第4話 覚醒×襲撃

 どれくらい時間が経っただろうか。


 無数のシャドウウルフたちを撃ち抜き、その数が分からなくなって久しくなった頃、私以外の三人にそれは殆ど同時に起こった。

 先ず、最初にユキだ。


「あ、ああああぁあぁぁぁ……」


「ユ、ユキ!」


 突然にユキが呻きながら自身を抱きしめるようにしてうずくまると、彼女の全身から雪の結晶を模した魔力の結晶である溟晶ニクスが、キラキラと輝きながら吹雪くようにあふれ出した。

 突然のことに驚いた私たちは、思わずシャドウウルフへの攻撃を中断してしまったが、シャドウウルフたちも驚いたのか、こちらを警戒して動きを止めている。

 急いで介抱するために私が近付こうとすると、ユキの口からこぼれるように呟かれた言葉が、



「〝荒天冥簪こうてんめいしん〟」



 ユキの周りを漂うように舞っていた溟晶ニクスが、渦を巻くように彼女の左耳あたりに集まっていく。それがおさまるとユキの左側の髪が耳にかかり、それを抑えるようにして美しいバチ型のかんざしが存在していた。

 鼈甲べっこうの赤を基調とした簪の中央には、雪の結晶をモチーフにしたような美しい水晶の花があり、白く淡い光を発している。


 うずくまっていた幸は、自分の身体を確認するようにしてゆっくりと立ち上がると、おもむろにこちらを警戒していたシャドウウルフの群れへと右手を差し伸べ、魔力を込めて溟晶ニクスを創りだす。

 手のひらから生まれた溟晶ニクスたちは、粉雪のように舞い散りながら幸の手から三十センチほど離れると、突然に火花を散らして雷へと変わりシャドウウルフたちへと襲いかかる。

 広範囲に降り注いだ雷により、無数にいたシャドウウルフの分体たちは一気に殲滅されていった。


 すると今度は、その様子を驚きながら見ていたカオルとフジコが、先程のユキと同じようにしゃがみ込みながら呻き声をあげだした。


「うぅ、うぅぅぁああぁぁ……」


「カオル?! カ、ぁああぁぁ、くぅぅ……」


 全身から黒い瘴気のようなものを溢れ出したカオルと、虹色の光を溢れ出したフジコに驚く私を、宥めるようにユキが呟く。


「大丈夫、すぐにおさまるよ。わたしと同じ」


 ユキの言うとおり、二人はすぐに静かになったかと思うと、先程のユキと同じように自身の第二魔法の名を世界へと響かせる。



「〝昇穿侵槍グングニル〟」


「〝九姫鍵剣ワルキューレ〟」



 カオルとフジコの二人が、目覚めた第二魔法ギフトの名を世界へと響かせることで、自分自身と世界とを繋げ第二魔法が内包していた

 そうすることで二人の第二魔法が本当の意味での完成へと至り、それぞれの魔法の形が定まっていく。


 カオルの身体から溢れていた瘴気のようなものは、彼の右手へと集まって長い棒状を形作っていく。

 フジコの方は虹色の光が九色の別々の光に別れて、彼女の周りで新たな形を成していった。


 カオルの第二魔法の名は〝昇穿侵槍グングニル〟だ。

 北欧神話の主神オーディーンが持つ槍の名を冠していているとおり、彼の身体から溢れ出ている瘴気のようなものが右手に集まり黒い長槍を形作っていく。

 完成した槍の穂と柄の境目には紫色の珠が嵌め込まれており、その珠からは瘴気のような黒いもやがわずかに溢れ、穂先へと纏わりついていた。


 フジコの第二魔法は、こちらも北欧神話に出てくる英雄の魂を選定する戦乙女〝九姫鍵剣ワルキューレ〟の名を冠していた。

 彼女から溢れ出ていた九色の光は、にあるように、それぞれが剣の形を成していく。

 完成した九本の剣は全て金色の同じ形をしていたが、唯一ガード部分に嵌め込まれた珠の色がそれぞれ違っているようだ。

 そして、フジコの右手にある虹色の珠を宿した一本以外の八本全てが、刀身を下に向けた状態で彼女の周囲に等間隔で浮かんでいた。


 第二魔法に目覚めたカオルとフジコの二人が、シャドウウルフたちを牽制していた幸と合流すると、劣勢だった戦況はこれまでとは一変する。


 カオルが、どう見ても重そうな右手の長槍を片手で軽々と振り回すと、槍に触れたシャドウウルフの身体は一瞬も抵抗できずに千切れてちりと化した。それは槍の穂先だけでなく、棒状の柄の部分が相手に触れても同じようだ。

 華奢なカオルが軽々と長槍を振り回しているので、見た目に反して軽い槍なのかと思ったのだが、あの様子では見た目通りに相当な重量のようだった。

 常識の埒外らちがいなほどの膂力も、馨の第二魔法による能力の一端なのだろう。


 力任せに敵を殲滅していくカオルとは対照的に、フジコの戦い方はいっそ美しくすらあった。

 フジコが、真っ直ぐに敵へと向かって歩くだけで、周囲に浮かんでいた八本の黄金に輝く剣がまるで踊っているかのように舞いシャドウウルフたちを斬り刻んでいく。

 八本の剣が自由に動きまわり、それでいて他の剣と接触することもなく敵を斬り伏せる様は、まるで一本一本の剣たちに意思があり生きているかのようだった。


 シャドウウルフの分体たちは、覚醒した二人の第二魔法の前になすすべもなく殲滅されていく。倒されるたびに近くの影からは新たなシャドウウルフたちが現れるのだが、増える数よりも倒される数の方が少しずつ多くなっていた。


 今までの鬱憤を晴らすかのように積極的に戦いだしたカオルやフジコとは違い、これまでも散発的に雷を放つだけで牽制に専念していたユキは、戦闘能力に乏しい私を守りサポートしてくれるつもりのようだ。


「ミコトちゃんはわたしが守るから攻撃して」


「……わかった。ありがとう。無理はしないでね」


 ユキが目覚めた第二魔法〝荒天冥簪こうてんめいしん〟の能力は、第一魔法である〝溟晶の理ニクスマグナ〟の力を強化し、生み出した微細な魔力の結晶である溟晶ニクスを、自由自在に操る力だった。

 覚醒してから幾度も放っている雷も、雲が氷の粒の摩擦で雷を生むように、雪の結晶を模した溟晶ニクスを擦り合わせることで静電気を起こし、それを魔力で増幅して強力な雷を生み出しているようだ。

 能力の元となった神話アーキタイプこそ不明ではあるが、雪を模して風を操り雷を降らせるという、天候そのものを操ることができる非常に強力な第二魔法であった。


 しばらくの間、私はユキにサポートしてもらいながら魔導銃でシャドウウルフを撃ち倒していく。

 先行して突撃していた高階さんやカオルとフジコは、それぞれ単独で敵の群れと戦っていて、気付いたときには私の側にはユキだけになっていた。



 私がそれに気付けたのはある意味必然だったのだろう。



 ユキは自分の第一魔法〝溟晶の理ニクスマグナ〟の性質上、常に周囲へと自身の魔力の結晶である溟晶ニクスを散布しているため、領域内の索敵には自信があったようだ。

 それ故に、目視で周囲の確認さえしていれば気付けたはずの敵の出現の瞬間を、ために見落としてしまったのだ。


 私がユキより先に気付けたのは、私もまたユキを常に視界に入れて彼女の周囲を警戒しながら魔導銃を撃っていたからだった。私たちの側へと突然現れたシャドウウルフは、より近くにいたはずの私を完全に無視して隣にいるユキへと襲いかかろうとしていた。

 その一瞬、私は特に意識することもなく、今まで常にそうしていたように、ユキの身を守るため即座にユキとシャドウウルフの間へと自分の身体を投げ出すようにして捩じ込む。



 世界がゆっくりと動いているような感覚のなか、ユキを守るようにして受け止めたシャドウウルフの攻撃により、激しい衝撃を受けたそのとき、



 そして私は、ユキが私の名前を叫ぶ声を遠くに感じながら、ゆっくりと意識を失っていく。


 どうしたらユキ彼女の涙を止められるのだろうか。

 意識を失うその瞬間まで、泣き叫ぶ彼女の姿を眺めながら、そのことだけを考えていた……。



 わたしはただ、そのことだけを考えていた……。



—————————

▼《Tips》



 世界中に魔素マナが満ちたことで魔物アダプターと化した一部の樹木は、一定数集まると特殊な異空間を形成するようになった。

 異空間の内部は元々の空間よりも何倍も広く、世界を擬似的に閉じることで外部の影響力を排除したため、内部の魔物達がそれぞれ独自の生態系を築いている。

 異空間は、その性質と危険性から『迷宮』と呼ばれ、迷宮探索を専門に行う魔法士たちを『迷宮探索者』と呼ぶこととなった。

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