第16話:瑠菜は配信者

 コンコンコン。


 「かえ、今日のニュース見た?」


 瑠菜は七夕祭りの次の日の夜、楓李に部屋へと呼ばれた。

それを知ったサクラは顔を真っ赤にしていたが、そんなものではないことを瑠菜は知っていた。

ガチャリと開けながら部屋に入る瑠菜を待ちわびていた楓李はパソコンをカタカタと鳴らしながら返事をした。


 「あぁ、今聞いた。」

 「この前の依頼主、どこ行っちゃったんだろうねぇ?」


 瑠菜はそういいながら楓李の横に座った。

 マイクとカメラ、パソコン。

どれを見ても瑠菜は少しわくわくした。

そのワクワクを鎮めるために、マイクの前で目をつぶる瑠菜を見て、楓李はマイクの電源を入れる。


 「こんばんは、こんにちは。Kのラジオ配信にようこそ。今日はスペシャルゲストがいます。」

 「はーい。お久しぶりです。初めましての方は初めまして。コンちゃん二十二歳です!」


 瑠菜がそう言った瞬間、配信画面に出ていたコメントの数が急上昇した。

楓李が瑠菜を部屋に呼んだ理由は配信者として帰ってきてもらうためだった。

 楓李は何も言わずに数秒間コメントを見てからマイクを自分のほうへと向けた。


 「今日はコンに来てもらった。いやなら枠から出て行ってくれ。」

 「K君、そんなこと言わないで。私は三か月以上急に休みだしてみんなを心配させたんだから。あれ?何か月休んだんだっけ?」

 「七か月くらいな。」

 「わぁ、もうそんなに経ったんだ。ご心配をおかけしましたぁ。」


 コメントの中には、「帰れ」や「来なくていい」などのアンチコメントがちらほらあるが、瑠菜はそれをまったく気にしている様子を見せずに笑いながらそれを受け流す。


(やっぱ、一年やってただけあるな。)


 楓李は瑠菜の様子を見てそう思った。

すぐに顔にも、いや声にも気持ちが表れる楓李とは大違いだ。


 「えっと……あ、うん。あのね、明日くらいからまた活動を始めるので。相談とか、雑談になりそうなこととかのネタがあればまた送ってほしいなぁって思って、今日は宣伝に来ました。」

 「まぁ、今日のネタがなかったから呼んだんだけどな。」

 「え?そうだったの?宣伝させてくれるって言うから来たのに。」

 「宣伝はさせたろ?」


 楓李は瑠菜がそう言って頬を膨らませているのを見て、頭を抱えた。

しっかり瑠菜のペースに飲み込まれてしまっている気がしてならないのだろう。

 瑠菜と楓李はその後もゲームをしたり、ふと来たコメントの相談に乗ったり質問に答えたりしながら一時間ほど配信をした。


 「ありがとうね。久々だとやっぱり楽しいや。」

 「本当、楽しそうに配信するよな。お前って。アンチが諦めてたぞ。」


 楓李は瑠菜にコップを手渡しながら言った。

 配信が始まって一時は本当に配信を止めようかと思うほど安置コメントが来ていたのだが、瑠菜はひたすら見て見ぬふりをし続けたのだ。

その結果なのか何なのかはわからないが、配信が終わるころにはなぜか「もっと続けろ」という新たなアンチコメントが増えていた。

言い方がきついだけで配信者としてはうれしいコメントだ。


 「ごめんね。荒らしちゃって。うれしいコメントもちらほらあったから、楽しまなきゃって思って。」


 瑠菜は自分のスマホで次の歌ってみた企画で出す曲を探していた。

瑠菜は今まで百曲以上歌っていて幅広い曲をカバーして出している。


 もともと歌が好きで、雪紀に誘われて配信に出たことをきっかけに、人気が来て活動を続けていた。

最初はあまり良いコメントも来なかったが、少しずつ増えていた。

しかし、十万人を切ったくらいから怖くなってしまった瑠菜は一万人しか見れないように設定をしてもらった。

そのおかげか数分で一万人の枠がすべて埋まり、枠に入れない人も出てきた。

また、活動しているアプリもヒカルが作ったものだったので頼み込んで、ほかの配信者とは違って課金をしないとみられないようにした。


 日常のほうが大切な瑠菜はそうやってみてくれて応援してくれる人数を減らそうとしたが、なぜかとことんうまくいかなかった。

瑠菜の配信は一部の人から伝説の配信者と呼ばれ、表に出ない活動者として人気が出た。

 そんな瑠菜から配信が、活動が楽しいと聞いて、楓李は少しびっくりしてしまった。


 「最近活動休んでいたし、うん。もう一回始めるのもいいかも。」

 「そうか。で?瑠菜、なんかあったか?」


 楓李は瑠菜のその言葉に少し違和感を感じた。

 少なくとも瑠菜は活動に対してこんな風に言うようなタイプではない。

活動に対してやる気を持つこと自体は別にいいのだが、また別の何かがあるのではないかと思ったのだ。

 瑠菜は楓李に言われて少し下を向いた。


 「学校にいたらね、私って本当に生きている意味があるのかなぁって思っちゃってさぁ。」

 「意味って、重いことを考えてんな。」

 「アハハ、まぁ、確かに?重いかもね。こうやって、この画面の中の私や相談所で依頼とか相談を受ける私は輝いてる瑠菜だけど、学校の私はどれにも必要とされないし。特別頼られることもない。いや、頼られても助けられない自分がいる。その子のことを無視したり、悩んでるって知っていて避けたり。……あ、ごめん。こんなこと。」

 「コムだったら言えたか?その続きも、ほかの悩みも。」


 楓李は瑠菜の顔を覗き込みながらそう言った。


 本当なら自分が相談される側に立たないといけない。

頼られたらその人が、立ち直ることができるまで支えなければいけない。

それはコムがよく言っていた言葉で、いまだにその言葉が瑠菜の重りになっているのだろうと楓李は思った。


 「……もうちょっとだけ、私のこと話してもいい?」

 「聞き流しとく。」


 瑠菜は少し悩んだが、楓李がにっこりと笑いながらそう言ったことによって、少し楽に話すことができた気がした。


 学校のことを話す瑠菜は徐々に表情が柔らかくはなったが、最初は本当に泣くのを我慢しているような表情だった。


 内容としては、ある生徒に対し瑠菜から軽く声をかけたのをきっかけに仲良くなり周りとなじめなかった者同士少し仲良くしていたらしい。

しかし、ほかの人と瑠菜が話すうちにしゃべらないほうが良いという噂を聞き、徐々にその子を避けるようになった。

結果的にその子は学校をやめ、それを知った瑠菜が何も思わないはずがなかった。


 楓李はそれを最後まで聞いて瑠菜の現状を理解した。

正義感や責任感が強い瑠菜のことだ。

コムのように人の話を聞いて助けたいと思っている瑠菜と、瑠菜の学校での立場や立ち位置は天秤も傾かないほどどちらも大切で、相当迷いのあった判断だっただろう。

そして、そいつが学校をやめたという事実は、コムのように仕事ができなかったという証拠だ。

つまりは、瑠菜にしては珍しく仕事で失敗したのと同じだ。

できたはずなのにできなかった。

それが瑠菜の重荷だということがわかる。


 「瑠菜。」


 楓李は話し終わって下を向いたまま動かない瑠菜を呼んだ。


 「……ん?……」

 「瑠菜は学校の中では一生徒だろ?それにそいつと瑠菜は無関係だし。そいつの人生に口出しするのはコムのやり方に反するんじゃねぇの?瑠菜が落ち込んでたら、この会社で瑠菜に相談するやつとか依頼人とかを、誰がホッとさせるような笑顔を見せるんだ?一応、お前の笑顔で話しやすくなったとか、安心したとかっていうコメントはあるんだけど。」

 「わかってるもん。ちゃんと、笑顔でいれてるし。」

 「気づいてるやつは、意外といると思うけど。まぁ、いっか。」


 この話をしても瑠菜がすね続けると思った楓李は話を変えることにした。


 「で?瑠菜は俺のこと好き?」

 「は?」

 「付き合う?」

 「へ?」


 急な話のふり幅についていけなくなりながらも瑠菜はこくんとうなづいた。

 ベッドの上に座る瑠菜を押し倒す勢いで楓李は瑠菜に近づく。

それと同時に瑠菜は体をびくりとさせて、体の端から端までが熱くなるのを感じた。


 「じゃあ、ちゃんと言おうか。」

 「な……何を?」

 「わからないの?瑠菜。」

(ドSかえだ……。)


 楽しそうににっこりと笑う楓李を見て瑠菜はそう思った。

いつもなら逃げ出さなければ自分の体が危ないと思い、そっと適当な理由を述べる瑠菜だが、今それをするべきではないと感じて楓李から目をそらした。

いや、逃げた後に楓李がむかついている様子が頭に浮かんだのだ。


 「……好き、だよ……?」

 「何?どうしたいって?」

 「かえの、……彼女になりたい……です……。」


 瑠菜が消え入りそうな声で言うと楓李は愛おしそうに瑠菜の顔をなでた。

 もうこの時点で、先ほどまで瑠菜が悩んでいたことも、つい最近まで付き合っていた別の男のことも瑠菜の頭からは抜け落ちていた。


どちらかというと、瑠菜は今までずっと楓李とこはくに支えられていて別の男なんて相手にしなかったのだと思ったのだ。


 「ふーん、それだけでいいんだ。今、ここでやめてもいいの?何してほしいの?」


 楓李がそう言って瑠菜にもっと詰め寄ると瑠菜くたっとベッドの上に倒れこんでしまった。


 「おっと……、意識飛んだか。」


 からかいすぎたなと楓李は思い瑠菜に毛布を掛けた。自分に余裕がなかったことを考えると、楓李は鼻で笑ってしまった。


(相当大事にしてるんだけど……まぁ、気づかないか。それにしても学校にもいるとは。このまま閉じ込めておければいいのにな。)


 瑠菜の話の中にいた「ほかの人」というのが誰なのか。

瑠菜のスマホの中を勝手に見た楓李ならすぐにわかる。

 前の彼氏なのだろう。

 瑠菜のことだから全員街中でナンパしてきた男たちなのかと思っていたが、どうやらそいつだけは学校内での付き合いだったらしい。

(実際には瑠菜自身は適当にうなずいていただけなのだが。)

 楓李はそれに嫉妬する自分も情けないと思い、ベッドの横に座った。


「瑠菜は優しすぎる……な。」


 楓李はコムやこはくがよく言っていた言葉を思い出して少し笑ってしまった。

二人がそう言って頭を抱えているころの楓李と瑠菜はとても仲が悪く、喧嘩が絶えなかったため、瑠菜のどこが優しいのかわからなかった。

それがやっとわかったような気がして、二人が一番苦労していたことが自分にも来たことをしみじみと感じた。





 

 一時してから、楓李は瑠菜の様子を確認したのちに部屋を出た。


 「何してんだ?お前ら。」


 楓李が部屋を出た瞬間、びっくりして扉から離れるサクラと龍子に楓李はあきれたように声をかけた。


 「な、何してたんですか?楓李兄さん!瑠菜さんは大丈夫ですか?」

 「なんもしてねぇよ。つーか、疲れて寝てるだけだ。お前らもさっさと寝ろ。」

 「楓李様は?寝ないんですか?」

 「ん?あぁ、シャワー浴びてから寝る。」


 サクラと龍子はそういってさっさとその場を離れる楓李が見えなくなった瞬間にドアへと手をかけた。


 「龍子君も見るの?」

 「いいだろ?別に。」


 龍子はぶっきらぼうにそういうと部屋の中を覗き込んだ。

ベッドの横の小さな電球が薄暗く部屋の中を照らしているため、中は少ししか仲は見えない。


 「キレイな部屋。」

 「あの方は意外とこういうのにはうるさいからな。」

 「あ、瑠菜さんベッドの上で寝てる。」


 サクラと龍子が中へ入ることなくこそこそと話していると、後ろからパシッと龍子の背中が叩かれた。


 「こりゃ、手は出してないわね。」

 「いっ……て……!」

 「きぃ姉!」


 二人がびっくりして後ろを見るときぃちゃんがむっすーとして立っていた。

つまらないとでも言いたいのだろう。


 サクラがそう叫んだ瞬間、きぃちゃんは二人を連れて他の部屋へと入った。


 「声がでかいのよ、声が!まったく、で?何してたの?」

 「べ、別に、何もしてないです。」

 「いや、百歩譲って、龍子君は別にいいけど、サクラちゃんは何男の部屋を勝手にのぞいてるの?」

 「え?ダメなんですか?」

 「ダメに決まってるわよ。楓李君だからいいものを、ほかの男ならそのまま連れ込まれたりもするのよ。それとも、その覚悟があっての行動?」

 「な……ないですよぅ!」


 サクラが焦って言うと、きぃちゃんはあきれたようにハァっとため息をついた。

 龍子はどうすることもできないままじっとサクラを見ていた。

すると、それに気づいたサクラがきっとにらんだ。


 「瑠菜はあるわよね?」

 「あるわけないでしょう?抵抗しようがないからあきらめてるだけ。」


 サクラと龍子が後ろをゆっくり振り返ると、そこには瑠菜が腕を組みながら立っていた。

少し柱にもたれかかっているようにも見える。


 「でもいつも着てる部屋着は楓李君のでしょう?」

 「楓李のTシャツが一番いいのよ。別に意味はないわ。」


 瑠菜が楓李のTシャツを着ると、少し長い袖の半そでワンピースに見える。

お客さんと会わない日の瑠菜の格好がいつもこれだったのでこういうお洒落かと思っていたが、違うらしい。


 「楓李兄さんの服なんだ。……って、いや、起きてたんですか?」

 「起きてなかったらここにきぃ姉はいないわよ。」


 瑠菜はそういってゆっくりと歩きだした。

 寝起きだからか、いつもよりも機嫌が悪いように見える。


 「どこ行くんですか?」

 「お風呂!」

 「あ、お風呂はっ……!」

 「行ってらっしゃい。」


 サクラが止めようとすると、きぃちゃんがここぞといわんばかりにサクラの口を押さえてしゃべれないようにした。


 その数分後、瑠菜の叫び声が響いたのは言うまでもない。

 

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