第88話 タスマン海航空戦3

その対空砲火はその艦が硝煙と発砲の炎で見えなくなるほど激しかった。三神自身、マレー沖でダイドー級の、珊瑚海海戦でアトランタ級の対空砲火を経験していたが、今回のそれは比べ物にならなかった。先頭の阿蘇攻撃隊の低空を這うように進んでいた九七式艦攻がまるで見えない壁があるように次々と翼を失い、或いは胴体を突きぬかれ墜ちていった。


「なんなんだ、あの船は....!」


いつもうるさい高橋も絶句する。レシーバーの電灯が点滅し通信が入る。


「攻撃隊全機に次ぐ、敵対空戦艦から可能な限り迂回して攻撃を続行せよ」


攻撃隊指揮官は状況から直ぐに判断したようだ。


「じゃあ、やるしかないな」


三神もそう口の中で呟く。敵空母は今、一つの集団にまとまっている。なんで分散していた敵が合流したのか、それはあの化け物の対空砲火を効果的に活用するためだろう。密集すれば対空砲火の密度も当然に上がる。


三神は傘下の攻撃隊に指示を飛ばすと、ラダーペダルを踏み込み操縦桿を倒す。敵空母は目前だ。依然敵戦艦の対空砲火は各攻撃隊を削っていたが、九九艦爆や九七艦攻は怯まず前進していく。高度の関係で九九艦爆の一部は高角砲の俯角外に侵入したようで、敵戦艦を素通りしていく。


最も被害が集中している九七艦攻もその数を3分の2以下に減らしながらも敵空母に接近する。と、数機の九九艦爆が敵戦艦のうちの一つに急降下爆撃をかけ、3発あまりの250㎏爆弾が命中する。


サウスダコタ級戦艦は高角砲で固められているからか、弾薬庫が装甲甲板のうえに剥き出しの設計になっていた。そのため5インチ砲弾が次々に誘爆し、高角砲も機銃座もほぼ露天の装甲皆無のため、甲板上では兵員がなぎ倒され阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。そして、三神の攻撃隊も敵空母への攻撃を開始する。



三神が狙いをつけたのはヨークタウン級の1隻だ。やはり米軍の対空砲火は日本のそれと比べて熾烈だが、数的にこっちが有利である以上、防空網は突破できた。操縦桿を倒し、ダイヴブレーキを全開にする。凄まじいGがかかるが、その中でも敵艦に照準を合わせる。


「てっ」


マレー沖でリヴェンジ級に、珊瑚海でヨークタウン級二隻に、それぞれ二五番爆弾を叩きつけてきた歴戦の艦爆乗りは二ヶ月の時を経て、珊瑚海で仕留めそこねた空母「ホブカークスヒル」に再び二五番を投弾した。ヒューという音を立てて250㎏爆弾は敵空母の甲板左舷後部に命中した。


後続機も次々に爆弾を投下し、燃える敵空母に薪を投じていく。三神は行けがけの駄賃といわんとばかりに7.7㎜機銃を、被弾しても対空砲火を放つ敵艦に撃つ。


編隊をまとめ、帰路についたときには、その数は当初の半分以下に減っていた。いかに敵の迎撃が激しかったのかを物語っていた。F4Fとの戦闘でかろうじて生き残った零戦がもはやまともに編隊運動すらできてない攻撃隊を護衛し、単機や数機で襲ってくるF4Fを追い払っていた。


敵艦隊を見る限り、空母は7隻中4隻が黒煙を噴き上げて炎上しており、そのうち2隻は既に足を止めているようだった。また、炎上はしていないが傾斜して沈没しかけているのが一隻いる他、帰還不能と判断した九七艦攻が突入した一隻も一見無傷に見えるが甲板は無事なものの艦橋が吹き飛んでいた。つまり7隻中6隻に損害を与えることができたということだ。


見た感じ、無傷の一隻はヨークタウン級で艦橋を吹き飛ばされた一隻もヨークタウン級のようだ。沈みかけているのは「レンジャー」、足を止めているのは小ぶりの「ワスプ」だった。しかし、攻撃隊も相当な被害を被った。いつもはうるさい高橋も黙っていた。




※補足

日本側はホーネット級もヨークタウン級と識別している。

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