第55話 高高度の敵
「それに海軍は本土近海からの攻撃を防げなかったことに、首相の命を守れず、陛下の玉体に万が一のことがあったかもしれない事態に本土防空をできなかった陸軍と同じく名誉を傷つけられ自負している。珊瑚海で早急に勝利を収めることは国民の士気や政府の運営にも関わるだろう。そしてなにより海軍の威信を回復することにつながる。」
井上のお墨付きの参謀長、矢野志加三がそう言ったことでこの戦いで勝利を収めなければいけないことは誰も分かった。
「となると相手の位置を特定できているこちら側が有利だ。まず艦載航空部隊を以って敵機動部隊を叩くことになるだろう。各艦に出港命令!」
ラバウル沖に停泊している第四航空艦隊と第二艦隊所属の金剛型四隻からなる第三戦隊は既にいつでも出港できる状態にあった。
「はっ!」
探照灯のモールス信号で出港命令は各艦に伝わった。無線封止をしているのは敵に出撃がさとられないようにだ。作戦計画というか事前の打ち合わせに従ってまず最初に松型駆逐艦8隻が、続いて空母直掩の秋月型駆逐艦12隻と井上の乗艦を含む十勝型空母空母6隻、最上型防空巡洋艦4隻が出港した。更に後続に金剛型戦艦4隻(榛名を先頭に一列に)、両脇には20隻以上の松型が展開している。
MO作戦には第二艦隊が参加しているため重巡がもっといてもおかしくないのだが、妙高型、高雄型の重巡は近く予定されている第1、第2航空艦隊の作戦の護衛の為それらに引き抜かれ、内地で待機していた。
ちなめに両型ともに内地で第3砲塔を撤去し10㎝連装高角砲3基に置き換え、更に両舷の12.7㎝高角砲を10㎝高角砲に変える改装をしていたのだが、それは井上の知るところではなかった。
「このまま南下した場合明朝には敵機動部隊が我が艦隊の航空機の攻撃圏内に入ります。日が暮れる前に潜水艦に攻撃を命じた方が良いと思いますが」
副官の白石萬隆少将が井上に提言した。
「いや、多少危険が伴うにせよ航空機が飛べない夜間に攻撃をするべきだろう。各艦に伝えておいてくれ」
「は」
井上は通信完了の報告を受けたあと、艦橋のデッキに出た。沖合で掃海艇を連れて警戒をしていた松型が2隻が艦隊に合流するため横から接近しているところだった。先頭を行く熊野の後部飛行甲板には一式水偵が3機ほど駐機していて南洋の淡い紺碧にゆらめく海の色が翼の深緑と重なり合い浮きあがっていた。と、艦橋の方から誰かが大声で叫んでいるのが聞こえた。艦隊はラバウルから南に10海里のところを航行していた。
「電探反応あり、敵編隊接近!」
「防空戦闘準備急げ!」
「迎撃機の発艦はまだか!」
と罵声が飛び交うのを聞いて井上は我にかえり防空指揮所に向かった。先行する駆逐艦の情報によると敵機は超高空から進入しており機数は30機前後とのことだった。舞い上がった迎撃機は高度7000mを超える高空から進入する敵機に意味をなさなかった。高高度ということはB17だろう。
「零戦での迎撃はできません!」
高度7000mでは気温は-30°にも達し防寒設備の無い開放式のコックピットの零戦ではまともな戦闘は不可能だった。その高度からの爆弾の命中は0.01%も無いと思われたが常に警戒をさせ神経を消耗させるには効果的だ。井上がそう考えていると4隻の巡洋艦が砲撃を開始した。
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