ルーズベルトの誤算

第32話 真珠湾攻撃の行く末

重油の鼻を突くような刺激臭と煙臭い空気を吸ってマクモリスはガスマスク越しに吐きそうな気分になった。

今は2月17日である。真珠湾は見るも無残な姿になり果てていた。真珠湾攻撃の際、4隻の金剛型戦艦が放った数千発と推定される14インチ砲弾は港湾設備、在伯艦艇、そして太平洋艦隊司令部を跡形もなく吹き飛ばし、フォード島に至っては島の半分が砲撃で抉られていた。


その艦砲射撃はキンメル長官麾下の太平洋艦隊パシフィック・フリートの優秀な主要参謀や暗号解読班、作戦立案班の殆どを灰と肉片に変え、先に避難していたキンメル自身も右腕と両目を失い、右足の膝から下も無くなっていた。

奇跡的に救護班が瓦礫に埋もれている長官を必至になって救護したため一命は取りとめたが失明、車いすの以上、軍人としてはもう生きていけなかった。破壊された重油タンクから川のように流れ出た重油は真珠湾に溢れ、重油の為引火もせず、そこから揮発した気体はホノルルにまで流れ込み(住民は大半が避難し助かったがまだ数千名の行栄不明者がいる)真珠湾周辺は一部を除いて封鎖区域となった。

第一戦艦隊を指揮するアイザック・C・キッド少将、第二戦艦隊を指揮するデイヴィッド・W・バグリー少将はそれぞれアリゾナ、テネシーの轟沈と共に行栄不明になり、空襲時はホノルルのハレクラニホテルにいた太平洋艦隊全戦艦部隊を指揮するウォルター・S・アンダーソン少将、第一、第二駆逐艦隊司令長官ロバート・A・テオバルド少将、第九巡洋艦隊司令長官ハーバート・F・リアリー少将も空襲後に自分の指揮する戦隊の旗艦に戻り砲撃で湾内で乗艦と共に行栄不明になったが対潜哨戒を命じられた第一駆逐艦隊を指揮するロバートのみが艦砲射撃前に真珠湾を後にしたため助かった。

太平洋艦隊司令部にあった戦力研究、敵信暗号、これまでの記録などの資料は多くが艦砲射撃で完全に紛失(暗号などは本国のや予備があった)し、今なお総数は把握されていないが軍属だけで一万名以上の死者が出たとされている(これとは別に約一万八千名が行栄不明)。


停泊していた艦艇は駆逐艦からカッターに至るまで艦砲射撃で完全に破壊され、唯一対潜警戒に出航した巡洋艦二隻、駆逐艦八隻、掃海艇などの小型艦艇五隻は太平洋艦隊司令部最後の電信警告で攻撃を免れたものの、日本軍の潜水艦網に捕まり巡洋艦の内軽巡デトロイトが、駆逐艦の内リード、モナハンが戦没した。艦砲射撃の後、レキシントンが潜水艦に撃沈された報告電がやっとエンタープライズのハルゼーに届き、ハルゼーの第8任務部隊はレキシントンの護衛艦艇や真珠湾から脱出した数隻と合流しながらサンティエゴに帰投した。もはや真珠湾は港湾としては使用不可能になり、マウイ島のラハイナ泊地には艦隊の後方支援設備は無いため太平洋艦隊は所属艦艇と母港を一度に失い壊滅したと言っても良かった。


マクモリスはこのままだったら昇進して少将になった後巡洋艦部隊を指揮する予定だったのだがその巡洋艦が殆ど失われ、キンメルの後継者のニミッツ提督がマクモリスを作戦立案士官として指名したことから太平洋艦隊司令部の面子となった。

そんなわけでマクモリスは真珠湾の状況を実際にこの目で確かめるべく遥々新たに司令部がおかれたノースアイランド基地からやってきたのだ、この人と一緒に...。マクモリスは右にちらりと目をやった。彼のガスマスクを通り越すような殺気を感じてマクモリスは少し背が縮んだ気がした。

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