第33話 真珠湾攻撃のその後

チェスターニミッツ太平洋艦隊司令長官は迎えにきたジミーGMC CCKWに乗った後でも険しい顔をしていた。窓からは着底、沈没した戦艦アリゾナ、ネバダ、転覆したオクラホマの影が見えた。瓦礫と重油で黒く染まった真珠湾の海面はそれが人が住める環境では無くなったことを物語っていた。このジミーGMC CCKWは運転座席から後部荷台にかけて箱型の密閉式キャビンになっており、後部には2つの扉に挟まれた気密室エア・ロックがある。もともと一次大戦の教訓から欧州戦線での毒ガス戦を意識して作られたものだが、まさかハワイで重油の揮発ガスの中を進むために使うとは誰も思わなかった。ニミッツは真珠湾を見た後打ちのめされたようにうなだれ爆発しそうな顔でいた。その後、駆逐艦に乗ってラハイナ泊地に停泊している軽巡セントルイスに戻った時にはニミッツはやっと顔をほぐし元の穏やかで知性に溢れた表情に戻っていた。この軽巡洋艦セントルイスはブルックリン級軽巡洋艦の小改良版で真珠湾攻撃時は僚艦のヘレナとともに真珠湾海軍基地南東入江に停泊していた。空襲でヘレナは魚雷、爆弾3発を喰らって中破したがセントルイスは2機の敵機を撃墜し、無傷のままなんとかデトロイト麾下の水雷戦隊や他の艦とともに湾外に出航することに成功した。その後の艦砲射撃で空襲で行き足の止まった同型艦のフェニックス、ホノルル、ヘレナは粉砕され、デトロイトは潜水艦の雷撃で沈没したためセントルイスは真珠湾から生還した唯一の軽巡となった(重巡は湾内にいた艦は全て戦没したが、たまたまハワイ近海で訓練していた重巡のミネアポリスが重巡では唯一助かった)。一旦は西海岸のサイディエゴに戻ったもののニミッツが真珠湾を視察したいと言うことでちょうど稼働していたセントルイスがニミッツらを運ぶことになったのだ。

ニミッツが浮かない顔をしているのにはもう一つ理由がある。それは、マーシャル、ギルバートへの空母部隊でのゲリラ攻撃が中止されたことだった。就任直後からニミッツはABDA艦隊や劣勢なフィリピン極東軍を援護すべくとりあえず手持ちの戦力で防備の手薄なマーシャルやギルバートを攻撃しようと作戦を練っており、改修が終わったサラトガとエンタープライズ、大西洋艦隊から転属したヨークタウンを投入する予定であったのだが航空基地を復興しラハイナ泊地を整備するために重機や資材を積んでハワイに向かった輸送船10隻あまりが敵の潜水艦の攻撃に合い全滅したのだ(護衛は旧式の平甲板型駆逐艦クレムソン・タイプ・デストロイヤー4隻であった)。後々分かったことだが日本軍は給油潜水艦を多数配備し、それを母艦として航続距離の短い中型潜水艦をハワイ周辺からビスマルク海に60隻以上展開させていた。次の船団ではエンタープライズが護衛についたため無事にハワイにまでたどり着いたがサラトガとエンタープライズがラハイナまで前進しあとは給油艦の到着を待つのみという時にその給油艦が撃沈されてしまい作戦は不可能になったわけだ。ハワイ周辺には船団の資材で造られたハワイ島とマウイ島の飛行艇基地の同じく船団で数十機持ち込まれたカタリナが飛行しているが、滑走路は再建途中でハワイに日本軍が攻めてきたらすぐ落とされてしまうだろう。蘭印をめぐるいくつかの海戦でABDA艦隊は戦力を徐々にそがれ、シンガポール陥落、マッカーサー戦死と極東軍降伏によるフィリピン陥落、などアジア方面で助けるための連合軍がいなくなりつつあったため作戦は中止されたのだった。フィリピン、シンガポール、バリクパパン陥落やどこで味方の輸送船が撃沈されたとか、アジア艦隊が損害を受けたとか太平洋艦隊司令部に入ってくる情報はどれも悲痛なものばかりで士気や戦意は低かった。更に日本に一泡吹かせてやるつもりだったこの作戦が中止されニミッツのようにうなだれる将兵が続出し、戦意はさらに低下していた。

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