閑話①

閑話 1937年10月16日、横須賀郊外

このあたりにある田戸町の料亭、「小松」は海軍発足時から高官たちに親しまれ、長年お偉い方の宴会や密談の場として海軍ゆかりの地となっていた。浜本がのれんをくぐると女将がさっそく離れの屋敷に案内してくれた。艦政本部の造船官の主だった面子はもうつまみを食べているところだ。


「浜本、久しいな!」


そこには第2艦隊の戦務参謀の三川軍一がいた。


「前会ったのは春でしったっけ」


浜本も気軽に返す。三川はいつも新造艦の設計を細かく指示し、文句をつけてくるので造船官にとっては厄介者だ。だがそれは軍部の無理な要求を三川が押さえて伝えてくれるのだがそのことを知っている者は浜本を含めて少ない。


「それでは本題に入るか」


浜本が皆を静めて、三川が話始める。


「知っての通り水雷戦隊旗艦として使われている我が軍の5500トン型軽巡は老朽化が激しく、後続が必要だった。だが海軍の方針が大きく変わったことで今まで計画されていた後続艦の設計が大きく変わることになる」


そこで一旦言葉を切った。


「要するに航空主兵装になるに伴って水雷戦隊は対空駆逐艦を集めた防空戦隊になり、水雷戦隊の規模は縮小される...。軍令部からの新型軽巡への要求はこうだ。『武装15.5㎝砲6~10門、10㎝高角砲8門以上、速力35ノット、水偵6機』ついで主砲は艦政本部の銃砲科が制作中の対空速射砲になるそうだ。」


皆にどよめきが走った。普通、軍令部の要求はもっと細かく、指摘してくるのに、こんなにおおざっぱなのは前代未聞だ。艦載水偵も6機と航空巡洋艦の利根型並みと多い。


「軍令部としては空母直掩よりも多目的な任務をこなせるようにし、様々な場面で使用することを考え設計して欲しいと要望があった。」


「で、実はこっちから事前に話していた技官が何人かいたのだが、浜本技官から面白い草案が出たのでここでそれについて説明をしてもらおう」


皆の視線が浜本に集まる。浜本は持ってきた図面を広げた。


「砲研曰く開発中の15.5㎝速射砲は砲身冷却と揚弾装置の改良から少なくとも連装でも通常の20㎝連装砲ほどの砲塔重量になるそうだです。ここでは通常の15.5㎝3連装砲の重量だと仮定して設計しまた。砲門数は連装3基、副砲は10㎝連装高角砲6基、水偵は格納庫に2機、射出機上に2機だが格納庫には最大で4機を入れることができるので6機になります。」


そこで技官のひとりが質問した。


「雷装はどうなってるのですか?」


「基本的には搭載しないつもりですが必要に応じて搭載します」


搭載しないのに搭載できるとはどういうことだ?。またしてもざわめきがおきる。


「それはどういうことです?」


「高角砲の波除を取り外せるようにしておけば高角砲を取り外した後、旋回部に魚雷発射管が最大で3連装が6基可能な設置できる設計です。軍令部の多目的という要望に答えられるよう、格納庫は縮小して砲塔をもう一つや二つ付け足したりすることもできる。より将来に方針や戦況が変化しても改良をすることで対応できるようにしてこのような設計になりました」


浜本は答えた。面々も納得したようでそれぞれ他の技官と話したり呟いてる。


「砲門数が6門と少ないですが基準排水量はどのぐらいに?」


別の技官が問う。


「基準排水量は9500トン程と見積もっています」


浜本が即答する。この武装で1万トン並みとは皆意味が分からない。


「武装のわりにでかすぎるんじゃないか?」


老練の技官が言う。9500トンは妙高型重巡に匹敵する大きさだ。

アメリカのブルックリン級軽巡はその程度の船体に15.5㎝3連装砲塔5基15門を搭載して水偵も4機だ。


「いえ、空母として9500トンは小さいぐらいです」


浜本の答えに皆驚く。


「空母にするのか!?」


「今は航空主兵装に軍部が移行してますが、将来的に空母が多数失われたり、必要になった時、この新型軽巡が空母に改造できたら便利でしょう。視野を広げてみたときにこれはかなりいい案だと思いますけど...」


浜本が言葉を切ると、皆はすこし思いふけって聞きに直った。


「皆さんも良く知っていると思いますが軍艦は建造途中に軍部や造船側からの要望で度々設計が変更され建造期間が伸びることがあります。この新型軽巡はそれを受け入れず起工から竣工まで設計の変更を許さないつもりです。私はこの艦をそういった新しい造船の効率化を応用して造りたいと考えています。軍令部の多目的な任務に対応できるということは多数必要とされるのでしょうから量産化はこの艦の最も重要なことだと思います」


皆考えるが特に反論も出ず心服した。そのあとは各部署の技官たちの交流となったのだが、ここで若手の技官から面白い提案が出た。


「高角砲が魚雷発射管にできるなら、駆逐艦も必要に応じて主砲を魚雷発射管にしたり、その逆をしたりすればいいんじゃないか?」


戦艦はどうあがこうとも空母にはならないし(甲板を引っぺがして改造すればできるが)、駆逐艦は巡洋艦にはならない。だから限られた兵装搭載のバランスを任務に応じて変更するというものである。


「それなら箱型のモジュールを入れ替えれば駆逐艦を水上機母艦にしたりすることもできるんじゃないか」


たちまち議論は白熱し、より画期的な案を求めて各部署の交流は盛んになった。これが後に趨勢を変えることを彼らは知る由もなかったのであった...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る