第6話 ディバイドと瑛士の謎!

「ふーん……じゃあ、俺じゃなくて、深月が装着しても勝ち抜けるんじゃないか?」


 さらっと俺が聞くと、ケイシーさんは真顔で首を横に振った。


「無理ね。このアーマー、はっきり言って常人が装着すればただじゃすまないわ」

「え?」

「このアドヴァンスド・アーマーはスペックを限界まで引き出すために、装着者への負担を無視した構造になってるのよ。はっきり言って、危険だわ」


 さも当然のように、ケイシーさんが言った。

 データ映像の中の鬼の目が、俺を睨んでるように見える。

 まるで「俺を使いこなしたと思ったら大間違いだぞ」と警告しているように。


「そんじょそこらの冒険者が装着して動こうとすれば、多分足の骨が衝撃に耐えられずに砕けるわね。モンスターの一撃なんて受けようものなら、デッド・エンドよ」


 ケイシーさんはさらりと言ってのけるけど、俺にはとてもそうは思えない。

 だって、あのアーマーを装着してヘカトンケイルを一撃で倒した時も、特にそんなおかしなことはなかった。

 ゲームが終わった後、ちょっと筋肉痛になったくらいだ。


「極めつけはこの『ブレイクエッジ』。刃が敵に触れた瞬間に爆発的にマナを放出して勢いを加速させて破壊する武器だけど、これも常人が使えば良くて腕が千切れ飛ぶし、悪ければ肩まで持っていかれる。テリブルプロブレムだわ」

「そ、そこまでですか?」

「そこまでよ。ついでに言うと、スキルが一切使えないのは、スキルメモリがないからじゃないわ。ブレイクエッジに使うマナ総量が多すぎて、マジックなんて使ってられないのよ。ブラックボックス・データも残ってるし、謎だらけだわ」


 素人の俺だって、ここまで説明されれば嫌でも理解できる。

 ディバイドというアドヴァンスド・アーマーは――規格外だって。

 スマホを押しのけて足を止めて、ケイシーさんが俺の顔を覗き込んだ。


「ますます興味深いわね、ミスター彩桜。あなた、何者なの?」

「何者って……フツーの高校生だけど。確かに祖父がジークンドーを教えてて、子供の頃から仕込まれてたけど……まあ、それくらいですよ。そいつを作ったのも、父さんですし」


 実は俺のじいちゃんは、隣の道場で子供に武術を教えてる。

 昔は俺を後継ぎにするんだって滅茶苦茶な修業をさせたりしたけど、今はすっかり諦めたのか、たまに組み手に付き合う程度だ。

 ついでに修業自体は健康のために続けてる。

 かといって、これだけでアーマーに耐えうるすげえ肉体が手に入ったとは思えないよな。


「じゃあ、あなたのお父さんは? これを作った人に、何か……」

「ケイシーさん、ダメ」


 他の理由を考えてると、深月がぴしゃりとさえぎるような質問が飛んできた。

 そっか――驚くケイシーさんには、そこら辺の事情なんて話してないよな。


「……父さんなら死んでます」


 ――俺の父さんは、ちょうど五年ほど前に死んだ。


「仕事で大事故を起こして、会社をクビになっておかしくなりました。最強のアーマーを作る、って豪語してた父さんは、会社も家族も捨てて開発にのめり込んだらしいんです」

「まさか……」

「で、最後は部屋で首吊ってました。こいつディバイドを俺が見つけた時には過労死寸前だったってんだから、本当にひでえ話ですよ」


 遺書に家族へのびも書かず、世間への恨みつらみだけを書いてた男の死に触れたところで、俺が怒ったり悲しんだりするわけじゃない。

 でも、ケイシーさんはぺこぺこと頭を下げ、深月はつらそうな顔を見せた。


「そ、ソーリー! まさかそんな事情があったなんて……」

「瑛士……」

「謝らないでください。俺、全然気にしてないですから」


 手を振りながら、俺は軽く笑い飛ばした。


「深月もさ、今思ったんだけど、母さんの入院費用を稼ぐのにもちょうどいいって考えりゃあ気にならないって。あのろくでなしが、唯一残してくれたこれでな」


 俺にとって心配なのは、むしろ病弱な母さんの方だ。

 もともと入退院を繰り返してたけど、父さんが死んでからは心労も祟ってる。


「瑛士のママには、私もお世話になった。前も言ったけど、お金なら私が出すよ」

「母さんが受け取らないと思うぜ。バイトして金を入れてる俺にだって、もういいから自分の人生を楽しめって言い放つくらい強い人だからさ」


 俺がバイトをしている理由の大半は、治療費の捻出ねんしゅつだ。

 全く足りないわけじゃないけど、少しでも俺の面倒を見てくれるじいちゃんとばあちゃんの負担を減らさないといけない。

 父さんがちっとも金を残さなかったのは、今でも割と恨んでるぞ。


「それに、成り行きだとしても俺は今、稼ぐ手段を手に入れた。ダンジョンズ・ロアの後、口座に振り込みがあったんだよ」


 昨日のゲームの後、登録した口座に観客からの『おひねり』が入ってたんだ。

 決して高額じゃなかったけど、お金が入ると知ったなら、辞めるわけにはいかないな。


「なんにせよ、深月のワガママで始まったダンジョンズ・ロアも、しばらくは辞めない理由ができたってわけだ。せいぜい稼がせてもらうぜ、ははっ!」

「うん、楽しみ。私もブロンズランクで、瑛士のこと、待ってるね」


 ちょっぴり空元気っぽく眉を動かすと、深月もケイシーさんも笑顔を見せてくれる。

 その時、スマホから着信音が鳴って、3D映像が消えた。

 代わりにディスプレイに映ったのは、ダンジョンの階層や出てくるモンスターのデータ――『ダンジョンズ・ロア』のゲーム情報だ。


「……ん? これってダンジョンへの招待?」

「今のランクと戦績に合ったゲームを、運営側が自動的に選んで、連絡してくれてるの。今の瑛士なら、あと2勝すればブロンズランクにランクアップできるよ」

「じゃあ、アーマーのメンテナンスが必要だよな。シティエリアでお店を探して……」


 俺の提案に、ケイシーさんが「ノンノンノン」と指を振って応えてくれた。


「せっかくだし、ディバイドはあたしがメンテナンスしてあげるわ! さっきソーマ・エレクトロニクスのラボに輸送するように依頼しておいたから、ノープロブレムよ!」


 とんとん拍子で話が進むと、俺もやる気が湧いてくる。

 治療費のためにも、応援してくれる人のためにも、ここは負けられないな。


「……ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

「その代わり、次の試合もホットな活躍を見せてちょうだい♪」

「はい、次の試合も勝ちます!」


 俺がサムズアップすると、二人も同じように、びしっと返してくれた。

 こうして俺は、気づけばダンジョンズ・ロアの世界にハマっていったってわけだ。




 ――ちなみにケイシーさんだけど、後で先生3、4人ほどに捕まって説教されてた。

 なんでも、事務室で入校申請をしてなかったとか。ダメじゃん。

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