケイシーさんが叩く。
「深月、今回初めて装着してもらう『鋼龍二式
「分かってる。パパにとって、商品をアピールするチャンス」
「あなたの技能を披露するいい機会でもあるわ。さ、レッツゴーよ!」
にこっと笑う彼女が技術担当で、本当に良かった。
この人は、瑛士の次に信用できるから。
「……うん」
ほんの少しだけ――慣れない笑顔で返して、私は待合室を出た。
その日のゲームは、自分で言うのもなんだけど、今までで一番盛り上がった。
『信じられません! 魔法をまとった矢が、モンスターを2匹同時に貫いたぁーっ!』
私がまとうアドヴァンスド・アーマー『鋼龍二式乙型』は、漆黒の稲妻。
金色の光を伴い、ダンジョンの闇を裂く雷鳴。
スマートな流線型のラインと4つの瞳は、決して敵を逃さない。
『快勝、圧勝! 蒼馬深月選手、最新型アドヴァンスド・アーマーの性能をいかんなく発揮して、華麗に勝利ですっ! ブロンズランク3、ランクアップ確定ぇーっ!』
冒険者全員とモンスターすべてを倒した私は、いつになく、ぐっと拳を握り締めた。
これなら瑛士を導けると確信したから。
待ってて、瑛士。
大好きだよ、瑛士。
あなたが私を照らした分だけ――今度は私が、あなたを幸せにしてみせるから。
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