第11話:プールサイドの警備員
七月に入ってすぐ、その依頼はあきと楓李のもとへと届いた。
「プールですか?」
「あぁ、お前らなら彼女の一人や二人くらいいるだろうと思ってな。」
社長に呼ばれて不機嫌そうな楓李ににらむのを見てから、あきは誰を誘おうかと考えた。
(誰にしようかな。あの子とはあんまり深く付き合うような感じじゃないし、あの子は誘っちゃだめだよなぁ。)
「お断りします。」
「え、楓李?」
「ほう。」
社長は、面白い者でも見るように楓李をにらむ。
「なんでも、キミの願いは叶えるつもりなのだが。」
「いりません。迷惑です。」
楓李は、敬語を使ってはいるものの、不機嫌なのはとてもよくわかるような受け答えをした。
「社長、すみません。俺が連れ戻します。」
「いや、楓李が断るなら瑠菜に頼もう。」
「は?」
部屋を出て行こうとした楓李は、社長のニコニコとした笑顔を見てさらに不機嫌になる。
「いや、もともと瑠菜も休みだし、誘っておこうかと思ってたんだ。もちろん、雪紀さんから許可を後でもらうよ。」
「あいつがプールいけねぇの分かってて言ってんのか?」
「仕事さえ、やってくれれば問題ないんだ。」
「てめぇ……っ」
「キミが、一緒に行ってサポートすればいいんじゃない?」
「……っ、わかりました。やります。」
「瑠菜のやつも誘えよ!」
あきを連れて楓李は社長室を出た。それをしっかり見送ってから、社長は机の鍵付きの引き出しを開けて、一枚の手紙を取り出した。
「これを調べるうえで、瑠菜は邪魔なんだ。悪いね、楓李。」
「プール?」
その日の夜、楓李からのメールを見ていた瑠菜の後ろから雪紀が声をかけた。
いつもよりも目つきが悪く感じるのは気のせいであってほしい。
「仕事よ。もともと楓李とあきが受けたものなんだけど手伝ってほしいって。」
「依頼って?」
「最近利用者が増えて、それと同時に下着ドロボーも出てきたんだって。その犯人を見つけてほしいって言う依頼。」
「なんであいつらも?」
「男女関係なく盗まれてるんだって。」
瑠菜にそれを聞いて、雪紀は自分の予定表を開いた。
「お兄は来ないでいいからね?」
「なんでだよ。俺も行くに、」
「もっと、大事な仕事があるでしょう?」
珍しく、雪紀宛の仕事があって忙しくしていることを知っている瑠菜は、雪紀が口を開く前に断った。
「今の話を聞く限り、犯人は一人じゃない。複数人はいるだろ?それがわからないほどお前もバカではないと思っていたが。」
「サクラも誘うつもり。男二人、女二人が欲しいみたいだから。さすがに私も一人ではいかないわよ。」
雪紀はあまり気が載らないらしくそわそわとしているが、自分の仕事に余裕がないのか自分のタブレットを開いた。
「……わかった。その代わり、あきと楓李を呼べ。今すぐ、俺の部屋に。瑠菜は、もう自分の部屋に入れ。」
「え?」
「今日はさっさと寝ろ。その感じだと寝てないんだろ?」
雪紀に言い当てられて、瑠菜は頬を少し赤らめた。
なんだかんだ、しっかり瑠菜のことを心配していることがわかってうれしさと、恥ずかしさが同時に来たからだ。
「はい。」
瑠菜が返事をして自分の部屋へと向かっている途中、雪紀の部屋から一人の男がびくびくとした様子で出ていくのが見えた。
(新しい見習の人かな?楓李とあきを呼びに行ったんだろうなぁ。)
雪紀のように弟子をあまりとらないタイプの人は依頼が来るたびに、社長に仕えている人が手伝いをしに来たりもする。
特に楓李が忙しかったりすると、片目のない雪紀が苦労しないようにいつも違う人が手伝いをしに来る。
(本当に使えるかというと、そこまで役には立たないのよねぇ。)
瑠菜はそんなことを思いながら、自分の部屋へと入ってベッドの上へと倒れこんだ。
「瑠菜さん!準備ができました。」
「水着、いれておいたからね。」
翌朝、きぃちゃんとサクラがウキウキしながら、朝からプールのバッグをバシバシと叩いていた。
「遊びに行くんじゃないからね?」
「わかってますよぉ!あっ、ウォータースライダーとかありますか?」
(わかってないわね。)
瑠菜はため息交じりに二人の横に座った。
「そういえば、楓李兄さんとはどうなったんですか?」
「何が?」
「楓李君のことだから、自分の誕生日が終わってから付き合おうとか言っていそうね。」
きぃちゃんがほぼというか、見ていたのかと思うようなことを言ったため、瑠菜はびっくりした。
「えー?誕生日って一緒にいたりとかしないんですか?」
「あいつはないわね。どこへ行ってるかは知らないけど、毎年誕生日のその日だけいつもため込んでる有休を使ってどこかに行っちゃうから。相手、いや、瑠菜ちゃんに寂しい思いをさせたくないんでしょうね。」
楓李が自分の誕生日にどこへ行っているのかは瑠菜ですらも知らない。
あきと二人で問い詰めても、適当な返事を返されるだけなのでいつからか聞かなくなったのだ。
「でもあんなに瑠菜さんの、ふぐっ……。」
「女って本当に噂好きだな。根も葉もないうわさに花を咲かせんな。」
いつの間にか、半分呆れ顔の楓李がサクラの口をふさいでいた。
「まぁ、かわいい女の子ってそういうものでしょう?」
「そうそう。」
「……俺の噂はやめてくれ。」
きぃ姉ちゃんとあきに言われた楓李は否定することなく言った。
あきは口をふさがれたサクラを救出して優しくサクラの頭をなでながら、白の王子らしい柔らかい笑顔でサクラを見る。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
瑠菜はそんな二人を見ながら楓李の腕をつかんで昨日の気になっていたことを聞いた。
「お兄からの話って何だったの?」
すると、一瞬時が止まったように二人は動かなくなってしまった。
「瑠菜さん、瑠菜さん!早く行きましょうよ!」
サクラが空気を読まずに瑠菜の手を引っ張って連れ出したことにあきも楓李も安心したが、それもつかの間。
二人はきぃちゃんに肩を摑まれてびくりとした。
「あんたたち、瑠菜ちゃんに手を出すんじゃないわよ?」
今にも抹殺されそうな迫力に二人は首を勢いよく横に振った。
(さすが雪紀兄さんの姉だな。迫力はあいつよりもある。)
楓李は声に出さないように気を付けながらそのままサクラと瑠菜を追いかけた。
「あ、楓李君?ちょっと!」
きぃちゃんの呼びかけにも応じず、楓李は止まることなく走って行った。
「あいつ、本当にわかってんのかしら?」
「んじゃ、俺ももう。」
「はいはい、気を付けてね。」
あきは律義に頭を下げてから瑠菜とサクラのもとへと走って行った。
きぃちゃんはそんな四人の姿を見てため息交じりに微笑むと、冷蔵庫の中からケーキを二つ取り出した。
「いいわねぇ、仲が良くて。」
少し大きめのケーキをほおばりながらきぃちゃんは一言言った。
「瑠菜さん!着替え終わりましたか?」
プールの更衣室の中の、個室のようにカーテンで仕切られた場所へ向かってサクラはそう声をかけた。
瑠菜は着替えを見られたくなく、そこを使って着替えをしたのだ。
もちろん、サクラには文句と質問をたくさんされたが、瑠菜はうまくかわした。
「先に行ってて。楓李とあきはもう着替え終わってると思うから。」
「はーい。」
瑠菜はもうすでに着替え終わっていたが、外に出る勇気がなかったためサクラに出ていくように言った。
ただ、サクラを先に行かせたからには早めに出ていかなければ楓李やあきに心配をさせてしまう。
瑠菜は少し考えてから、カーテンをシャッと勢いよく開けた。
何人かの女性が瑠菜の姿を見て驚いたような顔をした。
そして更衣室を出て少し歩くと、七、八人ほどの男の人たちに囲まれた。
普通に街を歩いていてもよくナンパされる瑠菜が、プールへ行くといつもの倍以上に声をかけられる。
「今一人?」
「一緒に遊ばない?」
「この後時間ある?」
一斉に男の人たちが瑠菜にしゃべりかけてくる。
それに対して愛想笑いをしながら瑠菜は丁寧に断っていく。
もちろん、瑠菜は聖徳太子ではないので半分も聞き取れてはいないのだが、半分以上適当に受け答えをした。
「散れ。」
その声で瑠菜に向いていた視線は全て一点へと移動をした。
「瑠菜さん!大丈夫ですか?」
サクラが瑠菜のもとへと近寄ってきてそのまま抱きついてきた。
そのため、瑠菜は何も考えずに受け止めたが、サクラは身をこわばらせた。
「ん?サクラ、どうした?」
「い、いや。なんでもないです。」
サクラは、すぐに瑠菜から距離を取って離れて行った。
いつの間にか、ナンパしてきていた男の人もいなくなっていて、あきと楓李がそっと瑠菜の横へと来た。
「大丈夫だった?瑠菜。」
「本当にお前ってやつは……。」
瑠菜が顔を上げると、あきは心配そうにしていたが、楓李はため息交じりで少し迷惑そうな表情をしているように見える。
「ごめん、二人とも。大丈夫。ありがとう。」
「え?あ、る、瑠菜は悪くないからね?悪いのはナンパしてきた人たちであって、別に大丈夫だからね。」
楓李の表情に気が付いたあきは、手をワタワタと動かしながら瑠菜をフォローする。
「それにしても瑠菜さん、その水着は何ですか?」
サクラは少し頬を赤らめながらじっと瑠菜を見た。
サクラの水着は、どちらかというと子供っぽく感じるようなフリフリのたくさんついたものだ。
しかし、瑠菜の水着はどちらかというと大人っぽい雰囲気で、上は胸の部分だけを隠す黒い水着なのだが谷間がしっかりと見えていた。
下はロングスカートのようなもので、左足のほうに太ももから下に向かって切込みが入っていて歩きやすさとエロさを増している。
「あー、俺泳ぎに行ってこよ。」
答えようがない瑠菜を見て、あきが棒読みでそう言った。
「あき兄さん、泳げるんですか?」
「まぁね。競争する?」
「はい!」
瑠菜に気を使いながら、あきはサクラを連れて、五十メートルの縦長プールのほうへと歩いて行った。
きぃちゃんに渡された水着なので、瑠菜はなんと聞かれても答えようがないのだ。
「あ、瑠菜さんはどうしますか?」
「私はいいかな。」
瑠菜がサクラに笑顔で言うとサクラはウキウキであきと歩いて行った。
(怪我しなければいいけど。)
「何が、私はいいだよ。」
瑠菜が振り返ると、楓李がぶっきらぼうにそう言った。
「一メートルも泳げないだろ?」
「楓李うるさい。っていうか、どこ見て言ってんのよ?」
プールの方向に目をやったまま言う楓李は、瑠菜とは当たり前のように目は合わない。
「あんたもさっさと泳いで来なさいよ。私が周り見ておくから。」
瑠菜がそう言って楓李を無視してプールとは反対の方向へと歩くと、楓李は不機嫌そうな目をしたまま瑠菜のほうを見た。
「あー、もう。これ着てろ、バカ。」
楓李は瑠菜のほうへと自分の上着を投げると、瑠菜をにらみつけた。
「え、なんで?」
「俺は泳ぎに行くから邪魔なんだ。泳がねぇで見てるだけなら持っとけ。」
「じゃぁ、なんで着てきたのよ。」
プールを泳ぎに言った二人のもとへと歩いていく楓李の後ろ姿にそう言いながらも、瑠菜は仕方なく楓李の薄い上着を着て水の中に左足を少し入れた。
(ダメだよね。さすがに。……あれ?あの人たち……。)
瑠菜はそう思って、プールサイドの端っこに置いてある椅子に腰かけた。
三十分ほどたっただろうか。
瑠菜はずっと椅子に座っていたが、明らかに男物の上着を着ているからか誰も声をかけては来なかった。
(あっ、やっと帰ってきた。)
楓李とサクラがプールから息を切らしながら出てきた。
「楓李兄さん、すごすぎます。……速いし、ずっと泳げるし……。」
「お前もすごいほうだろ?」
そういいながら、疲れ果ててしまいプールから上がってこれないサクラに手を貸す楓李を見て、瑠菜は楓李に彼女がでいたらこんな感じかと思った。
(楓李もあきも、細いって思っていたけど筋肉あるんだなぁ。)
「瑠菜さん!あき兄さん知りませんか?」
「知らないわよ。そこら辺にいるでしょう?」
「瑠菜さん、何か怒っています?」
瑠菜は、瑠菜が持っていたよりもツンケンした態度になってしまっていたらしい。
サクラは、そんな瑠菜を見て何かを思いついたかのように楓李に近づいた。
「瑠菜さん。楓李兄さんすごいんですよ?」
「そう。」
サクラは楓李の腕に抱き着いて自分の胸のほうへと引き付けて言うが、瑠菜は顔色すらも変えなかった。
男慣れしていないサクラからしたら相当頑張ったのだが、手ごたえはなかった。
サクラはただ、瑠菜の嫉妬した顔が見たかったのだ。
「瑠菜、どこ行くんだよ。」
「なんか、いつもよりもご機嫌ね。エロ野郎。」
「うぐっ!」
瑠菜は楓李に上着を投げつけて外のほうへと出て行ってしまった。
少し怒ったような口調の瑠菜を見て、サクラは失敗ではなかったと思った。
「す、すみません。ちょっと、嫉妬した瑠菜さんが見たくて。」
「こんな絶壁でご機嫌になるわけねぇだろうが。あのバカ。」
楓李のぼそりといったその言葉にサクラは少しイラっとした。
「ですよねぇ。瑠菜さんってあれ何カップあるんですか?」
「少なくともお前はAだな。」
「残念。Bです。」
サクラを少しからかおうと、楓李は軽く笑って冗談交じりに言うと、サクラは少し真面目に返してきた。
口には出していないが、目で間違えるなと訴えている。
「お前はあきを探せ。俺にしたことと同じことをすれば、百%置いて行かれなくなるだろうよ。」
「え?楓李兄さんは?」
「あいつをあのまま放っておくとどうなると思う?」
楓李がため息交じりに言っているのを見てサクラは想像した。
瑠菜が一人で歩き、男の人たちに囲まれて連れ去られていく姿を。
彼女のいる男の人すらも瑠菜のほうに目移りしていそうだ。
「パニックですね……。」
「酒とたばこをもらえば喜んで使うだろうな。溺れると手が付けられねぇし。」
「あ、そっちですか……。え?」
サクラは酒とたばこに溺れる瑠菜を想像できなかったが、楓李が言うので本当のことなのだろうと思った。
「気をつけろよ。」
「はーい。」
瑠菜はそのころ、ナンパを受けていた。
泳ぐことすらまともにできない瑠菜はプールに来たからと言って特段やることもない。
そのため、暇を持て余して木陰に座っていたのだが、周りからすればそれが美しくも見えたのだ。
瑠菜の姿を見た男性も女性も、彼女や彼氏がいようがいまいが、狂ったように瑠菜によってたかった。
(個室ってなかったっけ?ここのプール……。)
瑠菜はただ一人になりたかった。
しかし、周りはそうさせてはくれなかった。
「おい。一人でどこそこ行ってんじゃねぇよ。」
瑠菜が声に気が付いたときにはもうすでに楓李が瑠菜の手首をつかんでいた。
楓李は背の小さい瑠菜とは違い簡単に人込みから連れ出してくれる。
瑠菜に群がっていた女性たちがキャーキャーと歓声を上げているのが瑠菜の頭に響く。
(かえは本当にモテるよなぁ。本当に、……。)
「……瑠菜もあっち側がよかった。」
「は?あっちってどっち?」
下を向いたまま楓李の後ろをついて行く瑠菜に、半分怒ったように楓李は聞く。
「放して。」
「え、ちょっ!」
瑠菜が楓李の手を振り払うと、楓李は少し驚いたような表情をした。
それもそうだろう。
瑠菜は今までおとなしく、男を立てることができる良妻賢母という言葉が似合うような女の子になるように、コムから言われてきた。
瑠菜自身、コムの言うことなら何でも聞くようにしていて、それでいいと思っていたし、これからもそれを続けるつもりでいた。
しかし、この時ばかりはそれをしようという気になれなかった。
「触んな、変態。」
「誰が変態だ?誰が!」
「彼女の一人や二人くらい、かえなら作ってて当然だし。私は遊びの一人にはなりたくないもん。」
「はぁ?彼女?」
怒っていた楓李は、瑠菜のその言葉を聞いて怒りが覚めてしまった。
目の前の顔を赤くしながら涙目で訴えるその姿が妙にかわいらしく感じて、それどころじゃなくなってしまったのだ。
「何?瑠菜ちゃん、嫉妬したの?妬いてる?」
「べ、別に!そんなことあるわけないでしょう?」
「彼女いてお前と関わるような、お前に迷惑のかかることするか?」
瑠菜はそっぽを向いたが、耳まで真っ赤にしていた。
「は、放してよ!もうかえなんか嫌いだし。」
「はいはい。」
「なんで笑ってんのよ!」
「触ってほしくないんだったら、どっかつかんで。はぐれちゃうから。」
瑠菜はそういわれて、このまま一人にされても困ってしまうので仕方なく、楓李の指を一本軽くつかんだ。
「どこ行くの?」
「ゆっくりできる個室。瑠菜は人が多いのは好きじゃないから、そっちの方がいいでしょ?」
「……うん。」
瑠菜がおとなしく楓李について行くと、プールの奥の方にドアがたくさん並んでいるのが見えた。
「温泉付きの個室。カップル専用だけど、どうする?」
「入る。」
瑠菜はもう疲れ切っていた。
人のいないところで少しでも休みたいと思っていた。
個室に入った後の二人は、皆さんのご想像にお任せします。
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