閑話 総統と大使
長引く独ソ戦はドイツ軍が一時モスクワまであと八キロに到達したものの日米開戦前の12月5日に行なわれた冬季大反抗で伸びきった戦線が総崩れとなり次々に押し返されていた。激怒したヒトラーは死守命令を出し、中央集団のグデーリアン麾下第2機甲集団が必至になだれ込むソ連軍を押しとめようとしていた。そんな時に流れ込んだ盟邦日本が開戦早々、戦艦14隻撃沈、1隻撃破、空母3隻撃沈、1隻撃破という大戦果に総統は歓喜し、『盟邦の負けたことのない日本軍の参戦は我が国に大きな力を与えてくれた』と賞賛していた。
駐独特命全権大使である大島浩はドイツは大戦果を挙げた日本を見て盟邦の為に対米宣戦布告をすると睨んでいたのだがその気配は開戦から2日たった10日でもまだない。総統の意向を探ろうと対談を申し込もうとしていたのだが、その前に素晴らしき総統はあちらから対談を申し込んできた。本国からはドイツが対米戦争に参加してほしいという意見が強い。
応接室で大島は待っていると、ドアが開けられ総統のお部屋へと招待された。閣下は革製のソファーに座っていた。
「総統閣下、お目にかかれて光栄であります!」
一礼してから大島はテーブルを挟んで向かいのソファーに座る。
「ミスターオオシマ、こちらも君が元気そうで何よりだ」
総統はそう言うと先ほどまで笑顔だった顔を険しい表情に変えた。
「責めるつもりは無いんだが、聞いたところによると君の祖国は米国に先制攻撃をしたのではないか、それも最後通牒送付前のだまし討ちで。」
そのことは本国からは特に届いてなかったが、大使館員として諜報活動のトップに居る大島は新聞やメディアなどでそのことを知っていた。連合国側のプロパガンダかと思ったがどうやら本当らしい。額に冷や汗が浮かぶ。
「そもそも、日米開戦の責任は、和平を最後まで貫いた我が国に対し、米国がハルノートを出してきたからです。考えられることですが恐らく米国は意図的に宣戦布告書の受け渡しを遅らせたということもあのルーズベルトのことならあるでしょう」
大島は緊張した声で言った。
「まあ、それは今はいいであろう。本題に入る。貴国は米国に対し先に宣戦布告した。この場合、3国同盟の記載では我々に参戦の義務はない、いいな」
ヒトラーは冷淡に言う。
「しかし閣下っ、我が国は米国に大打撃を与え、今ここで貴国が参戦してくだされば二正面作戦を強いることができ、双方に利があります!」
大島は焦って言う。黒い外套は汗でびっしょりだ。
「考えてみたまえ、貴国が太平洋戦線に米軍主力を固定し、援ソ物資もそちらに回さざるおえなければ、我が陸軍は易々とソ連を倒せるだろう。そうすれば貴国とドイツは陸続きになるのだぞ...。だがそのためには相当な国力をわが国は投入しなければならない。海軍も含めてな。だが貴国は十分に米英と渡り合える戦力を保持しているのではないか?余は3国同盟の未来を見据えてこれが最適だと判断したのだよ」
ヒトラーの言葉に大島は感激した。総統はそこまで考えていたのか、やはり素晴らしい!。
「分かりました。本国にはドイツは対米宣戦布告しない旨を私から説明して伝えておきます。」
大島は駐独ドイツ大使と揶揄される程、ヒトラーに心酔しており、総統のおっしゃることは正しい以外に有り得なかった。
「君に分かってもらえて嬉しいよ、ではこれでよろしいかな」
会談はこの後両国の技術交換に焦点が移り、大島は満足して帰路に着いた。総統官邸の表門から外に出ると、大使館職員用のポルシェが待機していた。本国からの訓令など大島はすっかり忘れてた。
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