第5話 天嵐×転身

 夢を見ていた。


 夢の中のわたしは、数秒ごとに太陽と月、青空と星空とが不規則に切り替わり、まるで昼と夜とが混ざり合うような、そんな不思議な坂道をくだっていた。


 この坂を降りた先にいるはずの、大切な人を探していた。


 しばらく坂道を降って行くと、見上げるほどの大きな岩が道を塞いでいる。

 その岩の上には、白い簡素な服を着た一人の美丈夫が、眼をつむったまま片膝を立てて座っていた。


 ぼくは、苛まされていた喪失感に突き動かされるかのように、その人へと彼女の居場所を尋ねた。


 男性は瞑っていた眼を開くと、しばらくのあいだこちらを見つめたあとで、心を揺さぶるような声で問いに答える。


「……探してどうしようというのだ? 黄泉へと落ちた者は、やがては醜く腐り果てる。此処は時の狭間、その方には少しの時であっても、探し人にもそうとは限らぬぞ?」


 おれは彼女への想いと覚悟を示して、もう一度彼に彼女の居場所を尋ねた。


「……うむ、その覚悟があるのならば特別に教えてもよい。ただし、その対価として其方は探し人の手を引き、此処まで必ず二人で戻って来るのだ。よいな?」


 男性はそう言うと、こちらの返事を待たずに颯爽と岩から飛び降り、巨大な岩を無造作に動かした……。




  ◇◇◇◆◆◆




 目が覚めると辺り一帯は猛吹雪のなか、の周囲だけは粉雪一つ舞っていないという不思議な光景だった。

 不思議な光景ではあるが理由を察することはできる。ユキが、意識を失った俺を〝溟晶ニクス〟で模倣した吹雪で包むことで、守ってくれているのだろう。


 僅かに痛む身体を確認してみると、狼の爪の形に切り裂かれた制服はそれでもしっかりとその形を保っていた。

 実はこの制服も魔導銃と共に国から支給されたもので、着用者の魔力量により防御性能が強化される性質が付与されているらしく、そのおかげもあり俺は一命を取り留めたようだ。


 そして俺の中に、気絶する前までは無かった荒々しい力を感じた。これが、俺の第二魔法ギフトのようだ。

 本来なら第二魔法に目覚めた段階では、はっきりとは自覚できないはずの自身の力の根幹アーキタイプすら何故か理解できる。

 このまま吹雪の外へと出ても足手纏いになるのは目に見えているので、意を決してこの力を使ってみることにした。


 自身の内側へと意識を向け、俺の中にある確かな力を詠唱へと変えて世界へと響かせる。



「〝天嵐封戈てんらんほうか〟」



 俺の第二魔法が内包する神話アーキタイプは、から生まれた三貴神が一柱、嵐の化身たる建速須佐之男命スサノオの権能。

 俺の身体からは暴虐たる嵐そのものが溢れ、守ってくれていたユキの結界をも散らしていく。


 嵐として顕現した魔法の欠片は、一度膨張したあとで俺の目の前へと集まり、一本の特徴的な大太刀へと生まれ変わった。


 薄っすらと青みを帯びた反りのある刀身の長さは優に一メートルを越え、荒々しい波状の美しい刃文が並んでいる。

 本来ならば板状のつばは刀身と柄とが繋がった上で、西洋剣のようにガード部分が十字に伸びていた。

 完全に刀身と一体化したグリップ部分も本来の日本刀とは違い、金属剥き出しそのままに四十センチほどの長さで、全体を俯瞰すると刀身の反りもあって少し歪ではあるが、まるで巨大な十字架のようだ。

 大太刀の全長は一メートル七十センチに届かないくらいの俺の身長と、殆ど変わらないほどの長さだった。


 俺は右手を伸ばし、顕現した大太刀を手にする。


 手にした〝天嵐封戈てんらんほうか〟から伝わってくるその力はとてもシンプルで、ほこへと封じた嵐の力を自由自在に操ることができる能力だった。

 また、その名の最後に剣や刀ではなく武器を意味する戈とあるように、大太刀に留まらず様々な武器へと姿形を変えることもできるようだ。


 僅かな一端とはいえ、日本神話にて様々な逸話をもつ英雄神の権能が全身に宿ったのが分かる。

 そして同時に、自分自身の魂の在り方を改めて理解した。


 自分の中で三つにわかたれた三身流転トリニティ〟を……。



「ミコトちゃ、ん? なんで男の子になって……。でも、無事だったんだ。良かった……良かったよぅ」


 吹雪が晴れた眼前には、ユキが涙を堪えながら一際大きなシャドウウルフと傷だらけになりながらも対峙していた。

 俺の姿を見て涙腺が決壊したユキの姿に反応して、〝天嵐封戈てんらんほうか〟が激昂するのを感じる。


 覚醒して初めて分かったが、第二魔法とは自分自身の魂の具現化そのものだ。その嵐のごとき荒々しい性質に俺自身が引き摺られて——否、〝天嵐封戈てんらんほうか〟自身が己なのだと、自分自身の怒りと〝天嵐封戈てんらんほうか〟の怒りとが同調していくのが分かる。

 それと共に、〝天嵐封戈てんらんほうかから引き出せる力が加速度的に大きくなっていく。


 俺は、敵を見つけた荒ぶる〝天嵐封戈てんらんほうか〟から漏れでる嵐を全身に纏うと、その力を後方へと噴出することで、高速でシャドウウルフへと襲いかかった。

 まるで飛んでいるかのように一瞬でシャドウウルフの元へと移動した俺は、その勢いのまま右手に持った大太刀を滑らせる。

 

 高速で接近した俺に驚いたシャドウウルフが慌てて回避しようとするが、僅かに間に合わず大太刀は左前足を切り裂いた。


「グッ、グウゥゥ……、ウオォーーォン!」


 傷を負いこちらを警戒したシャドウウルフは、一度後方へ大きく飛び退いて距離を取ったあと、自身の影から無数の蛸足のような槍を生み出してこちらへと射出する。

 うねるようにして伸びてくる影でできた幾つもの槍を目にした俺は、



「転身〝月天絶華げってんぜっか〟」



 世界と繋がるべくして紡いだ詠唱は、おれ自身と、わたしの持つ〝天嵐封戈てんらんほうか〟を魂の形に沿った形へと変えていく。

 全身から淡い月の光のような輝きを放ちながら、おれわたしへと、建速須佐之男命スサノオの権能の依代たる大太刀〝天嵐封戈てんらんほうか〟は、月の力を宿す杖へと生まれ変わる。


 再び女性体へと転身した私の第二魔法〝月天絶華げってんぜっか〟は、月の光を蓄えた花の蕾が開いたかのような杖の形をしていた。

 〝月天絶華げってんぜっか〟が内包する神話は三貴神の一柱、月神たる月読命ツクヨミの権能。杖の先端にある花の中央には、美しい宝珠が月の光のように淡く輝いている。


 私は、〝月天絶華げってんぜっか〟の先端をシャドウウルフが打ち出してきた影槍へと向けると、魔力を込めてその権能を解放した。

 月の力の一端、潮の満ち引きに影響を与える月の引力を模したその力は、実体を持たないはずの影槍を押さえつけるようにして地面へと縫いつける。月の重力は、影槍だけではなくシャドウウルフの本体とその周りにいた分体にも影響を与えて動きを阻害した。


「ユキ! 今だよ!」

「う、うん、分かった!」


 突然女性に戻った私を見て呆けていたユキは、私の指示を聞き慌てて〝溟晶ニクス〟を生み出して雷を放つ。

 体と影を押さえつけられて動きの鈍いシャドウウルフたちは、ユキが放った雷をまともに受けた。雷を受けた分体たちは軒並みその身を消失させ、奴らの本体は感電して動けないでいるようだ。


 感電しているシャドウウルフにとどめを刺すべく私は、



「転身〝日輪天貨にちりんてんか〟」



 世界を震わせるように響いたその言葉は、淡い光を放つぼくを、眩いほどの光と熱を放つ存在へと生まれ変わらせていった……。



—————————

▼《Tips》



 魔法ギフトとは第一から第三までの三段階に分かれる。

 素質のある者ならば、第一魔法は産まれてから自我が芽生えるまでに必ず覚醒する。

 ほぼ全ての第一魔法には攻撃能力があり、幼児期の癇癪に伴う形で判明することが多い。

 こちらは攻撃性の高さから五段階の危険度で分けられ、危険度四以上は高い潜在能力が確定する代わりに確実に制御不能なため、孤独な幼少期を過ごすことも多く、高位の魔法士ギフテッドほど性格に難がある傾向にあり、社会的な問題になっていた。

 ちなみに危険度三以下は、無意識下での肉親への魔法使用がないことが条件の一つとなっている。


 第二魔法は、第一魔法に目覚めた者が魔物アダプターの持つ魔詛マソを一定量吸収することでのみ覚醒する。

 第二魔法とは、世界に存在する神話や伝承などにある神や英雄、妖精や怪物の権能の模倣であり、元型アーキタイプとしての『真名』とその力を示す『言霊』を(真名自体が言霊のルビと完全に一致することもある)。

 その力は権能の発動体として武具の形を成すことが多く、ごく稀にではあるが装飾品や雑貨などの形を成すこともあった。


 第三魔法に至る者は、魔法士全体の約5%ほどしか存在しない。そのため、その力の全貌は世界各地に残る凄まじいほどの破壊痕からしか、推し量ることが出来ていなかった。

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