第7話 2度目のゲーム!

 その日の夜、俺はまたダンジョンに来ていた。

 今度は前回とは違う、うっそうと茂る木々のステージだ。


『ヤッホー! ダンジョンで富と名声を得ようと頑張るひよこちゃん冒険者のみんなーっ! 今日も今日とて、ダンジョンズ・ロアの時間だよーっ!』


 今回は壁がなく、かわりに樹木が道の代わりになってる。

 草木の影からモンスターが飛び出して来たら、ひとたまりもなさそうだ。


『観客席でも話題になってるけど、今回の注目冒険者は、あの彩桜瑛士!』


 俺がディバイドを装着すると、実況の声に釣られるように大歓声が轟いた。

 鬼のような仮面をわずかに上に向け、天蓋モニターに映してやると、歓声はもはや爆発音のようにすら聞こえる。

 こっちはまだビギナーだってのに、随分大袈裟じゃないか。


“うおおおおおお”

“赤鬼キタ――(゚∀゚)――!!”

“キターとか何年前だよ”

“応援してるよ!”


『既になんて異名がついてる、超クールなニュービー! 同接数は現時点で500万超え! 世界中が君を見てるぞ、赤鬼君♪』


 ただ、応援されるのは悪い気分じゃない。

 きっとダンジョンズ・ロアにハマってる人は、こういう熱に弱いんだろうな。


『けど、あのヘカトンケイルを倒した実力が本物かどうか、ここではっきりさせとこうじゃないの! 他の冒険者からも狙われるだろうし、今日は大変だよーっ!』


 実況の言う通り、俺はすっかり有名人。

 つまり、俺を倒したなら名声はそいつに移るし、狙わない理由はないよな。


『今回の討伐目標はリザードマン10匹! アドヴァンスド・アーマーと同じ素材の武器を装備したモンスターは、数で押してくるから注意しないとボコられちゃうぞ♪』


 アーマー内部と、ダンジョン上部の超大型モニターにモンスターの姿が映った。

 成人男性と同じくらいの大きさの、兜と鎧を纏った顔がトカゲの人間。

 あんなのまでダンジョンで養殖できるんだから、技術の進歩ってすごいよな――この前はドラゴンの養殖にも成功したらしいし。


『それじゃあ行こうか! エクスプローション……スタートっ!』


 おっと、いかんいかん。

 俺って結構ぼんやりするところがあるから、いつもこうやって出遅れるんだよ。

 ふと気づいたときには、もう周りの冒険者が動く音が響いてた。


「敵が多いなら、ブレイクエッジは使いづらいな。大人しくステゴロで倒すか」


 ジャングルみたいに草木が乱雑に生えたダンジョンの中に足を踏み入れて駆け出すと、早速モニターに映ってたのと同じリザードマンが2匹、草むらから姿を現した。


『キシャーッ!』

『ガアゥ、キャアオッ!』


 ここは新しい武器を試すチャンスだ。

 ぐっと拳を握り締めると、装甲からナックルガードがせり出す。


「ケイシーさんから教えてもらったけど、ディバイドにはこういう武器もあるんだよ!」


 リザードマンが剣を振るう前に、俺はモンスターの顔を勢いよく殴りつけた。


『ギギャアア!』

『アギィーッ!?』


 正確に言うと、ナックルガードに備え付けられた爪がリザードマンを1匹引き裂いた。

 深月は「ディバイドの武器がブレイクエッジだけだ」って言ってたけど、後でケイシーさんが隠れた武器を教えてくれたんだ。

 ブレイクエッジは大振りで使いづらいところもあるし、小回りの利く装備はありがたい。


『すごいすごい、赤鬼の瑛士が早くもリザードマン2匹を爪で切り裂いた! というか、鎧を紙みたいに切っちゃうって、どんな切れ味なのーっ!?』


 リザードマンも剣で攻撃してきたけど、かすった程度じゃディバイドは止まらない。

 一瞬で2匹を同時に倒すと、わっと観客席が沸き上がった。


“攻撃食らっても無傷じゃん”

“マジの鬼だ”

“クソカッコいい!”


 モンスターの死骸が回収される中、俺はモニターを見つめた。

 流れるコメントと、ドアップで映し出される俺。

 ついでに横の方でちらちらと浮かんでくる数字は……スパチャ、ってやつか?

 しかも、赤鬼の彩桜って二つ名は超カッコいい。


「鬼、か……悪くないな!」


 こんな扱いを受けてワクワクしない高校生が、いないわけがない。


(このまま有名になったら、お金ももっと入ってくるかも? そしたら治療費で母さんを心配させることもないし、じいちゃんとばあちゃんに海外旅行でも……)


 この調子でいつも世話になってる祖父母に恩返しでも、なんて夢想してた時だ。


「きゃああっ!」


 モニターから響いた叫び声が、俺の目をたちまち覚まさせた。

 何が起きたのかと顔を上げると、ふたつのアーマーが、樹木を背にしてうずくまってる。

 他の冒険者に囲まれて、スキルで集中攻撃を受けてるんだ。


『ワーオ! 早くもダンジョン内で冒険者同士が激突してるみたい!』

「お姉ちゃん、助けて……!」

「う、くぅ……!」


 水流を浴びて苦しんでるふたりを見て、観客席は大盛り上がりだ。

 いい気分じゃないけど、ダンジョンズ・ロアってゲームはこういうもんだよな。


「おいおいおい、襲われてるのって俺より年下の……女の子じゃないか?」


 女の子だってわかるのは、ディバイドのモニターの左下に、攻撃を受けるふたりの顔が表示されてるからだ。

 ちなみにアーマーの機能で、内部の顔をディスプレイで映すこともできる。

 だけど、今は性別なんてどっちでもいい。


(偶然出会ったって感じじゃねえよ、明らかに何人かでリンチしてるだろ! 流石にあんなのを放ってゲームクリアするほど、俺も金の亡者もうじゃじゃないっての!)


 自分のことばかりを考えるほど、俺はクズじゃない。

 どっちかっていえばお人好しで、損するタイプだろうな。

 けど、今はそれでいい。

 俺は俺らしく、やるべきことをやる!


『カアァッ!』

「やかましい!」

『ギュエ!?』


 後ろから襲いかかろうとしたリザードマンの顔面を裏拳で叩き潰し、俺は走る。


『あらら、噂のニュービーが冒険者同士の戦いに乱入しようとしているみたい! もしかして、こわーい鬼さんらしく、まとめて全員やっつけちゃうつもりなのかな!?』


 何を言ってんだ、実況は。

 ガワは怖いけど、俺は乱暴者でも悪党でもないっつーの。


“そんなことすんなよ”

“マジモンの修羅だ”

“こえええ”


 いや、コメントも引っ張られるなよ。

 ファンなら信じてくれよ。

 ちょっとアーマーの中でがっかりする俺だけど、このままじゃどうにも信用なんてしてもらえなさそうだし、行動で示すしかなさそうだ。


「よーしお前ら、そこまでだ!」


 地面が抉れるほどの勢いで止まった俺が叫ぶと、同じ色に染めたトライヘッドの集団が振り向いた。

 どいつもこいつもトゲトゲな上にサイケな色彩で、目が痛くなる。

 こんな見るからに悪党っぽい格好をしてるなら、ぶっ飛ばしても心は痛まない。


「女の子をいじめるような奴のところには、鬼が来るんだぜ」


 散々弱いものを泣かせたやつらに、俺は拳を突きつけた。

 そしてディバイドの、目を模したセンサーが光り、敵を捉えた。

 さあて、ここからは――お前らがく番だ。

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