第6話 日輪×流転

「転身〝日輪天貨にちりんてんか〟」



 ミコトが新たな第二魔法ギフトを詠唱することで、その真名と言霊を重ねさせて世界へと響かせると、彼女の身体からは眩いほどの光と熱があふれだした。

 右手に持っていたはずの杖〝月天絶華げってんぜっか〟は、いつの間にか消え失せ純粋なエネルギーへと変わり、ミコトの全身に巡っている光や熱と共に、渦を巻きながら額へと集まり凝縮していく。

 そのエネルギーは、瞬く間に太陽が描かれた黄金のメダルへと生まれ変わる。


 メダル型の第二魔法〝日輪天貨にちりんてんか〟が顕現したことで、それまでミコトの姿を隠していた光がおさまると、男性にも女性にも見えるような中性的な姿へと変わっていた。


 ミコトの新たな第二魔法〝日輪天貨にちりんてんか〟の能力は、日本神話の主神たる天照大御神アマテラスの神話をベースにした権能。

 太陽の力をその身に宿し、光と炎を自在に操る力だった。三貴神の一柱、天照大御神を元型アーキタイプとしたその力は、主神としての神話通りに彼の三つある第二魔法の中でも別格の力を持っているようだ。


 ミコトは感情が抜け落ちたかのような表情で、感電して動けないでいるシャドウウルフを見つめている。

 巨大な漆黒の狼を前にして路傍の石を眺めるようなその姿は、どこか超然とした印象を見るものに与えていた。

 するとミコトは、無造作に右手を前へと突き出し手のひらを開く。手のひらへと魔力が集まったかと思うと、その周囲にいくつもの光り輝く炎の矢が生まれ、前触れもなく命音が手のひらを向けた先へと勢いよく飛びだしていった。


 燃え盛る炎が動けないでいたシャドウウルフへと命中する寸前に、周囲にある影から新たなシャドウウルフの分体たちが次々と生まれ、本体を守るために重なりあって盾となっていく。

 何とか炎の直撃だけは間逃れ、ようやく感電から解かれ自由になったシャドウウルフだが、左足に切り傷と全身に火傷を負ってはいるものの、未だに闘争心は衰えていないようだ。


「ウゥオォーーン」


 シャドウウルフが空に向かって咆哮をあげると、足下の影がシャドウウルフの四肢を登るようにして、その全身を覆っていく。

 やがてシャドウウルフの全身を覆い尽くした影は、影でありながらも昆虫を思わせるような、光沢を帯びた鎧へと変化していた。


 影で作り出した鎧を纏ったシャドウウルフは、その身を屈めると跳ねるようにしてミコトへと襲いかかる。先程までとは異なる力強い動きからすると、その鎧は身を守るためだけでは無く、シャドウウルフの肉体をも強化しているようだ。

 対峙しているはずのミコトは何故か一切の反応も示さず、棒立ちのままシャドウウルフの牙をその身に受けた。


「ミコト! いやぁぁっ!!」


 ユキの悲痛な叫びが木霊こだまする中、ミコトに噛みついたはずのシャドウウルフは、牙を閉じる寸前に蹴り上げられ空高く宙を舞った。

 ミコトはシャドウウルフを上空に蹴飛ばしたあと、その勢いのまま後方へ宙返りをすると、回転する視界の中にシャドウウルフが写った瞬間、何もない空間を足場にして空中にいるシャドウウルフへ向けて駆け上がる。太陽神の権能からか、空中を自在に駆けることができるようだ。

 そうして、空を舞うシャドウウルフのさらに上空へと跳躍したミコトは、空中で身動きを取れないシャドウウルフに向けて、炎を纏った掌底を勢いよく打ち込み地面へと叩き落とした。

 さらにミコトは、上空の空間を足場にして加速するようにして落下すると、先に落ちていたシャドウウルフへと高速で迫る。

 途中で体の向きを変えて足を下へと向けると、今度はその両足を炎で包んで、地面に叩きつけられる寸前だったシャドウウルフを、もの凄い勢いで踏み潰した。すると、足に纏った炎が激しく燃え盛り、踏み潰され意識を失ったシャドウウルフの身体を容赦なく燃やしていく。

 やがて炎がシャドウウルフの命の灯火と共に燃え尽きると、周りにいたシャドウウルフの分体たちも霧散して影へと還っていった。


「ミコトくん!」


 戦闘を終え棒立ちになっていたミコトを、心配したユキが駆け寄っていく。それに気付いたミコトは、ユキを安心させるために一度頷いたかと思うと、小さな声で〝三身流転トリニティ〟を発動させた。



「……転身〝天嵐封戈てんらんほうか〟」



 最初に〝天嵐封戈てんらんほうか〟を発動したときとは違い、一瞬にしてミコトの全身が光に覆われたかと思うと、次の瞬間には光が収まり〝天嵐封戈てんらんほうか〟を手にした男性の姿へと転身していた——



    ◇



 ——とりあえず男へと戻ってみたが、男になった途端にユキが泣きながら抱きついてきたのには本当にびっくりした。

 いつも中性体のときには、感情が希薄になって上手く話せなくなるのでとりあえず転身してみたんだけど、こんなことなら女に転身しとけば良かったか。


「だいじょうぶなの? ミコト、怪我はない?!」


「俺は大丈夫。ユキこそ、傷だらけじゃないか……。ごめん、俺を守ってくれたんだよな」


「ううん、ミコトが無事でよかった」


 抱きつかれて少し動揺はしたが、何とか平静を装いつつ二人の無事を確かめ合っていたら、しばらくすると高階たかしなさんやフジコたちが全員揃って戻ってきたようだ。



 戻ってきた高階さんたちの話によると、無数の分体を産み出していたシャドウウルフの本体は、俺とユキが倒した一頭だけではなかったらしい。平塚さんと後に合流した高階さんが一頭、フジコとカオルも別の一頭と遭遇したようで、合計で三頭もいたそうだ。

 平塚さんが追い詰めたシャドウウルフを高階さんが合流して倒したところで、全ての分体が消えていないのに気付き、他の個体を探していたら別の一頭と戦闘中だったフジコたちを見つけたため援護に入ったらしい。

 戦闘後に急いでこちらへと向かっていたところ、戦場に散っていた全ての分体が消えたのが分かり、最後の一頭を俺たちが倒したのが分かったという流れのようだった。


「天津さんの第二魔法、というか第一魔法もだけど凄いわね。三種類の第二魔法を使い分けられるとか、初めて見たわ」


「第一から第三まで、すべての魔法は一人一種のはずだったから、便利どころじゃないよね。まあとりあえず俺の目の保養のためにも、女の子に戻って貰えると嬉しいんだけど」

「トウヤ……」

「あ、いや、ごめんなさい黙ってます」


 高階さんは視線を鋭くさせて平塚さんを再び強制的に黙らせたあと、そのまま眉間にしわを寄せたまま呟いた。


「今回はイレギュラーとはいえ、シャドウウルフでまだ良かったわ」

「え、なんでですか?」


 疑問に思ったフジコが尋ねた。


「シャドウウルフは、個体の強さ自体は大したことないのよ。せいぜいがDの中ぐらいかな。ただ、実感した通り分体の多さとしつこさが厄介なの。本体を始末するまで、分体は倒しても倒しても新たな影から復活するから。分体の強さがEランク程度なのがまだ幸いだったわ」


 入学したての第一魔法しか使用できない一年生の位階は六位相当。つまり、本来なら討伐可能な魔物は同ランク帯であるEランクなのだ。

 今回のシャドウウルフは第二魔法に目覚めてさえいれば、分体は元より本体すらも魔法士が二人いれば大概はなんとかなる程度の強さだった。ああして二、三頭で群れた上に、分体を無数に召喚して数で圧してくる厄介さがCランクになっている理由のようだ。


「さて、トラブルもありましたが、なんとか全員が無事に第二魔法を使えるようにもなったことですし、そろそろ戻りましょうか」


 柔和な表情に戻った高階さんが、班の皆んなを見渡しながら言う。

 私たちは初めての本格的な戦闘で疲れていたこともあって、高階さんの提案に特に反対もなく学校へと戻ることにした。


 こうして、大変だった怒涛の一日がようやく終わることとなった。



—————————

▼《Tips》



天津あまつ 命音みこと


第一魔法:三身流転トリニティ

能力:男性、女性、中性への転身。


第二魔法(男性時):天嵐封戈てんらんほうか

元型アーキタイプ建速須佐之男命スサノオ

形状:十字形の大太刀

能力:嵐を生み出し操作する。大太刀の形状をあらゆる武器へと変化させる。


第二魔法(女性時):月天絶華げってんぜっか

元型:月読命ツクヨミ

形状:先端が花の形をした杖

能力:月の力を引き出し操作する。重力操作、????、????、??、??など。


第二魔法(中性時):日輪天貨にちりんてんか

元型:天照大御神アマテラス

形状:太陽が描かれた黄金の貨幣メダル

能力:光と炎を生み出し操作する。空中を駆けることができる。??の?を???ことで?を???、??と??を??する。

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