第3話 迷宮×魔物
「皆さん、支給された魔導銃は忘れていないですね?」
「はい、持っています」
「わたしも大丈夫です」
「私たちも忘れてない」
魔導銃とは、探専の生徒に支給される拳銃型魔導具のことだ。全員の利き手側の腰部に専用のホルスターが吊るされている。
魔力を消費して、引き金を引いた者の体内
私たち新入生は高校入学前、中学校の卒業式後から特別準備講習と称して制服や魔導銃を支給されての習熟訓練を何度か行なっているので、魔導銃の取り扱いについての問題は特にない。
「では、早速迷宮へ行きましょう」
迷宮へと向かうために訪れた校舎の裏側には、色やレリーフの異なる五つの門が存在した。
高階さんの話によると、それぞれの門ごとに、条件を満たすことで支給される専用の鍵を使用することで、学校の周りに存在する迷宮の入口へと、直接転移することが出来るそうだ。
私たちが向かうのは一番左端にある緑色の門だ。
繋がっているのは初心者用の【迷いの森】というEランク用の迷宮らしく、門の枠には蔦が絡まる意匠が、中央には狼とゴブリンの絵が刻まれていた。第二魔法を解放した生徒であれば、誰でも鍵を得られるようだ。
皆んなが門の前に集まると、高階さんがポーチの中から、門の意匠とよく似た緑色の鍵をとりだす。
「それでは転移します。皆さん私の腕に触れてください」
全員が差し出された高階さんの腕に触れると、彼女は持っていた鍵の先端を門の方角へと向け、何も無い空間に鍵をさして回すような仕草をする。
その瞬間、世界が歪むとともに、体が浮くような感覚と軽い酩酊感に襲われた……。
◇◆
やがて浮遊感がおさまり視界が元へと戻ると、私たち六人は森の中にある少し拓けた場所にいた。
「ここが迷宮……」
私たちがいる地点は、教室ぐらいの広さの空き地のようになってはいるが、その空き地から人が並んで通れるぐらいの獣道が前後に二本あるだけで、辺りを見回してみても木々が生い茂り見渡しがきかない。
植生なども普通の森との違いが分からず、迷宮だと言われてもあまりピンと来なかった。
「さあ、打ち合わせ通り慎重に行きましょう」
高階さんの号令に従い、隊列を組んで獣道を森の奥へと進み始める。
ちなみに平塚さんは、初めての迷宮に動揺している私たちを面白そうにニヤニヤと眺めていたため、高階さんに睨まれて慌てていた。
しばらく道なりに歩いていると、先導していた高階さんが立ち止まり、人差し指を口元に添えて静かにするように指示をだした。
彼女が見つめている方角を注視していると、緑色の小人のような生き物がこちらに向かって歩いているのが見えてくる。
ゴブリンだ。
ゴブリンは全部で四、五体か、まるで警戒する様子もなくだらだらと歩いている。
「みんな、見えた? 相手はゴブリンが五体。私が番号を言ったら、先ほど決めた通りの順番で手前から魔導銃で狙って撃つように」
打ち合わせでは、私たちが第一魔法を制御出来るようになるまで、高階さんが囮になって魔物を抑え、番号順に一体ずつ魔導銃で倒していくことになっていた。
一番が私で二番目がユキ、フジコが三番で、四番がカオルだ。
私たちはホルスターから魔導銃を抜いて待機する。
「〝
高階さんは詠唱することで、第二魔法である美麗な盾を左腕へと
初めて見た〝
盾の表面は白い下地に金色で縁取られ、虹色に輝く美しい幾何学的な文様が描かれている。
盾を顕現させた高階さんは、魔導銃の後ろ側に佩いていたサバイバルナイフを抜き、ゴブリンたちに向かって駆けていく。
瞬く間に一番手前にいたゴブリンへと肉薄すると、盾を前に出して牽制しつつ私たちへと号令をかけた。
「いちっ!」
私は号令に従い魔導銃の引鉄を引く。
支給された際の試し撃ちでも思ったが、音や反動などは殆どなく、まるで玩具のようだ。
初戦闘のためか余計なことを考えてしまうが、銃弾は狙った通りに先輩が抑えているゴブリンの胸あたりに命中した。
これは、仲間に命中しても銃弾は擦り抜けると事前に聞いていたおかげだと思う。高階さんの〝
「にいっ! ……さん!」
ユキも無事に銃弾をゴブリンに命中させることが出来たようだ。
一年生全員がゴブリンを銃撃し、残ったゴブリンを高階さんが斬り伏せることで、何事もなく初めての戦闘は終了した。
戦闘後に倒したゴブリンを確認してみると、一番初めに私が
魔物と一括りに呼んではいるが、獣魔と妖魔の二種類に分けられる。簡単に説明すると、獣魔は元々存在していた生物が魔素によって進化した存在で、妖魔は魔素によって顕現した空想上の存在だ。
その中でも妖魔は、斃されるとやがて魔素へと還えり肉体が消え去るため、その現象を『世界に溶ける』と表現されるようになっていた。
世界に溶けた妖魔は、核となっていた高純度の魔素の塊である魔石を残すため、討伐対象としては人気が高い。魔石が嵩張らないことと、消え去る際に血なども一緒に世界に溶けるため、討伐の際に汚れることもないからだった。
魔石の利用方法は多岐に渡る。魔導銃を初め、魔力を使用する武器のエネルギー源としての利用は勿論。外部から一定量の魔力を込めると、現象を模倣し増幅する性質があることが発見されており、加熱機器や冷却機器への利用、環境への影響が一切ない発電方法としてなど、必須でありながらも安価な資源として世界を支えていた。
初めての戦闘を終えたあと、その後も同じ手順で遭遇した魔物を討伐していく。
ゴブリン、グレイウルフ、コボルト……。
それぞれ一人あたり七、八匹は倒しただろうか。
私以外のみんなは、少しずつ第一魔法を制御出来るようになっていた。
私はというと、第一魔法の性質上、どうしても直接的な成長の実感はないが、私の中にある第一魔法〝
同時に今まではまるで分からなかった、第一魔法のその先が
少しずつ自分の中にある力が強くなっていく実感。それがもたらす高揚感が、周囲への注意を散漫にさせていたのかも知れない。
私たちが気付いたときには、数十頭の黒い狼たちに辺りを囲まれていた。
「気配が薄い黒い狼の群れ……まさか、シャドウウルフ!? Eランクの『迷いの森』にCランクのシャドウウルフなんているはずが……まずい、みんなを守って〝
慌てた高階さんが盾を掲げると、淡い光が私たちを包んだ。
「あなた達は、なるべく固まって近付かせないようにしなさい! トウヤ! 掩護を!!」
「了解。先ずはこいつからだ。俺が響かせる音は破邪をもたらす……〝
平塚さんが、左手に顕現させていた
「次だ、さあ〝
続いて、私たちの後ろから平塚さんが矢を放つと、螺旋状に光を散らしながら一番手前の狼の頭部を貫いた。その矢は、勢いを衰えさせることなくそのまま飛翔すると、驚くことに右後方にいた個体に向けてカーブを描いて命中する。
すると矢に貫かれた二体の狼の体が、黒い霧の様になり瞬く間に霧散したかと思うと、近くの木の影からまるで生えるかの様に新たな黒い狼が現れた。
「やっぱりシャドウウルフ! それなら、離れた位置に本体がいるはずよ。トウヤ!」
「ああ、分かっているさ。嬢ちゃんたちは無闇に撃たずに、近付いてきたシャドウウルフだけを撃つようにしな。当たりさえすればとりあえずは消えるが、近くの影からすぐにリポップしやがる。俺が本体を見つけるまで、慌てずに対処するんだ」
「は、はい。分かりました」
話しながらも平塚さんがもう一度矢を放つと、山なりに空に向けて放った一本の矢が、無数の矢に別れてシャドウウルフの群れへと降り注いだ。
雨のような無数の矢にシャドウウルフたちが混乱したその隙に、平塚さんは群れの後方へと凄いスピードで移動していった。
「あなたたちは、さっきの〝
「了解です」
高階さんはフジコにあとを頼むと、盾を構えてシャドウウルフへと突撃していく。
「カオルは私と、ミコトとユキで組んで私たちと背中合わせに。こちらに何かあったらユキが、そちらに何かあればカオルが一時的に援護することにしようか。なるべく高階さんにも聞こえるぐらいの大きさで声がけもしよう」
フジコの指示で、隊列を組んで銃を構えると、襲い来るシャドウウルフとの長い闘いが始まった……。
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▼《Tips》
魔詛とは変質した魔素であり、魔力を通して接触した生者へと誘引される性質と、取り込んだ者の存在強度を強化する性質があるため、魔詛を蓄えた魔物を斃すことで生物として強くなれることが分かっていた。魔詛による存在強化は、肉体だけでなく
獣から進化した『獣魔』と、結晶化した魔素である魔石を核とすることで、空想上の存在が実体化し顕現した『妖魔』の二種類が存在する。
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