第8話 正義の赤鬼!

『おっ、おおおお~っ! マジかマジか、あの赤鬼はなんとピンチの新米姉妹を助けるために、あれだけの数の冒険者に挑むつもりだぞーっ!?』


“おおおおおお”

“かっけええええええ”

“やれ! やれ!”

“赤鬼すこすこ侍です”


 信じられないほど観客席が沸き上がり、コメントが爆速で流れていく。

 他の参加者が目立たないのは悪いけど、今回だけは許してくれ。


「……お前、最近話題の赤鬼だな?」


 さて、連中の視線は女の子達から俺に移った。

 こいつらは誰も剣や盾を装備してないけど、代わりに真っ黒なローブを装着してる。

 確かケイシーさんが話してた、スキル攻撃を中心にしたトライヘッドの派生形――『ウィザードタイプ』だ。

 つまり、肉弾戦じゃなくて魔法で攻め立てるってわけだな。


「見りゃわかるだろ。その子たちにこれ以上、攻撃するな」

「てめーには関係ねーだろ! さっさとリザードマンでも倒してクリアしてろよ!」

「目の前で人をボコってるの、見て見ぬふりなんかできねえよ。お前らこそ、さっさとモンスターを倒してゲームクリアしたらどうだ?」


 ま、相手が誰だろうと、無視なんてしてられるか。

 ここで引き下がったら、深月もケイシーさんも――何より俺が、俺自身に幻滅げんめつするっての。


「いいぜ! 先にお前から相手にしてやるよ!」


 俺の望み通り――あるいは観客や運営の望み通り、乱暴者のトライヘッド5体は俺を標的に変えた。

 おかげで、襲われてたふたりは逃げる機会を与えられたみたいだ。


「そこのふたり、動けそうか?」


 ガキョ、メコ、と音を立てて、女の子のアーマーがぎこちなく動く。

 緑色の光を手から放っている方は傷が浅いようだけど、倒れ込んでいる方は装甲に大きな破損痕はそんこんが見て取れる。

 水の魔法の一撃は、アドベンチャー型じゃあ耐えきれないみたいだ。


「お、お姉ちゃんが私をかばって、たくさんダメージを受けちゃって……回復魔法のスキルメモリを使ってるから、まだ動けないです! ご、ごめんなさい!」

「謝んなくてもいいって。じゃ、逆にそこから動くなよ。ブレイクエッジに巻き込まれないようにな!」


 もっとも、逃げられないならやりようはある。

 右腕を変形させて、俺はブレイクエッジを地面に突き刺す。

 身の丈ほどもある刃は、相手に威圧感を与えるのにも大きく貢献してくれるぜ。


「うっ……あの剣、ヘカトンケイルを一撃で殺した武器だ……!」

「ビビんなよ! あんなデカい剣を振り回せば、動きが雑になるに決まってる! いつものように囲んで、魔法スキルで丸焼きにしてやるぜ!」


 一対一で叩こうとしない辺り、敵も対人戦闘をやり慣れてるって感じだ。

 こいつら、本当にビギナーランクの冒険者か?


「よし、取り囲んだ! スキルメモリ発動、『水流砲ウォーターキャノン』!」


 疑問を抱く俺を、トライヘッドが四方から取り囲む。

 そして両手をかざすと、魔法陣と共に凄まじい水流が俺に叩きつけられた。


「わははははは! どうだ、どうだぁ!」


 この水量、はっきり言って人間どころかモンスターも死ぬ勢いだ。

 リザードマンもスライムも、きっと水圧で潰されてあの世行きだろうな。


『四方八方から水の大砲の攻撃だ! こりゃあ、赤鬼もダメかも~!?』


“殺す気かよ!”

“やば!”

“いくらなんでもリタイアだな”


 コメント欄も実況者も、俺がやられるって思ってるみたいだ。

 そんな調子だから、連中がゲラゲラ笑うのも当然と言えば当然だな。


「ちょっと有名になったからって調子に乗ってんじゃねえよ!」

「お前みたいな初心者は頭冷やして、でけえツラしねえでさっさとおうちに――」


 じゃあ、そろそろ夢から現実に引き戻してやるか。

 とっても痛くて、怖い現実にな。


「――ぶぐっ?」


 俺から見て右側のトライヘッドの頭に、ブレイクエッジが直撃した。

 やつら、何が起きたか理解できてないみたいだ。

 といっても、俺は特におかしなことは何もしちゃいない。

 単に魔法が全然効いてないから、高速で激流に逆らって突っ込んだだけだよ。


「悪りいな。水鉄砲くらいでひしゃげるほど、ディバイドはやわじゃねえんだよ」


 めきめきと奇怪な音と悲鳴を上げているのは、トライヘッドの方だ。

 ひとつ目――モノアイって言うんだっけ、それから光が消えてぐしゃぐしゃに潰れゆく。


「ケイシーさんが言うには、アドヴァンスド・アーマーの攻撃が他のアーマーに当たる時、防衛システムが起動するんだってさ。だから、斬ろうとしても斬れないんだ」


 真っ二つにして相手を死なせないと知っているなら、遠慮なく斬れる。

 ムカつくやつなら、特に容赦せずに!


「けど、叩き潰すことはできる。今のお前を砕くには、これで十分だあぁっ!」

「ぶぎゃげぎょおおお!?」


 俺が一気にブレイクエッジを振り下ろすと、トライヘッドが地面に激突した。

 いや、違う!

 あまりに勢いが強すぎて、文字通り頭から先がジャングルの大地に刺さったんだ!


「……あ、あぁ……?」


 ぴくぴくと痙攣けいれんするだけの冒険者を見て、水が途絶えた。

 しん、と静寂が訪れた。


『――信じられな~~いっ! 無傷の赤鬼の一撃が、チューンナップされたトライヘッドを頭から潰したぞ! あんなのもう、人間業じゃないってぇ~~っ!』


 次に戻ってきた音は、実況と一緒に響き渡る大歓声だ。


“あれは痛い”

“いてええええ”

“タヒ不可避”


 空間が揺れるほどの声と、モニターが埋まるほどのコメント。

 それらすべてに気圧されて後ずさるトライヘッドの群れを、俺はぎろりと睨んだ。


「さて、と。次に潰されたい奴は前に出ろ。一瞬で終わらせてやる」


 ちょっとした威圧のつもりなんだが、効果はずっとあったらしい。


「「わ、わああああああ~っ!」」


 残った全員が棄権を選択したのか、悲鳴を上げてダンジョンの床の中に消えていった。

 もちろん、ぐったりと動かないトライヘッドもだ。


「賢明な判断だな……そこのふたり、回復はもう済んだか?」


 俺が声をかけると、アドベンチャー型のアーマーがよろよろと起き上がる。


「い、今、スキルメモリを使い終わりました!」

「あの、ありがとうございます!」


 立ち上がってぺこぺこと頭を下げる体力があるなら、問題なさそうだ。

 あいつらみたいに、リンチを仕掛けるようなやつはいないと祈るか。


「じゃ、あとは頑張れよ。俺が助けるのはここまでだ」


 ひらひらと手を振って歩き去る俺の姿が、モニターに映る。

 おっと、他の連中が誤解しないように、ちゃんと釘を刺しておかないとな。


「言っとくけどこんなのは今回だけだぞ! 他のやつらは期待すんなよ!」


“ツンデレだ”

“ツンデレ乙”

“どうせまた助けるぞ”


「助けねえって言ってるだろ!」


 ぎゃーぎゃー怒鳴る俺と、コメント欄との言い合いはしばらく続いた。


 ああ、リザードマンならその間に7匹ぶっ飛ばして、ゲームはクリアしたよ。

 MVPにも選ばれたけど、インタビュー中は頭が真っ白になってしどろもどろで恥ずかしいから、思い出さないことにした。

 ――やっぱ、毅然とインタビューに応えられる深月はすごいなあ……。

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