第53話 鉄底海峡の始まり

「敵機目視!」


見張り員がレーダーで既に接近していることがわかっている敵攻撃隊の接近を告げた。


「突破されたかっ!」


哨戒艇のレーダーで空戦はこちら側の有利に働くはずだった。哨戒艇はレーダーに映ったものを司令艦の千木に文で表現して報告したのだが、その時敵編隊は扇状に横に広がって展開しているはずだった。だが、敵機は上空でこちらの迎撃隊を待ち構えていた。それに護送空母の零戦のパイロットが急いで集められたベテランも新米も混合の編成だったことも空戦で常に後手になる状況を招いた。


「対空射撃用意!、二隻をなんとしてでも守り抜け!」


第六七駆逐隊、第三十四駆逐隊の橘型、松型駆逐艦千木以下、萩、梨、蓮花、萊、薔薇が船体共有計画の800トン系列の二等駆逐艦三百号型六隻、護送空母二隻の第五十二航空戦隊直属の冬月型駆逐艦四隻と共に空母二隻を取り囲むように展開し、防空体勢を整える。


「敵機射程内!」


「全艦対空射撃開始!。一番、二番、三番発射容易!」


余田が直ぐに命令を下す。


「一番よし!」「二番よし!」「三番よし!」


各砲塔から射撃準備完了の報せが届き、余田は上げた手を振り下ろした。


「撃てー!」


斉射のブザーと共に5門の12.7センチ砲が発射された。


「弾着ー、今!」


上空3000メートル、距離1万4千メートルで無数の10センチ砲弾、12.7センチ砲弾が炸裂した。何機かに煙がたなびいていたが墜落した機体はなかった。連続して各艦から砲弾が放たれていく。10斉射ほどしたところで数機の敵機がパラパラと揚力を失い落ちていくのが見えたが、5000メートルを切ったところで高角砲は敵機に追従して射撃するのが困難になった。25ミリ機銃の射程は3000メートルほどであり、この区間は一種の対空砲火空白地帯なのだ。


「敵機、魚雷投下!」


艦橋の余田からは離脱する敵機が見えた。


「回避行動、進路20°!」


「進路20、取舵よーそろ!」


艦隊は皇海と笊ヶを囲むように輪形陣に展開し、25ミリ機銃の射程に敵機が入ったところで弾幕を張り始めた。敵の急降下爆撃機は高度3000メートルから侵入してきており高角砲の俯角はそこまで届かないためまたしても有効な対空射撃ができなかった。


「敵機急降下開始!」


25ミリ機銃が火を噴きバリバリバリと発射音が響く。そこでさらに左舷から敵雷撃機が接近してきた。敵は雷撃隊を二波に分けてきたのだ。20機前後の敵急降下爆撃機は2隻の護送空母に編隊を半々に分けて急降下を開始した。20隻近い護衛艦艇が対空網を張るが皇海の飛行甲板に紅の爆炎が轟音と共に出現したことで大勢は決したことを余田は悟った。


250キロ爆弾2発を被弾した皇海は搭乗員の必至の消火活動も遂には足を止め雷撃機の魚雷を横腹に何本も喰らい、同じく魚雷を受けて弾薬庫の誘爆を起こした笊ヶとともにソロモンの海淵に消え、後には重油と無数の破片、救助に当たる内火艇を残すばかりであった。


のちにこの海峡が鉄底海峡アイアンボトム・サウンドと呼ばれることになるのはまだ数年先のことであった。

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