第36話 艦砲射撃
11日午後6:20
その日の夕暮れにかけてムルマンスクには正体不明のドイツ新型戦闘機が波状的に飛来。迎撃に向かった戦闘機をすべて撃ち落としたあと、He111、50機ほどの爆撃隊が飛行場や港に停泊していた戦闘艦艇を破壊し飛び去っていった。コンクリートでできたトーチカ型の沿岸の見張所ではバレンツ海から来る敵を警戒して10人ほどの陸軍将兵が双眼鏡片手に水平線を警戒していた。とは言っても現地の農民と若手士官の混成のこの部隊は規律も特にゆるく、さほど警戒していたわけではなかった。
そのうちの一人の兵士は北西の方向を見張っていた。やがて水平線上にポツポツと点が見え始めた。なかには他の点とは比べものにならない大きさのものもあった。
「おい!なぁ、ありゃ戦艦じゃないか!」
交代の兵士が電話で必死に本局に状況を説明している。その最中に遂に轟く爆音が聞こえてきた。沿岸砲が必死に装填準備をするが敵の砲弾はそれよりも早かった。その着弾は凄まじかった。一瞬で港湾のクレーンや倉庫が吹き飛び、海面に着弾したものは数十メートルほどの水柱を彷彿させた。途端に黒煙と火柱が立ち上り硝煙の臭いが辺りを満たした。補給物資の砲弾に誘爆したのだ。直撃を受けた対空砲やタグボートは木っ端微塵に消し飛び、その砲弾は揚陸し列車の輸送を待っていた戦車やトラック、自走砲、膨大な補給物資が入った無数の木箱にも降り注いだ。ガントリークレーンや埠頭はもはや跡形もなく、積み上げられた補給物資は屑鉄の堆積場のようになっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「撃ち方やめ!」
伝令はティルピッツの砲術指揮所だけでなく僚艦のシャルンホルスト、グナイゼナウにも伝わり3艦とも砲撃を停止した。ムルマンスクのあるあたりは黒煙と猛火が激しく上がっていた。
「アルハンゲリスク港の破壊に第一航空艦隊と空軍は成功したようです」
「了解した。では最後のお楽しみといくか」
艦隊司令官のオットー・シュニーウィンドは自身のソファーに座った。
「進路20°、と〜りかーじ!」
艦長が操舵室に命令を送る。シュニーウィンドにとって戦艦は人生であり、絶対的なものであった。だが、それは過去の話だ。このティルピッツのことをシュニーウィンドは祖国の戦艦として誇っていたし素晴らしいものだとは思っていたが既に時代の主役は戦艦ではなかった。バルバロッサ、バトルオブブリテン、マレー、真珠湾、タラント、すべては航空機が挙げた戦果だ。しかし真珠湾では旧式の金剛型戦艦が艦砲射撃で大きな戦果を挙げるなど静止目標に対する戦艦の攻撃はとてつもなく有効であることがしめされており、確かにティルピッツ、グナイゼナウ、シャルンホルストの艦砲射撃はムルマンスクを完全に無力化していた。恐らく今回で対艦任務で戦艦が活躍する最期になるだろう。シュニーウィンドの脳裏には数十キロ東を航行する第一航空艦隊の三空母が白波を切って進む姿がくっきりと焼き付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます